きっと大切な人だから 2
イルカは口を開こうとしたが、その唇にカカシの指がそっと押し当てられた。
カカシの人差し指がイルカの唇に当たっている。
「待って、イルカ先生。」
イルカが否、と言おうとしている気配を察したのかカカシがイルカを制する。
「返事は今じゃなくていいですから。よく考えて、任務後、会った時に聞かせてください。」
そんなことを言う。
「任務後って、俺、二週間ほど里に帰ってきませんが。」
任務の内容には触れず、期間だけ言うとカカシは「じゃあ、好都合です」と頷いた。
「俺の任務もそれくらい、かかりますから。」
そうだ、カカシさんも任務なんだ。
気がついたイルカは唇に当てられたカカシの指を掴み、そのまま手を握った。
「カカシさんも任務、お気をつけて。」
カカシほどの忍者なら、イルカが心配することはないだろうが、それでも言った。
イルカの言葉にカカシは、ふふふ、と笑う。
「好きな人に心配されるのはいいものですね。」
「す、好きな人って・・・。」
その言葉にイルカは、かっと体が熱くなった。
顔も赤くなっているだろう。
イルカの様子をカカシは嬉しそうに見ている。
「じゃ、まあ。」
握られた手を握り返してカカシは微笑んだ。
「お互い、任務、頑張りましょう。」
「はい。」
そうだ、これから任務なのだ。
カカシとの二人きりに感じた淡い空間が、急速に現実に引き戻されていく。
イルカは、きりりとした忍者の顔になった。
久しぶりに任務だ。
気の緩みは大敵である。
なのに、別れ際、ふと漏らしたイルカの呟きにカカシは笑っていた。
「そういえば、あんなに人が大勢いて、もしかして聞かれたかも・・・。」
カカシがイルカに好きだと言っているのを見た人がいるかもしれない。
そっちの方が心配になってきた。
するとカカシは肩を竦める。
「案外、人が多いところだと他の人に注意がいかないもんですよ。」
「・・・そうでしょうか?」
「そうですよ。」
カカシが言うことに何の根拠もないのに、そう言われるとイルカは安心してしまった。
忍の里には耳も目も人一倍、発達した忍者がたくさんいるというのに。
ましてや、その出入り口は忍者も、もちろん出入りしている。
「それよりも。」
カカシはイルカに確認するように言った。
「俺の言ったこと、よく考えてくださいね。」
好きだと言ったこと、その後のお付き合い云々のことを指すのだろう。
「イルカ先生に言った、俺の気持ちに嘘はありませんから。」
イルカの心を見透かしたように付け加えた。
「俺、無理強いはしませんけど、多分・・・。だからイルカ先生の本当の気持ちで返事をください。周りの言葉に惑わされないように。」
もしかして五代目火影がカカシに言ったことをイルカが聞いているのを知っているのかもしれない。
「期待しています!」
任務頑張ってきますねー!とカカシは手を振って、任務に行ってしまった。
「・・・行ってらっしゃい。」
カカシを見送った後、イルカも任務に出発したのであった。
イルカの任務は滞りなく、半分終わった。
半分というのは、木の葉の里までの帰路が残っているからだ。
日程も順調で予定より早く木の葉の里に帰れそうだった。
「さてと。」
任務の来た国を後ろ背にしながらイルカは自分に言う。
「どちらかと言うと帰りが狙われるんだよなあ。」
イルカの、決して数は多くはないが任務経験からいうと任務の帰りに狙われる確率が各段に高い。
忍者特有の第六感なのか、任務に来た国の外に出たら空気が変わったような気がした。
「里に帰る忍を殺しても埋めてしまえば分からないからな〜。」
のんびりした声で、物騒なことをイルカは呟いた。
「・・・狙われた時の対処も、もうしたことだし。」
武器も札も、万全に備えている。
「あとは俺の実力次第。」
それが一番、怪しいもんだ、とイルカは忍び笑いをした。
自分が弱いとは思っていないが強いとも思っていない。
「帰り道、鬼が出るか蛇が出るか・・・。」
どっちも嫌だなあ、と思いイルカは木の葉の里へと走り出した。
帰り始めて、二日ほど経った頃、不穏な気配を感じた。
誰かにつけられているような気がする。
こういうの何て言うんだっけ・・・。
お約束?
案の定というか、予想通り、帰り道にイルカは敵と思われる余所の里の忍に遭遇してしまった。
帰り道の行程を三分の一ほどを来たところである。
木の葉の里にはまだ距離があった。
幸いなことなことに相手は一人でイルカも一人。
一対一だ。
そして相手は見た感じ、イルカよりもだいぶ若い。
忍としては、まだまだ半人前をいった風体だ。
忍者としてはイルカの方に分があるように思えた。
だが、若い忍だけにイルカのアカデミーでの教え子たちを思い出させて戦いづらくさせている。
遣りにくい・・・。
他人が聞いたら、何をそんな甘いことを、と非難されそうであったが、イルカは思ってしまっていた。
出来ることなら戦いたくないという思いが強い。
そこから油断が生まれたのだろうか、相手が放ったクナイがイルカの足に突き刺さった。
立て続けに飛んできたクナイもイルカの足に刺さる。
「くっ・・・。」
思わず膝を突く。
敵の若い忍は息を切らせていた。
「あんたは強い・・・。」
手が印を結び、避ける間もなくイルカに術が掛けられる。
「こうしなければ勝てない・・・。」
若い忍はイルカの方へと、ゆっくりと歩いてきた。
「さあ、渡してもらおうか。」
目当てはイルカが持っている火影への返事の書であった。
「馬鹿だなあ。」
膝を突いたまま、イルカは薄っすらと笑った。
「そんな大事なものをいつまでも持っているわけないだろう。」
「なに!」
「とっくに里に送ってしまったよ、式でね。」
瞬間、イルカの手から千本が放たれた。
狙いは正確で若い忍の腕を刺さり、続けて放った起爆の札が辺りの地面を破壊した。
土煙を立ち上らせた隙にイルカは、その場を離脱する。
少し行った場所でイルカは、がくりと地面に倒れ伏した。
気持ちが悪い・・・。
ひどい吐き気がした。
頭も、がんがんと痛んでいる。
さっきの若い忍が使った術のせいだろうか。
精神に作用術なのか、頭の中がごちゃごちゃになり、ぐるぐると回っているようだ。
クナイの刺さった足からは出血も多量で目眩がした。
俺は、このまま死ぬのか。
間が悪いことに雨も降ってきた。
ぽつぽつと降ってきた雨は、やがて大粒の雨となりイルカに体を濡らした。
雨で濡れた体からは体温が奪われていく。
意外に死ぬ時って呆気ないんだなあ・・・。
冷たくなってしまった体は言うことをきかない。
もうちょっとで木の葉の里だったのに。
開いているはずの目には何も映らなくなってきた。
視界が暗くなってくる。
イルカは静かに息を吐いた。
短い人生だったな、俺。
暗くなった視界には今は亡き、両親の顔が浮かんできた。
死んだら、あの世で怒られそうだ。
ふっと口元が緩む。
ごめん、父ちゃん、母ちゃん・・・。
だんだんと意識も薄れてきて、考えも纏まらなくなってきた。
そうだ。
散漫な思考でイルカは思い出した。
里に帰ったらカカシさんに・・・。
返事をするんだった・・・。
考えるのが怖くて、どう返事をするのか先延ばしにしていたんだけど。
付き合いを申し込まれて、カカシさんのことが好きなのに断ろうとしていたんだっけ、俺。
こんなことなら受けていればよかったかな、お付き合いしますって。
もう返事はできません、ごめんなさい・・・。
最後にイルカに唇が動いた。
「カカシさん。」
声にはなっていない。
それを最後にイルカは動かなくなり雨の音だけが、しんしんと響いていたのだった。
きっと大切な人だから2
きっと大切な人だから4
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