きっと大切な人だから 10
次の日の夕方。
カカシは帰ってきた。
任務を急いできたので服は汚れ、所々、ほつれて、擦り傷や切り傷も少しある。
そんな姿でカカシは隠れ家の庭先に降り立った。
縁側にはイルカがいる。
忍犬を抱いて縁側に座って外を見ていた。
「カカシさん!」
だが、そんなカカシの姿を見たイルカは躊躇することなく素足のまま、庭に下りてきた。
足を引きずりながら。
「大丈夫ですか!」
カカシの姿を見て心配していた。
「大丈夫ですよ。」
靴も履かず、庭に下りてきたイルカを抱き上げてカカシは縁側に戻した。
イルカの腕の中の忍犬の頭を一撫でして「ありがとね」と声をかけると忍犬は姿を消す。
ぼふん、と煙を上げて、突然、消えてしまった忍犬にイルカは驚いている。
「パックンさん?」
「あいつなら元の場所に戻っただけです、心配無用です。」
「そうですか。」
忍犬が消えてしまってイルカは寂しそうな顔をしている。
さよならが言いたかったのかもしれない。
「また会えますよ。」
そう言うとイルカは安心したように微笑んで。
それからカカシに言った。
「お帰りなさい」と。
イルカは純粋にカカシが帰ってきたのを喜んでいる。
また会えてよかった、と思っているのだ。
カカシが後ろめたさでイルカに出発の挨拶もせず、置いていくように残していったのに。
「起きたらカカシさんがいないから驚きました。俺、眠ってしまったんですね。」
お見送りしたかったです、と自分の気持ちを素直に述べた。
「少し・・・、少しだけ寂しかったけどカカシさんが帰ってくると約束してくれていたので、ずっと待っていました。」
イルカは本当に嬉しそうに、にこっと笑う。
「カカシさんが帰ってきてくれて嬉しいです。」
お帰りなさい、ともう一度、言った。
「・・・ただいま。」
カカシは漸く、それだけ声に出した。
自分のことを信じて待っていてくれたイルカが愛しい。
大好きだと思う。
嘘なんて吐かなければよかった。
恋人だなんて言ってしまったことを今更ながらに悔いた。
真実のことを告げて、記憶が戻ったイルカから付き合いを申し込んだ返事をもらえばよかったのだ。
後悔しても、もう遅い。
後悔先に立たず、とは正にこのことだ。
先人たちは巧いこと言うな、とカカシは頭の片隅で、ちらと思う。
恋人だとイルカに言っておきながら、実質、記憶が殆どないイルカの傍にいることも出来ず、寂しい思いをさせてしまった。
一人でいたイルカは、どんなに心細かったことだろう。
こんなの恋人じゃない・・・。
俺はイルカ先生の恋人でない。
自分を見つめるイルカの瞳にはカカシの姿だけが映っている。
「イルカ先生。」
カカシは額宛と覆面を取り去り、素顔を晒した。
イルカを、じっと見つめ返した。
やっぱり好きだと思った。
でも、きちんと言わなければいけないとも思った。
「カカシさん?」
「イルカ先生、あのね。」
すう、と息を大きく吸い込んでカカシは吐き出した。
そして告白した。
「俺たち、恋人同士ではないんです。」
最初、イルカはカカシの言っている意味が飲み込めないようで、きょとんとした顔をして盛んに目を瞬かせていた。
「・・・・・・嘘。」
「嘘じゃありません。」
「だって、恋人だって・・・。」
「俺が嘘を吐いていたんです。」
ごめんなさい、とカカシは謝った。
「ごめんなさい。イルカ先生が記憶がないところに付け込んで、俺は嘘を吐きました。本当は俺たち、恋人じゃないんです。」
頭を下げる。
「恋人同士だって言ったのは嘘だったんです。」
頭を下げるとカカシは、今度は頭を上げることが出来なくなった。
イルカが、どんな顔をしているのか見るのが恐い。
怒っていたら、どうしよう。
いや、怒っているに違いない。
嫌われるかもしれない。
心臓が早鐘を打ち、背中に冷や汗が滲み出た。
己がやったこととはいえ、どんな結果になるのか、空恐ろしい。
「あのね、カカシさん。」
イルカの穏やかな声が聞こえた。
それはカカシの想像とは違うものだった。
「俺、断片的に風景や人の顔が浮かぶ、と最初に言いましたよね。」
あれから、とイルカは言葉を続けた。
「いくつか、他に脳裏に浮かんだものがありました。それが何か分かりますか?」
イルカは頭を下げているカカシの両手を掬い上げて握った。
その手は柔らかく、あたたかい。
「カカシさんの嬉しそうに笑っている顔や優しい顔です。」
「え。」
カカシが顔を上げるとイルカの優しい顔があった。
ちっとも怒ってなどいない。
「カカシさんの、そんな顔ばかりが浮かんだのは・・・。」
イルカは優しい顔と同じ優しい目をしてカカシの顔を見る。
「カカシさんが俺にとって、きっと大切な人だから、だと思いました。」
「イルカ先生・・・。」
「だからカカシさんが恋人じゃなくて残念です。」
イルカは寂しそうに笑ったのだった。
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