Forever Thirty3
任務に行くため、入念に準備をするイルカにカカシは何回も言った。
「イルカ先生、気をつけてね。」
「大丈夫ですよ。」
その度にイルカは笑って答える。
こんな遣り取りが既に十数回、行われていた。
「俺の誕生日なんて気にしなくていいから、兎に角、気をつけて帰ってきてね。」
怪我なんてしないで、と何度も繰り返した。
ここまでカカシが心配するのは任務に発つ、イルカの装備を見たからだ。
余りランクが高くないと言っている任務のはずなのにイルカは、いつになく重装備だった。
武器や巻物、札の数も種類も通常よりも多く携帯している。
それに関してイルカは「念のためですよ。」と言うばかりだ。
任務内容に関しても、一切教えてくれない。
それは任務に関して守秘義務があるので、第三者には教えられないので当たり前なのだが、カカシは予感めいた危機的なものを感じてならない。
イルカは、ただ「中忍でスリーマンセルの任務だ。」とだけカカシに告げた。
後は、帰還予定だけ。
「明日の夜か遅くても明け方には帰ってきますから。」
イルカ自身は何の不安も抱いていない様子で軽快に言う。
「帰って来たら、誕生日のケーキでも買いに行きましょうか。」
そんなことまで言っていた。
「それは嬉しいけど。」
カカシは逆に、イルカの不安の欠片も見せない様子に、心中、焦りを募らせた。
任務前にある、独特の緊張さえも見せないようにしているようにも思える。
無理をして、何か隠しているのかもしれない。
「本当に無理しないでね。任務も大事だけど、命も大事だからね。」
危なくなったら、すぐ逃げてね、とまるで子供を見送る親の心境になっている。
「分かりました。」とイルカは朗らかに答えた。
「イルカ先生。」
玄関先でカカシはイルカの手を取ると、ぎゅっと握り締めた。
「きっと俺のところに帰ってきてね、絶対に。約束だよ。」
精一杯、真摯な態度で言うと、その時ばかりは牙城の一角が崩れたようにイルカの瞳に、ふっと別の色が浮かんだ。
「カカシさん・・・。」
そして直ぐに、その瞳の色は消える。
「行って来ますね。」
イルカはカカシの手を擦り抜けると振り返りもせずに行ってしまった。
「イルカ先生、気をつけて・・・。」
いなくなってしまったイルカにカカシは、そっと呟く。
最後に見たイルカの瞳に浮かんだ色は、迷いと少しの哀しみだったような気がした。
イルカが任務に出た晩、カカシは疲れているのに眠れなかった。
「イルカ先生〜。」
自分の枕の隣に並べてあるイルカの枕を抱きしめて、ベッドの中を転がる。
枕に残っていた仄かなイルカの匂いを嗅ぐと心が落ち着いた。
我なから変な行為だとの認識はあるが止められない。
本当は、イルカ本人を抱きしめて眠りたいのだけれど。
「ああ〜、早く帰ってきて〜。」
無事にね、と心の中で願いながらカカシは眠りに落ちていった。
次の日、イルカは帰ってこなかった。
帰ってくると言っていた、ぎりぎりの時刻、明け方になっても帰ってこない。
任務の帰還の遅れは、よくあるし、カカシ自身も帰還予定が前後するなんて、しょっちゅうだ。
分かっていても心配だった。
カカシの気持ちを象徴するかのように雨も降り出した。
上忍の控え室で待機しながらカカシは、降り出した外の雨を見上げる。
ぽつりぽつりと降っていた雨は今では、ざあざあと音を立てて窓ガラスに打ち付けていた。
自分は今、温かい室内にいるけれどイルカは、この雨の中にいるかもしれない。
「早く帰ってきて。」
どこにいるかも分からないイルカを思いカカシの胸は痛んだ。
その夜だった。
頭倒、イルカはその日は里に帰還はせず、任務のないカカシは家で一人、まんじりとして夜を過ごしていた。
一人でいると時間がやたら、長く感じられる。
イルカは、今、どうしているのだろう。
そのことばかり、考えてしまっていた。
イルカだって忍者だ、大抵のことじゃ引けを取らないと思うし、何より腕は確かだ。
でも、もしかして、いや違う、と悪い方向に考えては、それをカカシは打ち消している。
ベッドに、ごろりと横になるとカカシは目を閉じた。
イルカ先生は、ちょっと帰還が遅れているだけさ、明日には帰ってくる。
強く、そう思いこもうとした。
明日には元気なイルカ先生に会える。
帰って来たら何しようか、一緒に風呂にでも入って背中でも流してあげようか、と楽しいことを考えて気を紛らわす。
そんなことを考えているうちにカカシは、うとうとと眠りに落ちていった。
寝ていると、ひたひたと足音が聞こえてきた。
夢の中でもカカシは眠っている。
足音はカカシの近くまで来ると、ぴたりと止まった。
見下ろされている感覚がある。
誰だろう、と思ったのだが、見下ろしていた相手が屈み、カカシの直ぐ傍まで来た時、仄かの香った匂いで判別できた。
イルカ先生だ!
そう思ったカカシは目を開けようとしたのだが、夢の中で目が開くことが出来ない。
なのに、イルカの行動が瞼の裏に映し出されるように分かるのだ。
「カカシさん。」
イルカの声が響いた。
その声は寂しげだ。
すっとイルカの顔がカカシの顔の真上にきたようだ。
ふわり、と空気が動く。
冷たい空気だった。
その冷たい空気はカカシの顔に触れるほど近くなり、イルカの口から吐き出された冷気と共にカカシの唇に何かが触れる。
優しく触れた、それはイルカの唇だ。
キスされた・・・。
しかし、その唇は凍りつくほどに冷たかった。
イルカが再び、立ち上がりカカシに何かを言っている。
声は聞こえない。
カカシは「行かないで。」とイルカを引き止めたかったが、手足は縛られたように微動だにせず体は、ぴくりとも動かない。
イルカの動いている口だけが見えて、それを読み取った。
「・・・お元気で。」
そう言っているようだった。
来た時を同じように、ひたひたと足音をさせてイルカは去っていってしまった。
はっとしてカカシは目を開けた。
「・・・夢?」
背中に、びっしょりと汗を掻いている。
心臓も、ばくばくと音を立てて喧しく、収まる気配もない。
こんなことは初めてだった。
夢に出てきたイルカは寂しげで、まるでカカシに「さよなら。」とでも言いに来たような印象を受けた。
寝ているカカシにイルカが普段はしないキスをしてくるなんて、別れの暗示に思える。
イルカの身に何事か起きたのかもしれない。
それも、とても悪いことが・・・。
「悪い夢だ。」
カカシは悪夢を追い払うように頭を横に振る。
正夢などではない、断じて。
「ただの夢だ。」
そう思おうとした。
思い込もうとした。
だって、イルカは帰ってくるって約束してくれた。
自分のところに帰ってくると。
そんな時、こんこん、と窓を叩くものがあった。
鳥の形をした緊急用の式である。
カカシは窓を開けて急いで式を読んだ。
妙に手が強張り、読むまでに時間が掛かった。
もどかしい。
そして式を読んだカカシの手が微かに震えた。
そこには任務で行方不明になった数人の中忍を緊急に捜索する旨が書かれていた。
急を要する捜索で人手が足りないらしい。
早く助けないと命に関わると言うことだ。
カカシの予感は的中した。
行方不明の数人の中忍の中にはイルカも含まれていたのだった。
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