風は何処に吹く・続7
アスマと話した週の金曜日の夜にカカシの携帯電話に電話が掛かってきた。
ハヤテである。
「お久しぶりです、カカシさん」
電話の向こうで、ごほごほと懐かしい咳が聞こえた。
「ああ、久しぶり」
「この前は電話をいただきながら、折り返さなくてすみません」
「いや、いいよ。電話して聞こうとしていた案件は別の人から聞いたから」
「そうですか・・・」
ハヤテが少し沈黙した後、尋ねてきた。
「つまり、イルカの件は知っているということですか?」
「うん、そう」
アスマから話を聞いて以来、カカシはイルカに会っていない。
早く会いたいと思うのだが、じっと我慢していた。
自分の欲求よりイルカの健康、精神の安定の方が先だ。
「では、話が早いです」
ハヤテは用件を述べた。
「明日の土曜日、カカシさんは何か予定がありますか?」
「別にないけど」
「でしたら」
用件を言われたカカシは、自分の耳を疑った。
「ほんとにほんと?」
「本当に本当です」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃありません」
ごくり、と唾を飲み込み、ハヤテが言ったことを復唱する。
「明日、イルカさんのお見舞いに一緒に行かないかって・・・。夢じゃないよね?」
「夢じゃありません。イルカから電話が来て、明日会いたい、とのことなのです」
「俺もいいの?」
「カカシさんも誘うかどうか聞いたら、カカシさんの都合が良ければ、との控えめな回答でしたが」
「都合なんて!」
目の前が一気に、ぱああっと開けた気分になった。
「イルカさんのためなら都合なら幾らでも良いに決っているじゃない。イルカさんのお見舞いに行くに決っているって」
「それでは」
電話の向こうでハヤテが、くすっと笑ったような気がした。
「明日、午後一でイルカのところに行きましょう」
待ち合わせ場所と時間と告げられた。
「いいけど、イルカさんの居場所、知っているの?」
イルカは今、アスマの家にいるらしい。
すなわち、カカシの高校の理事長の家だ。
カカシは行ったことがない。
「知っています」
ハヤテは、さらっと答えた。
「高校時代に何回か、お邪魔したことがありますので」
「高校時代に?なんで?」
「では、また明日お会いしましょう」
最後のカカシの疑問には答えてくれず、電話は切れた。
「まあ、いっか」
カカシは携帯電話と懐に収める。
「分からないことは明日、聞けば」
ハヤテの口ぶりからして高校時代、イルカは理事長の家に住んでいたような感じだ。
なぜ、イルカは理事長の家に住んでいたのか。
自分の家族は?
親戚関係のあるのだろうか、アスマや理事長と。
「イルカさんて、謎が多い人だなあ」
暢気に呟いたカカシは明日、イルカに会えるのを、ただただ楽しみにしていた。
次の日、待ち合わせ場所でハヤテと合流したカカシはハヤテが持っているものに眉を潜めた。
「・・・でっかい白い箱が二つも。何、入っているの?」
ハヤテは白い箱を落とさないように、大事そうに抱えている。
「ケーキです、苺の。イルカが前に美味しいと食べていた店のです」
「俺、イルカさんとケーキなんて食べたことないけど」
「高校時代の話ですよ」
カカシの知らない高校時代の話を持ち出されて子供みたいに思わず、むっとしてしまった。
「ずるい」
「ずるいと言われても・・・」
「俺の知らないイルカさんの高校時代を知っているなんて、ずるい」
カカシは、じとーっとした目でハヤテを恨めしそうに見つめる。
余りに恨めしそうに見るものだから、ハヤテが諦めたように肩を竦めた。
「・・・今度、高校の卒業アルバムをお見せしましょう」
「やった!」
「ところで」
今度はハヤテがカカシの持っている荷物に注目する。
「たくさん荷物を両手に抱えていますが、何ですか?紙袋のロゴはどこかの洋服店のように見えますが」
「あ、気がついた?」
カカシが嬉しそうに荷物を目の高さまで上げる。
「イルカさんの服を色々、買ってきたんだ〜。着るものが必要かと思ってさ。シャツやらズボンやら靴下やら」
「ウエストのサイズは、よく分かりましたね」
「まーねー」
にやっとカカシが笑う。
「伊達にイルカさんに抱きついていたわけじゃないし、スリーサイズは把握済み」
「・・・・・・聞かなきゃよかったです」
心底、後悔したという表情のハヤテ。
げっそりとしている。
「ハヤテだって、その箱、全部、苺のケーキなわけ?」
「そうです」とハヤテは頷いた。
「店にある分を買占めてきました。私は口下手なので上手いこと慰めの言葉が出てこないと思いますので・・・」
なので、あるだけケーキを買ってきたらしい。
「こんなことで慰めになるか分かりませんが」
「ま、とにかく」
カカシは気持ちを奮い立たせた、イルカの状況を考えると、どうしても暗くなってしまうが。
「イルカさんに会いに行こう!」
ハヤテを急き立て、早足で歩き出した。
「よう、よく来たな」
家というより屋敷と呼ぶに相応しい大きさの家だった。
アスマが出迎えてくれた。
ハヤテのことも知っていた。
「イルカは自分の部屋にいるから勝手に行っていいぜ。多分、甥っ子がいると思うがな」
「木の葉丸くんですね」
ハヤテも、アスマにもアスマの甥っ子にも面識があるらしい。
「では、お邪魔します」
玄関で靴を脱ぐとハヤテは迷いもなく、すたすたと広い屋敷の中の長い廊下を歩いていく。
カカシも、それに続いたのだが一風変わった屋敷の中を、きょろきょろと見回していた。
「でっかい家だねえ、かくれんぼも追いかけっこもできそうだねえ」
「そうですね」
すたすたと歩いていたハヤテが、ある部屋の前で足を止めた。
「ここですよ、イルカの部屋は」
襖は閉められており、中から子供の声がする。
「イルカ」
ハヤテが呼びかけた。
「私です、カカシさんもいます。開けてもいいですか?」
「イルカさん」
カカシも呼びかけてみる。
すると襖が、ばっと両側に開き中から元気な子供が出てきた。
おそらくアスマの甥っ子だろう、面影がある。
元気よく挨拶をした甥っ子の後ろにイルカの姿が見えた。
「こんにちは、ハヤテにカカシさん。来てくれて、ありがとう」
そう言って笑ったイルカは、とても儚げであった。
「具合はどうですか?」
「うん、平気。大丈夫だよ」
心配かけてごめんね、とイルカは笑う。
イルカは、どっしりとした座卓を前に座椅子に浴衣といった風情であった。
いつもは括っていた髪も今は下ろしている。
ゆったりと寛いだ格好だ。
「本当は着替えようと思ったんだけど・・・。こんな格好ですみません」
詫びたのはカカシに向ってだ。
「い、いえいえ、とんでもない」
イルカに見蕩れていたカカシは慌てて、手を振った。
見慣れないイルカの姿に、どきどきしている。
見たことがないイルカの肌の表面積に、そわそわと落ち着きを失ってしまう。
ハヤテはお見舞いのケーキを差し出した。
イルカは、とても嬉しそうな顔になる。
「このケーキ、覚えていてくれたんだ!こんなに、いっぱい!」
「もちろんです、食べて元気になってほしくて買ってきたんですよ」
「ありがとう、ハヤテ」
ケーキを見た甥っ子が、はしゃいでいる。
東西問わず、ケーキは子供に人気があるようだ。
「では」とハヤテは立ち上がり、甥っ子の手を取った。
「木の葉丸くんと、このケーキを冷蔵庫に仕舞ってきますので後で食べてくださいね」
ハヤテとアスマの甥っ子が退出すると、そこにはカカシとイルカが取り残された。
久方ぶりに会ったイルカにカカシは妙に緊張してしまう。
「あ、あの・・・」
カカシが何か言うより早くイルカが口を開いた。
「カカシさん、ご迷惑を掛けてすみませんでした」
「え、迷惑なんて」
身に覚えのないことを言われてカカシは戸惑う。
「何も掛けられてないけど」
謝られても困ってしまうだけだ。
「イルカさんは何にも俺に迷惑を掛けてないでしょう?」
「・・・俺のことを気に掛けてくれてビルがあった場所へ足を運んでくださったんですよね、無駄足をさせてしまって」
「それは、そうだけど。俺が勝手にしたことだから、気にしないでください」
「でも・・・」
「あ、それよりも」
カカシは持参した荷物の数々をイルカの前に差し出した。
「これ、お見舞いです。俺の趣味で買ってきました」
「なんですか?」
不思議そうなイルカの前で荷物の包みを解いていく。
「じゃーん!はい、これ!」
中味は洋服だ。
次々に開けてイルカに見せていく。
「・・・かわいい感じのものばかりですね」
それがイルカの感想だった。
「うん、イルカさんのイメージで選んできました」
「・・・・・・俺のイメージ」
カカシの選んできた服は、シンプルな服を好むイルカのイメージと程遠い。
趣味は悪くないのだが、似合うかといえば別の話しになる。
せっかく見舞いとして貰ったのだが、着るのには勇気が要りそうだ。
「ありがとうございます、気を遣ってくださって」
丁寧に礼を述べ、着るかどうかは先送りにし、今考えることは避けた。
一通り、当たり障りのない世間話的な会話が終わるとカカシはイルカの傍に近寄った。
対面にいたのだが、隣へと移動した。
なんとなく、イルカが体を引く。
「・・・カカシさん」
イルカが自分を呼ぶ声が胸に、ぐっとくる。
更に近づき、イルカの肩に腕を回し、胸の中に引き寄せた。
「あ、あのっ」
焦ったような声を出したイルカがカカシを押し退けようと胸を押してきたが、その力が弱弱しく頼りない。
腕の中のイルカの体は幾分か、細くなっていた。
「もう」
うっかりすると入れ過ぎてしまう腕の力を加減しながら、カカシはイルカを抱きしめた。
やっとやっと安心できた。
イルカの体温や匂いを感じて。
イルカの声を聞いて。
イルカの顔を見て。
イルカを抱きしめて。
「困ったときは俺を一番に呼べばいいのに」
抱きしめたイルカの耳に囁いた。
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