風は何処に吹く・続続続続続
月曜日に出勤したカカシは、朝、いの一番にアスマを捕まえた。
アスマはイルカと会う切っ掛けを作ってくれ、またイルカのことについてもカカシよりは詳しく知っていると思われる。
最初にイルカの事務所を訪れたとき、イルカの事務所の出資者はカカシの勤める高校の理事、つまりアスマの父親だと言っていた。
生徒に聞くことも考えたが、それは止めた方がいいだろう。
そう踏んだカカシは朝からアスマに話しかけたのだ。
「アスマ、聞きたいことがあるだけどさ」
「おう、カカシじゃねえか。こんな朝、早くからどうした?いつもは職員会議始まるギリギリに来るのによ」
からかうような口調のアスマだったが、いつにない真剣なカカシを見て、口調を変えた。
「・・・何かあったのか?」
「うん」
カカシは重いものを吐き出すように言う。
「イルカさんの背中の傷を見た」
「背中の・・・」
「ひどい傷だった、まだ新しい傷だよね」
「ああ・・・」
「念のために言っておくけど、イルカさんに悪いことはしてないから」
「ああ、分かった」
「偶然、見えちゃっただけだから」
「分かった」
「下心があったからお酒を飲ませてイルカさんを酔わせたけど、イルカさんの自宅に行っただけで終わったから」
「こら、おい!」
そこまでは神妙に聞いていたアスマだったが、自宅の単語でカカシの首根っこを掴んで睨んだ。
「イルカに何をしようとしたんだ?」
怖い目で睨んでくる。
がたいの大きいアスマが睨んでくるのは、それなりの迫力がある。
しかし、それに屈するカカシではない。
なりは細いがカカシも、それなりに力は強い。
「何って、野暮なことは聞かないでよ。アスマだって大人でしょ」
「あのなあ」
「まあまあまあ、俺だってイルカさんのことは大事だから、酷いことも無碍なことはするつもりはないし」
それどころか、敵がいたらやっつける、という言葉を聞いてアスマは、やっとカカシを離した。
「今日のところは見逃してやる」
「でさ」
カカシの話の切り替えは早い。
「イルカさんの背中の傷のこととか、学校辞めた理由とか知っていたら教えてよ」
「うーん、そうだなあ」
顎の手をやって考えていたアスマはカカシに確認した。
「イルカに最初の会ったときに言った言葉は、今だ有効なのか?」
「もちろん」
イルカに恋して愛して好きなのは永遠普遍だ、とカカシは断言した。
放課後。
生徒がいなくなった学校の屋上にアスマとカカシはいた。
ここなら他の誰かが来ても、すぐに分かるし、会話も聞かれない。
「イルカはよ、カカシが来る三ヶ月前に先生を辞めた」
屋上の柵に寄り掛かってアスマは遠い目をする。
「理由は傷害事件が起こったからだ。表沙汰にはならなかったが」
「傷害?」
「そうだ」
眉根を寄せたアスマは頷いた。
「あの生徒がいるだろ」
金色の頭の生徒のことを指している。
「あいつと仲が悪い教師がいてよ、といっても一方的に教師の方が嫌っていたんだが」
元々、相性が合わなかったんだろうな、とアスマは溜め息を吐いた。
「もっと早く周りが、そういう確執に気がついていればよかったんだが。最初に気がついたのはイルカで、何とかその生徒と生徒を嫌っている教師の仲を取り持とうとしていたんだが」
最悪の結果になったらしい。
それはカカシでも察しができた。
「俺も、それとなく相談を受けていたんだが、そんなに深刻に受け止めてはいなかったんだよな。表面上は何ともなかったからなあ」
その発言からアスマが後悔をしているのが窺えた。
「生徒を守りつつ、その教師のことも気にかけて、イルカは大変だったろうよ」
タバコが吸いてえ、とぼやいてからアスマは話を続けた。
「で、ある日、事件が起きた」
「事件?」
「そうだ」
重々しく頷いたアスマは沈痛な顔だ。
「その生徒のことが嫌いすぎて、おかしくなったんだろうな。嫌っていた教師が刺そうとした・・・」
その先は聞きたくない、とカカシは、ぼんやりと思った。
しかし、聞かないわけにはいかない。
聞きたいと言ったのは自分で、イルカのことが知りたいと思ったのも自分だ。
「まあ、つまり」
アスマも思い出したくないのか、最後は簡潔に話しを締めた。
「で、イルカが生徒を庇って自分が刺されて背中に傷を負い先生を辞めた」
あ、付け加えておくがよ、とアスマはカカシを見た。
「理事長は学校を辞めなくていいってイルカに言ったんだぜ。でもよう、イルカが頭が固いっていうか、真面目と過ぎるというか」
責任を取って先生を辞めて学校を去ったのだ。
生徒への影響も考えて。
「イルカさんらしいね」
「だよな」
夕方の屋上で男二人は空を見て黄昏ていたのだった。
その夜。
いつもの癖で仕事が終わるとイルカの事務所に寄った。
そこにはイルカは不在でハヤテのみがいた。
「こんばんは〜、イルカさんは?」
「イルカは、もう帰りました」
「え、もう?」
「具合が悪いとかで」
「風邪でも引いたの?」
心配になって尋ねるとハヤテは首を振った。
「なんでも二日酔いの二日酔いとかで」
「ああ・・・」
「いったい、あの日、どんだけ飲んだんです」
「あははは〜」
カカシは笑って誤魔化した。
まさか、自分がイルカを潰すまで飲ませたとかは言いにくい。
「でも、イルカは楽しかったようですよ。記憶が途中からないらしいですけど」
「そ、そうなんだ〜」
まさか、それも自分が飲ませた酒が原因とは言えない。
危険な話題からカカシは、話題変換を試みた。
「あ、あのさ、そういえば仕事の依頼とか来ないの?」
「今のところはないですね」
「失せ物探しがイルカさん得意だって言っていたよねえ」
「まあ、他にも色々やっていますよ、探偵らしく追跡調査とか」
ごほごほ、とハヤテは定番になっているの咳をする。
「なんで、失せ物探しが得意なのかな、イルカさん」
何気なく発したカカシの言葉でハヤテの顔が一瞬、曇った。
「イルカさん、自分でも何かを探しているのかなあ」
失くしたものを。
「さあ、どうでしょうね」
言うとハヤテは話を打ち切るように立ち上がった。
「今日は、もう帰りますので」
「あ、じゃ、俺も」
そうして、いつも通り、ハヤテが事務所の鍵を閉めた。
カカシの仕事が立て込み、イルカの事務所に行けなくなって数日が過ぎた。
やっと仕事が終わってカカシは、疲れた足取りでイルカの事務所に向かった。
本当なら自分の家に帰って休むのが一番いいような気もするのだが。
「イルカさんに会って、栄養補給しなきゃ」
イルカさんを。
カカシの元気の源はイルカだから。
疲れていても好きな人に会いたいのだ。
「イルカさんの声も聞きたいし、イルカさんの顔も見たいし」
それに、あれからイルカに会えなくて気になっていた。
イルカがどうしているのか、とか。
イルカが酔ったときに言った「許してください」とか。
事務所の前に着くとカカシはドアをノックしてから開ける。
イルカの事務所には呼び鈴が存在しない。
「あ、カカシさん!」
カカシを見たイルカが嬉しそうに声を掛けてきた。
「お久しぶりです!」
「うん、お久しぶりです」
「この間はありがとうございました、とても楽しかったです」
「いえいえ、こちらこそ」
礼を忘れないイルカは義理堅い。
「俺、途中から記憶がないんですが気がついたら家で寝ていて。絶対にカカシさんにご迷惑・・・」
掛けましたよね?とイルカは恥ずかしそうに言ってから、勢いよく頭を下げた。
「すみませんでした、カカシさん」
「あー、いえ」
その原因は自分にあるのでカカシは、ぶんぶんと顔の前で手を横に振る。
「イルカさんは、ぜんぜっん悪くありませんから。本当に悪くありませんから」
頭を上げてください、とカカシは大慌てで言う。
「でも・・・」
「いいんですいいんです、いいんです!」
「しかし・・・」
「それよりも!」
カカシは素早くイルカに歩み寄る。
「また、一緒にお酒を飲みに行ったり食事をしにいったり映画を観に行ったりドライブに行ったりショッピングに行ったりしましょう!」
どさくさ紛れにデートに誘っていた。
「俺たち、映画やドライブに行きましたっけ?」
そこで考えてしまうのがイルカだ。
「まあ、行けたらいいですね」
にこっと笑ってしまうのもイルカだ。
「だけど、当分駄目です」
イルカは悲しそうにカカシに告げた。
「長期の仕事が急に入って、俺はしばらく姿を消しますので」
「ええっ!」
寝耳に水だった。
「なので、ハヤテ」
イルカはハヤテに指示を出す。
「俺が連絡するまで事務所に来なくていいから。通帳や印鑑とか貴重品持って帰って預かっておいてくれないか。あ、あと念のために私物も持って帰ってくれ」
「了解です」
「というわけで」
イルカは少し寂しげな笑顔をカカシに向けた。
「しばしのお別れです、カカシさん」
なんだか、それは今生の別れの言葉のようにカカシは感じた。
胸が締め付けられて、悪い予感ばかりがする。
「当分って、どのくらいですか?」
心配になって聞くとイルカは微笑んだ。
「それは俺にも解りません」
一ヶ月か二ヶ月か、もしかして、もっと長い間かも。
「イルカさん・・・」
「イルカ先生じゃないんですね」
「それは・・・」
ぎくりと体が強張り、カカシは口ごもる。
なぜ、イルカのことを先生と呼ばずに、さん付けなのか。
理由は知っているが、あのときイルカは酔っていた。
けれども他言するのはイルカの真意ではなかったかもしれないのに、自分は聞いてしまった。
「気にしないでください」
イルカはカカシの様子から何かを悟ったようだった。
そうしてイルカと会えなくなって一ヶ月が過ぎた。
イルカと会えなくなって一ヶ月。
会えなくて辛い。
携帯電話も所持していないイルカとは連絡がつかない。
声さえも聞けない。
どこにいるかも分からない。
堪りかねたカカシは一ヶ月と少し過ぎたところでイルカの事務所に行ってみることにした。
仕事帰りに、いそいそとイルカの事務所に向う。
もしかしてイルカさん、帰ってきてるかもしれないし。
一縷の望みを託して。
だが、しかし。
「・・・な、なに、これ」
呆然と立ち尽くしているカカシがいた。
「・・・な、何にも、ない」
目の前には月明かりに照らされた、更地が広がっている。
イルカの事務所が入っていた古ぼけたビルがない。
そのビルの裏にあるはずのイルカの家もない。
何もかもがなくなっていた。
なくなって平坦な地面が顔を見せている。
確かにあったはずなのに。
「ど、どうして・・・」
膝ががくがくとなり、倒れこみそうになりながら、カカシは必死に考えた。
もしかして全部夢だった?いや夢じゃない。
イルカさんはいた、いたはず・・・。
じゃあ、今、どこに?
どこにいるのか、そして生きているのか・・・。
たくさんの疑問を抱えながらカカシは当てどもなく、ふらふらと歩き出したのだった。
風は何処に吹く・続続続続
風は何処に吹く・続続続続続続
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