風は何処に吹く・続12
「あ、あのう・・・」
色づいたイルカは犬を抱きしめたまま、視線をうろうろとさせた。
あっちを見たり、こっちを見たり。
所在なさげに、もじもじとしている。
「イルカさん」
もどかしくなって名を呼ぶとイルカが困った風にカカシを見た。
「ええとですね」
俯いたイルカは抱きかかえている犬を無意識に撫でている。
「あの・・・」
何かを言いたげにカカシを見ては口を開けたり閉じたり。
その口からは、どんな言葉を出そうをしているのか。
もどかしくなったカカシは犬を庭に放すをイルカの手を引っ張って、家の中に入った。
二人きりで。
話したかった。
連れてきたのは意図せず、カカシの部屋。
本棚には件の作家の作品がずらりと並べられていたが、今のイルカの目には入らないようだった。
カカシも、そのことをすっかり忘れている。
今は、それよりも重要な問題に直面していた。
カカシの部屋に連れてこられたイルカは大人しくしている。
顔は赤いままで無言だ。
「イルカさん」
正座して向かい合って座ったカカシの顔は真剣だ。
口調も真剣、目も真剣。
人生の一番大事な局面を迎えているのだ、真剣にもなる。
「さっき、イルカさんが言ったことですけど」
「はい」
小さい声だったが、イルカは返事をした。
ごくりと唾を飲み込んだカカシは慎重に聞いた。
「家族って言いましたよね?家族が増えるって」
言いましたよね?と念を押す。
イルカは首を縦に振る。
「俺はイルカさんの家族?家族になったの?」
心臓がこれでもかと早くなっていた。
イルカは、何と答えるのだろう。
短い時間なのに長く感じる。
早くイルカの答えが聞きたかった。
「あのですね」
勇気を振り絞るようにイルカは声を出した。
「俺、俺は最初は信じていなかったんです」
説説を訴えるようにイルカはカカシを見上げる。
「カカシさんが俺を好き・・・だってこと」
「え」
思いがけないことを言われてカカシは目を、ぱちくりさせた。
イルカは何を言っているのだろう?
「最初に・・・。初対面で会ったとき、カカシさん、いきなり俺に言いましたよね、好きだって」
「はい、言いました」
はっきりと覚えている。
「他にも、あ、愛しているとか、こ、恋しているとか」
「言いました」
愛とか恋とか使い慣れない単語が恥ずかしかったのか、真っ赤になったイルカはカカシから顔を逸らした。
「知らない人に、そんなこと言われて信じられなくて。どうせ、からかっているんだろうって。軽い人だなとか思っていたんです」
「はあ」
確かにカカシは軽い感じがしなくもない。
それは表面的なものだったが。
「人との出会いなんて一期一会だから、カカシさんもそうだと思ってもいました」
だから・・・・。
イルカは、ふ、と吐息を漏らした。
「カカシさんも、すぐに俺から離れていくと」
人との交わりがイルカは怖かったのかもしれない。
この人も自分の傍からいなくなると。
「そしたらカカシさん、足蹴く辺鄙な場所にある事務所に、しょっちゅう来てくれて。俺のことを待っていてくれたり俺に晩飯付き合ってくれたりして、休日とかも来てくれて、だから」
すう、と息を吸ったイルカは覚悟を決めたようにカカシを見た。
「だから。もしかして、この人、本当に俺のことが好き、なのかもしれないと思うようになって」
それで、いつの間にかカカシさんの存在が普通になっていって。
いるのが当たり前になっていって。
気がつくとカカシさんのことを考えていたり。
カカシさんがいないと寂しいって思ったり。
カカシさんに会えないと悲しいって思ったり。
「だんだんとカカシさんの存在が俺の中で、大きくなっていって」
忘れられなくなっていって。
「も、もしかすると」
少しイルカの声は震えていた。
「これって恋ってやつなのかなって」
カカシを見つめる瞳は緊張のためか、潤んでいる。
黒い瞳が悩ましげだ。
「きっと・・・。俺はカカシさんが好きなんだ、と思ったんです」
今度はイルカが自分の返事を待っている。
カカシが返事をする番だった。
「・・・なので、カカシさんと身近に思えば思うほど、俺はカカシさんがいなくてはダメなんだと思うようになっていって」
ぎゅっと手を握りしめたイルカの頼りなげな瞳が揺れる。
「いつもカカシさんが傍にいてくれるから、まるで家族みたいだと思うようになっていって」
それが先の発言に繋がったらしい。
家族が増えた、と。
そうなるとイルカは、定かではないが既にカカシを家族と認識していたことになる。
家族が増えたというのは犬の事をさすのだろう。
カカシが飼っていた八匹の犬を。
嬉しい。
カカシは素直にそう思った。
イルカが自分を好きになってくれて、しかも家族だと思うようになっていたなんて。
こんな嬉しいことはない。
嬉しすぎる。
でも、その前に・・・。
「イルカさん!」
イルカの手を、ひしと握り締めたカカシは言った。
「もう一回、言ってください!」
「え、何を・・・」
「好きって!」
「え、そんな、あの」
見る見るうちにイルカは赤くなって青くなって、また赤くなった。
今日は何回も顔色が変わっている、いい意味で。
「本人を目の前にすると、緊張するんですけど・・・」
イルカが抗議するが、カカシは引かない。
「本人に言わなくて誰に言うんですか!」
「それはそうですけど・・・」
「さあ、イルカさん、頑張って!」
握り締めた手に力を込めてカカシはイルカを急かした。
「さあさあさあ!さあ!」
「は、はい、それもそうですね」
カカシの説得が通じたのか、イルカが大きく深呼吸する。
カカシもどきどきしているが、イルカもどきどきしているのだろう。
お互いの目を見つめ、イルカは深呼吸を何回も繰り返してから。
ついに言った。
「カカシさん、好きです・・・」
イルカの手にも力が入る。
「いつの間にか好きになっていました。カカシさんが俺を好きになってくれたから」
好きになってくれて、ありがとう。
そう聞こえた。
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