風は何処に吹く・続13
「イルカさん」
感極まったカカシは、ちょっと涙目になっていた。
嬉しい。
嬉しい、とっても。
好きな人が自分を好きだと言ってくれている。
思いが通じたのだ。
色々な困難を乗り越えて、カカシのことを好きだと言ってくれる人。
大好きな人。
愛しい人。
大切な人。
イルカを腕に抱きしめたカカシは満ち足りた気持ちになる。
「一生、大事にしますからね!」
「は、はい」
戸惑いながらもイルカはカカシの言うことに頷いた。
「好きです、イルカさん。初めて会ったときから、この気持ちは一片も変わりがありません」
イルカの黒い瞳を見つめると嬉しそうに微笑んだ。
そして笑った、幸せそうに。
初めてカカシが見たときと同じイルカの笑顔だ。
カカシが惚れこんだ、あの笑った顔。
本当に好きだ、本当にイルカが好きだとカカシは胸が熱くなる。
イルカと会えて良かったと心から思ったのだった。
「あの、じゃあ」
カカシは肝心なことを思い出した。
「イルカさん、この家に住んでくれる?」
今日はカカシの家を見学という名目でイルカは訪れているのだ。
お試しで住んでみるという建前で。
もちろん、カカシとしてはお試しなんてする気はなくてイルカに、ずっと一緒に住んでもらう気でいた。
荷物もイルカが必要とするものは全部、持ってきていている。
「俺と一緒にこの家で暮らしてくれる?」
「はい」
笑顔でイルカは了承してくれた。
「カカシさんがいいと言うのなら、いつまでも」
「ダメなんて言うはずないです。いつまでも、いつまででも居てください」
「ありがとうございます」
イルカが、ほっとしたような顔になった。
やはり、住むところがないと不安なのだろう。
「家賃は、ちゃんと払いますからね」
それと光熱費とかも。
イルカはイルカなりに考えているらしい。
「共同生活ですからね」
固いことを言っている。
「んもー」
つん、とカカシはイルカの額を指で突付く。
「好きな者同士が共同生活なんて色気なーい。同棲でいいじゃないの」
カカシの抗議にイルカが動揺する。
「どう、同棲なんて不純です。それに、色気なんて持ち合わせていませんし・・・」
語尾が霞んで小さくなった。
「あのねえ」
今度は額と額を突き合わせて、カカシは間近でイルカの顔を覗き込んだ。
「俺たち、恋人でしょ。同棲してたっていいの、大人なんだから」
「そうでしょうか?」
心配げにするイルカにカカシは笑う。
好きな人が傍にいると、とっても楽しい。
その仕草、声、表情に一喜一憂して、どきどきして、ときめいてしまう。
「そうなの」
大丈夫、とカカシは、そのまま腕の中のイルカの額に掛かっている髪をかき上げて。
額に、そっとキスをした。
「まずは、でこチュー」
満足そうにするカカシ。
ぱっちりとイルカは目を開けてカカシを見ている。
こんなカカシの行動は、全く予想していなかったようだ。
「チューって・・・」
「キスです〜よ」
「キス・・・」
「そ、唇と唇が触れ合うこと。今のは唇と額だったけどね」
ぱく、と口を開けたイルカから言葉は出てこない。
相当、びっくりしている。
「いきなりディープなキスなんてしたら、イルカさんに引かれそうだしね」
引かれたらイルカさん、戻ってきてくれないような気がするから。
「ゆっくりいきましょう」
そう言ったカカシは余裕綽綽に見えた。
微笑みが不敵だ。
「あ、念のために言っておきますけど。決して俺、キスとかに慣れているわけじゃないし、遊んでもいませんからね」
イルカさんだから、あれこれしたいだけだから。
イルカさんじゃないとキスしたくないから。
イルカさんだけに有りっ丈の恋の情熱を傾けていますから。
いいのか悪いのか、どうとっていいのか分からない言い訳をカカシはしたのだった。
「あ、そうだ」
カカシが思い出したように訊いてきた。
「イルカさんに訊きたいことがあるんです」
「訊きたいこと?」
「はい」
首を傾げたイルカにカカシは慎重に切り出した。
言葉を選んで、イルカを傷つけないように。
だったら聞かなければいいのだけど、どうしても聞いておきたかった。
そして言っておかなればならないこともあった。
「実はイルカさんと飲んだときのことなんですけどね」
「ああ・・・」
飲んだときのことを思い出したのか、イルカが罰が悪そうな顔になる。
「すみません、あのときは本当にご迷惑を・・・」
「いえいえ、ご迷惑なんて、いっくらでも掛けてください。そのことじゃなくてですね、酔ったときのイルカさんの言葉で気になることがあるです」
「え、俺、変なこと言いましたか?」
「変なことっていうかですね」
酔ったときのイルカの言葉。
許してください、は何を指すのか、カカシは気になっていた。
「酔ったイルカさん、俺にね、言ったんです。『許してください』って」
「許して?」
「そうなんです。ほら、酔ったときって本音が出るって言うでしょう?俺、イルカさんに謝られる覚えがないし」
単に酔っ払いの戯言なら、それはそれでいい。
だけども、イルカは「ああ」と言って俯いた。
「・・・そのことなら。多分、あれです」
「あれって?」
「俺、元生徒たちのことが知りたくてアスマさんに頼んで、カカシさんと強引に知り合った形になったから。自分の私利私欲のためにカカシさんと利用することになるから、罪悪感がすごくて」
真面目なイルカらしい答えだ。
対してカカシは、あっけらかんとしていた。
「なーんだ、そんなこと」
「そんなことって言ったって・・・」
「それは縁って言うんですよー、そのお陰でイルカさんと知り合えたんだから」
カカシの言葉に少し沈黙していたイルカは素直に頷いた。
「そうですね、そう考えることにします」
「あ、それとね、あともう一つだけ」
「何ですか」
「酔ったイルカさんね、自分で服を脱いでね、そのときね」
「な、何でしょう?」
ちょっとイルカが、どきどきしているのが分かる。
抱きしめているので心臓の鼓動の早さが伝わってくるのだ。
「俺ね」
「はい・・・」
服を脱いで、自分は何をしたのだろうか?
何か、とんでもないことをしでかしたのか。
きっと今、イルカは頭の中でぐるぐる色んなことを考えているに違いない。
困っているイルカもかわいくて、ずっと見ていたいのだが、とりあえず自分の欲求をカカシは抑制した。
「イルカさんの背中の傷跡を見たんです」
無理やりに見たのではなく偶然、見えたことを訴えた。
「着替えるときに背中が見えて。でね、この前、イルカさんのお見舞いに火影さまの家に伺ったときに木の葉丸からイルカさんが傷跡を気にしているようなことを聞いたから」
イルカが傷跡を見せたくないというのなら、別に見る気はない。
ないのだが、そうすると一緒に入浴はできないなあとカカシは欲望直球なことを頭の隅で考えていた。
「ああ、それなら気にしないでください」
さらりとイルカは言う。
「傷跡は見せたくないわけじゃないですけど、でも見せたいわけじゃないんです」
イルカの言いたいことは何となく解る。
「割かし大きい傷跡なので子供の木の葉丸は驚くんじゃないかと思って」
だから配慮したらしい。
だったらいい。
カカシは大人だし、傷跡がイルカのものなら、それごとイルカが好きなのだから。
どんなイルカでも愛する自信があった。
「なら、良かったです」
カカシは下心を丸ごと隠した顔で、にっこりと笑った。
「だったら何も支障はないですね」
イルカを抱きしめていた腕を離すと隣の部屋を指差した。
「あ、寝るときは俺のベッドで抱き合って一緒に寝ましょうね、寝具はあれ一つしかないし」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなの」
焦った声を出したイルカにカカシは心中、にやりとする。
「ベッドはクイーンサイズなので大人二人が寝ても問題ないです」
「あの、俺、布団くらい買いますよ」
「ダメです」
カカシは首を振った。
「寝具は俺のベッドだけです、あれ例外は持ち込み禁止です。この家の管理人は俺ですから」
こんなときばかり、カカシは強硬で強気だ。
そんなカカシにイルカは、くすっと笑う。
「いいですよ、分かりました」
「分かればいいんです」
鷹揚に言うとカカシはイルカの手を取って立ち上がらせた。
「さ、飯の準備をしましょうか、お腹空いたでしょ」
「はい」
「あと、風呂の場所も教えますね」
「風呂!」
イルカの目が、きらきらと輝く。
期待に胸が膨らんだ。
どんな風呂なのだろうか、と。
そして風呂はイルカの期待を裏切らず。
毎日、大いにイルカは風呂に浸かることになる。
そうしてカカシとイルカの生活は始まった。
「あ、カカシさん」
庭で犬と遊んでいたイルカはカカシが帰ってくるのを出迎えた。
「お帰りなさい!」
「ただいま」
犬と共に駆け寄ってイルカを抱きしめてカカシは軽くキスをする。
もちろん、イルカの唇に。
照れくさな顔になったイルカは、そっとカカシから離れると報告した。
「あのですね、今日、採用の電話が来たんです!」
「ほんと!おめでとう!」
離れたイルカをカカシは、また抱きしめた。
「良かったね、イルカさん!予備校の先生だっけ?」
「そうなんです」
「そっかー」
にこにこと笑うカカシは嬉しそうだ。
「これで、また『イルカ先生』ですね」
「はい」
その呼び名がくすぐったかったのか、イルカが肩を竦める。
「俺、イルカさんもイルカ先生も好きだなあ」
ちら、とイルカを見る。
「時々、イルカ先生って呼んでもいい?」
先生萌えなの、とか言っていた。
「いいですよ」
「ありがとう!そうだ、これ就職祝いです」
ごそごそとカカシが通勤カバンから何やら取り出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
何だろうとイルカが開いて見てみると・・・。
「あっ!」
大きな声を上げた。
「これって・・・」
本当に驚いたという風に目を瞬かせている。
「なんで、カカシさんが?」
「えーっとね」
カカシは、がしがしと頭を掻く。
「イルカさん、火事で大事なものを失なったって言っていたでしょう?それって何だろうと思って、アスマやハヤテに聞いてみたんですよね」
そしたら、おそらくコレだろうってことで。
「同じもの全部ってわけにはいきませんでしたが・・・」
少しだけカカシは悔しそうにする。
「だいぶ復元はできたと思うんです」
「いいえ、いえ」
カカシに貰ったものをイルカは胸に抱きしめる。
「とってもとても嬉しいです、ありがとうカカシさん」
本当にありがとうございます、とイルカは繰り返す。
イルカの胸にあるのはアルバム。
高校の先生をしていた頃、生徒たちと一緒に撮った写真が盛り沢山、貼られていた、ぎっしりと。
カカシはイルカの勤めていた高校で先生としている。
見知った生徒に声をかけて、写真のネガを貸してもらって現像したり、ネガがなければカラーコピーしたりして作成したのだ。
そして自分用にとイルカと同じアルバムを作っていたりしていた。
これはイルカには秘密だ。
「それはそうと探偵はどうするんです?」
イルカは高校を辞めてから探偵を生業としていた。
「ああ、それなら」
大丈夫です、とイルカが思いも寄らぬことを言う。
「ハヤテがインターネットでホームページを作って細々とやりましょうって。それなら場所も要らないし、あとは口コミとかで」
事務所を借りる必要にない。
「それに」とイルカが苦笑した。
「ハヤテがね、イルカは元々、第六感探偵のようなものだからこんな感じでいいでしょうとか言うんですよ」
面白そうにしている。
カカシと暮らすようになってイルカは、よく笑う。
楽しそうに、嬉しそうに。
安心しているように。
「どういう意味でしょうね」
「そのまんまの意味ですよ、きっと」
ハヤテの指摘は正しい。
イルカは不思議な存在だ。
カカシの心を虜にして、そして日々、癒してくれる。
イルカがいるから生きていける。
好きになってよかった。
大好きなかわいい人。
イルカを引き寄せたカカシはイルカの耳元で何事か囁いた。
低い声で甘く優しく。
それは恋人の語らいで。
何を囁かれたのか、イルカは真っ赤になっていたのだった。
終わり
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