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風は何処に吹く・続10



「え・・・」
聞き間違いかと思い、念のためイルカは聞き返した。
「今、なんて?」
「俺の家に来たらいいよって言ったの。俺と一緒に暮らしましょうって」
「・・・今、なんて?」
やっぱり聞き間違いかと思い、もう一回、イルカは聞き返す。
「俺が住んでいる家は広いのでイルカさんが家をお探しなら住んだらどうですかってことです」
カカシは丁寧に説明してくれた。
「同棲って言いたいとこだけど、同居でいいですよ。あ、ルームシェアでも」
「それは・・・」
「家賃なんて要りませんけど、イルカさんが気になるなら適当に値段設定してください」
「えっとですね・・・」
「料理は俺、結構出来ますよ〜。家事も得意だし」
畳み掛けるようにカカシは押してくる。
「料理、洗濯、掃除、買出し、何でもします」
自分を前面にアピールしてきた。
「万能ハウスキーパーとして活躍します、俺!」
いつの間にやら、カカシに迫られていたイルカは座椅子から、はみ出て押し倒されていた。
ちゃっかりとカカシが上に覆い被さってくる。
「イルカ先生の健康管理も、ばっちり俺に任せてください!お役に立ってみせますから!」
もはや、何をアピールしているのか、分からなくなってきた。
「環境もよくて、家の周りは自然がいっぱい!綺麗な空気に囲まれて、目にいい緑がたくさんですよ」
とにかく、一度来て、見てください、とカカシに約束させられてしまっているイルカである。
「イルカ先生の体調のいいときにでも迎えに来ますから」
「あ、はい」
こくりと頷いてしまうイルカ。
完全にカカシのペースに流されている。
「約束ですからね!」
指きり拳万までさせられてしまった。



「今日のところは、これで引き上げますけど」
長居したのか、外は夕暮れになっている。
押し倒したイルカを腕で抱えあげて起き上がらせた。
「イルカさんが体が治ったときは手加減しませんからね!」
にっこりと微笑まれてイルカの顔は強張る。
「手加減て?」
「それは治ってからのお楽しみ〜」
「全然、楽しみなんかじゃないんじゃ・・・」
「俺にとってのお楽しみです」
押し倒したイルカの浴衣の合わせ目が乱れたのか、カカシが甲斐甲斐しく直す。
「イルカさん、浴衣がお似合いですよね。和装が引き立つ人なのかな〜」
同棲じゃなくて同居したら、ぜひぜひ浴衣を着てくださいね〜とカカシは、うきうきしている。
カカシの中ではイルカが一緒に暮らすことは決定事項なのかもしれない。
「あ、あの、ちゃんと家を見せてもらってから決めますので」
「もちろんですよ」
頷いたカカシは、にこりと邪気のない笑みを浮かべた。
心中とは全く反対の笑みだ。
「部屋数は十分にありますし、縁側もあるし、庭も広くて快適ですよ。それにキッチンも風呂も広いです」
風呂、という単語にイルカが反応した。
「風呂も広いんですか?どのくらい?」
イルカの反応にカカシが密かに口角を上げた。
これはいける、と思ったからだ。
「俺とイルカ先生が入っても余るくらいの浴槽で、手足も伸ばせますよ。洗い場も広くて、ゆったり。天窓から星空、出窓から外が眺めることが出来て、四季折々の森の様子が見れますよ」
「すごい!」
イルカの目が輝く。
「まるで、旅館のお風呂みたいですね!」
「そうそう、旅館みたいな」
「俺、温泉とか好きで」
「ほほう、温泉ね」
「風呂も好きで」
「お風呂好きね」
「家で旅館みたいな大きい風呂に入れたら、どんなにいいかな〜って、ずっと思っていたんですよね」
「じゃあ、俺の家の風呂はイルカさんの条件にぴったりですね!」
言葉巧みにイルカを誘導する。
「俺の家に来たら、毎日、大きい広い風呂に入れて、温泉気分を味わえますよ」と。
温泉の素を入れるのもいいですね、と付け足した。
一見、和気藹々と風呂談義に盛り上がっているカカシとイルカだったが。
思惑は全然、違っていた。
百八十度、反対の方向を向いていたのだが・・・。
気がついているのはカカシだけであった。



「あー、こほん」
咳払いが聞こえた。
「あ、ハヤテ」
ハヤテが襖を開けて立っていた。
「カカシさん、そろそろ、お暇する時間です」
「はいはい」
名残惜しげにカカシはイルカを手離した。
イルカを抱きしめていたのだ、起き上がらせるついでに。
違和感なく、イルカもカカシの腕の中に納まっていた。
「また、来ますからね、イルカさん」
「では、失礼します。見送りはいいですからね」
カカシが手を振るとイルカが小さく手を振り返してきた。
「今日はありがとう、ハヤテ。ありがとうございました、カカシさん」
そうしてカカシとハヤテの二人は火影の屋敷を後にした。



「ねえ、ちょっと、分かんないことがあるんだけど」
屋敷を出て、横を歩くハヤテにカカシが尋ねた。
「どういう経緯でイルカさんは火影さまの家に住むことになったの?」
カカシとしては、今回は、という意味で尋ねたのだがハヤテは、そうは受け取らなかった。
「高校生のときのことですか?」
「あ、そういえば、高校のとき卒業まで二年くらい住んでいたってイルカさん、言っていたな」
「そうですか・・・」
ハヤテの口調は重い。
「まあ、イルカが自分からカカシさんに話したのなら言っても大丈夫ですかね」
「何を?」
なんとなく、重苦しい雰囲気が漂う。
「イルカが高校生のときにイルカの両親が亡くなったんです」
話は続く。
「行く場所もなく、住む場所も失ったイルカはご両親の知り合いだった火影さまに引き取られました」
ハヤテの口調に抑揚はない。
「ご両親が亡くなったという知らせは私が、ちょうどイルカの家に遊びに行ったときに」
一旦、話を切ったハヤテは大きく息を呑む。
「電話で掛かってきました。あのときのイルカの表情は忘れられません・・・。それ以来、イルカは電話が苦手になりました。正しくは電話の呼び出し音が怖くなったのです」
「・・・そう」
聞かなければよかった、とはカカシは思わなかった。
ただ、今の時代、電話を所持しないイルカを不思議に思っていたけれど。
そんな理由があったとは。
イルカが高校生のときに火影の屋敷に厄介になった訳も同時に分かってしまった。



「今回は?」
聞くのが躊躇われたが、聞かずにはいられない。
好きな人のことならば、知っておきたかった。
イルカが拒否しなければ・・・。
「今回は、どうして火影さまの家に行くことになったの?」
「それはですね」
いつもは無表情に近い顔のハヤテが、僅かに顔を顰めた。
「イルカは電話を持っていないので、定期的に私に連絡してきます。その際に火事のことも教える形になり、長期の仕事を中断させて急遽、帰ってきました。そして、後始末に奔走していたのです。その間、イルカは私の家に泊まっていました」
「・・・それで?」
「後始末が一区切りついたところで、イルカが居なくなってしまったのです」
「居なくなった?」
「そうです、私の家から姿を消して連絡が途絶えてしまいました。二日、連絡がない時点で私がアスマさんに連絡しました、イルカの行方を」
俺は?と言いそうになってカカシは口を閉じた。
イルカの非常事態に思い出してもらえなかったのが、もやもやと胸に残る。
「驚いたアスマさんと私はイルカを探しました、そして見つかったのです」
「どこで?」
「火事の焼け跡にいました。イルカは自分の家があった場所を掘り返していて、何か焼け残っていないか、と探していたのです」
「ああ・・・」
そういえば、アスマが酒を飲んだときに『イルカは大切にしていたものの大部分を失った、また・・・』と言っていた。
また、の意味が今、解った。
「何も残っていなかったんだ?」
ハヤテは無言で頷いた。
「でも、探していたんだ、イルカさん・・・」
少しの間、沈黙が降りた。
再び、話し出したのはハヤテだ。
「居なくなって二日、探して一日半。その間、イルカは一心不乱に、ほとんど飲まず食わずで探していたようで、見つけたときは倒れる寸前でした」
それで、火影の屋敷に運び込まれたということだ。
アスマが休んだ裏には、このような出来事があったのだ。
「そっか」
カカシは肩を落とした。
イルカの胸の内を考えると苦しくなる。
何か、自分にしてやれることはないだろうか。
イルカの力になりたいと心底思う。



「でもさー」
カカシが恨みがましい目でハヤテを見た。
「なんで、俺もイルカさんの捜索隊に混ぜてくれなかったの?」
もやもやが言葉になって、出てしまった。
「ああ、それは」
だけどもハヤテに、ばっさりと切り捨てられる。
「すっかり忘れていました、そのときは」
「ひでー」
「でもまあ」
ごほごほとハヤテは咳をする。
口元に手を当てた。
「あれだけカカシさんにスキンシップをされて嫌がらないので、イルカの中ではカカシさんは好きな人の部類に入っているんでしょうね」
飛び上がりそうになるくらい嬉しいことを言われた。
「イルカは、あれで好き嫌いが割と、はっきりしているので」
「それ、ほんと?」
「はい」
「もう一回、言ってみてよ、何の部類だって?」
そこが肝心だ。
「好きな人の部・・・」
「もう一回!」
「好きな人の・・・」
「もう一回!」
「好きな人・・・」
「もう一回!」
「酢が好きな人の部類」
さすがに、しつこかったのか、閉口したハヤテがカカシを睨む。
カカシは素直に謝った。
「ごめんなさい、調子に乗りました」
本当に嬉しかったのだ。
「だってさー、イルカさんに好きだって言ってもらってないし、愛情表現もこれといってないからさー。いまいち、自信がなかったんだよね」
カカシもカカシなりに不安ではあったのだ。
「まあ、俺の深い愛情と粘り強い執念でイルカさんを必ず振り向かせて恋人になるけどね!」
そう言って笑ったカカシは、どうみても自信満々だ。
無敵に見える。
ハヤテが、ぼそっと突っ込んだ。
「・・・自信がなかったんじゃないですか」と。
しかしカカシの耳には届いていなかった。





風は何処に吹く・続9
風は何処に吹く・続11




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