悲しいけれど、それが現実 7
カカシに会わなくなって一ヶ月が過ぎた。
アカデミーの仕事が忙しかったため、受付所に入ることがなかったのでカカシに会うことはなかった。
例の新人教師の女の子からの弁当の差し入れも同僚を通じてだが断ってもらった。
「やっと一段落ついたなあ」
アカデミーの職員室でイルカの隣に座る同僚が自分で自分の肩を、とんとんと叩く。
「この一ヶ月は忙しかった」
「ああ、そうだな」
はあ、と息を吐く同僚。
釣られたようにイルカも息を吐き出した。
ここを乗り切れば、後は年末まで忙しくはない。
「一息つけるな」
「ほんと」
「今日は繁忙期を乗り切ったってことで、ぱーっと飲みにでもいかないか」
誘われた。
「ああ、いいな」
偶には酒でも飲んで気分転換するのもいいだろう。
ちらりとカカシの顔が頭を掠めたが知らない振りをした。
しかし。
イルカと同僚は飲みに行くことは出来なかった。
「全く、人使いが荒いよなあ」
同僚は、ぶつぶつ言っている。
言いたくもなる。
「忙しいのが終わったと思ったら、すぐさま受付所に入れとか任務に行けとか」
同僚が、ぴらと一枚の任務書をイルカの顔に翳した。
「今日の受付の夜勤か、二泊三日の任務、どっちがいい?」
真剣な顔で訊いてくる。
「ああ・・・。どっちかが受付か任務に行けって?」
「そう」
「うーん」
イルカは任務を手に取り依頼内容を確認する。
期間は二泊三日ほど、内容は巻物を届けて帰ってくるという簡単なものだった。
「任務がいい、かな」
「じゃ、俺は受付所ってことで」
あっさり決まる。
「あ、そうだ」
同僚が付け加えた。
「その任務は行きはいいけど帰りは怖いから」
「え?」
「帰りは襲われる可能性が大だから、気をつけて行けってさ」
「うん、分かった」
そうしてイルカは任務に行くことになった。
任務に行けばカカシ先生と会うこともないだろう。
ひゅんひゅんと森の中を、木から木へと飛び移りながらイルカは考えていた。
受付所に行けば、カカシさんに会うかもしれないけれど・・・。
任務で里の外に出れば、少なくとも会うことはない。
カカシに会わない一ヶ月の間、会えなくて寂しいと思ったことは事実だ。
だが、その反面、カカシに会えなくて、ほっとしたのも事実だった。
カカシに会わなければ心乱されることもない。
好きなら会いたいというのも真実なら、好きなら会いたくないというのも真実なんだな・・・。
妙な悟りも啓いてしまった。
無事に相手先に巻物を渡して、里に帰る途中、同僚の忠告通りになってしまった。
複数の敵に襲われてしまったのだ。
少々、戦闘はあったものの、どうにか切り抜けて、夕暮れ近くに里に帰ってきた。
戦闘の際に、左の二の腕に傷を負って。
「まあ、大したことないと思うけど」
念のため、病院で診てもらったほうがいいかもしれない。
傷は浅いがイルカの忍として勘が、そう言っている。
傷口を押さえて里の大門に差し掛かったときだった。
入り口に向かって歩いてくる人影を二つ、発見した。
その人影には見覚えがある。
背の高い人物はカカシ、背の低い人物はアカデミーの新任教師の女の子。
夕日が射す中、歩く二人はとっても絵になった。
美男美女のカップル・・・。
これほど似付かわしい言い方は他にない。
どこからどう見ても誰が見ても、お似合いの二人だった。
現実って残酷だ・・・。
呆然としながらもイルカは思った。
お似合いの二人を目の前にすると何も言葉は出ない。
がっかりとか残念とかの気持ちを通り越して寧ろ、清々しい気持ちになる。
きっぱりと諦めることも出来るし、カカシに告白しなくて心底良かったと胸を撫で下ろす。
どっと疲れが出てきた。
「あ!」
カカシが傷ついた腕を押さえて立ち竦むイルカに目敏く気がついた。
「イルカ先生!」
あっという間にイルカの傍に来る。
「任務から帰ってきたんですね!」
嬉しそうに目を細めてイルカを見つめてきた。
その間・・・。
カカシと一緒にいたはずの新任教師の女の子はイルカを見るなり、かああっと頬を染めると両手で顔を覆い走り去ってしまった。
「あ・・・」
どう声を掛けていいか戸惑っているとカカシの心配そうな声が聞こえてきた。
「イルカ先生、怪我しているの?」
「え?ええ、少し・・・。あの、行っちゃいましたけど」
新任教師の女の子が去った方向を指差すとカカシは全く関心がないようで見もしなかった。
応えもしない。
「どうでもいいです、そんなことよりもイルカ先生の怪我が心配です。イルカ先生、病院に行きましょう!」
イルカに手を伸ばしてくる。
「だ、大丈夫です!」
反射的にイルカはカカシの手を避けてしまった。
「一人で大丈夫ですから・・・」
カカシといるのは辛い。
ましてや、女性とのお似合いの態を見せ付けられてしまっては。
「何を言っているんですか!」
逆にカカシに強い口調で睨まれてしまった。
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう」
怪我をしているのに、一刻も早く手当てしないと。
「でも、毒を受けているかもしれないので・・・」
弱弱しい声になってしまうのは仕方ない。
抵抗するとカカシは、ぐっとイルカの手を掴んだ。
「なら、尚更です。早く病院に行かないと。毒なら俺は平気です」
殆どの毒に耐性を持っていますから。
強硬に病院に連れて行かれてしまった。
「あー、これは」
病院で診察、幾つかの検査を受けてイルカは受けていたことが判明した。
やはり戦闘での怪我により体内に毒が入っていたのだ。
眼鏡をかけた医者が説明する。
「明らかに毒ですねー、しかも厄介な。解毒剤がないので中和剤を注射しますねー」
ものすごく痛い注射をされてしまった。
久々に注射で痛い思いをした。
「あ、これ、すごく痛いので」
注射の針を刺してから医者は、そんなことを言う。
真面目に痛かったイルカは、ちょっと涙目になってしまった。
カカシは「痛いんですか、イルカ先生」と滅多にないイルカの反応を見て、うろたえている。
「ああ、俺が代わってあげられたら」とも言っていた。
何故かイルカの診察に付き添っているカカシだ。
「じゃ、これで終わりってことで帰っていいんですね」
任務の報告書も出さなければならない。
痛い注射が終わった後、身支度を整えて帰ろうとするイルカを医者は止めた。
「駄目です、一晩は入院してもらいます」
「入院?」
「簡易入院になりますけどね。この中和剤は人によって差はありますけど概ね、激しい拒否反応がでるんです。一晩すれば治まるんですがねー」
その間、体調が急変したら大変なので病院にいなくていけないらしい。
「拒否反応って何ですか?」
いったい、どんなものなのか?
急に不安になって質問すると医者は一言。
「気持ち悪くなるんです、そりゃあもう」とだけ言った。
「気持ち悪く?」
眉を潜めたイルカに医者は説明する。
「立っても座っても横になっても胸がむかむかして眠れず、吐き気がひどくなり、かといって吐くわけでもなく」
「はあ」
いまいち、ぴんとこない。
「人によっては微熱が出るかもしれません」
「はあ」
やはり、ぴんとこない。
気持ち悪くて、吐き気と微熱・・・。
わざわざ、入院する必要はないように思える。
それくらいは自宅でも耐えられるのはないだろうか。
「じゃあ、俺!」
横にいたカカシが小さく手を上げた。
「イルカ先生に付き添います!」
「え、いや、いいで・・・」
「いいでしょう」
イルカが答える前に医者から許可が出てしまった。
くい、と医者が眼鏡を押し上げた。
「私も以前、この毒を受けたとき、ものすごく迷惑が掛かるけど介添えの人がいればなあと痛感しましたから」
実体験からの発言らしい。
誰かが傍にいてくれれば心強いですよ、と言われたが。
つまり・・・。
イルカは青くなる。
付き添ってもらったら、カカシ先生に迷惑を掛けるの確定?
好きな人に迷惑を掛けたくない。
何より好きな人の前で、無様な姿を晒すには嫌だった。
そんな自分を見せたくないし、見られなくない。
やっぱり断ろう。
「あの、カカシ先生、付き添いは・・・」
結構ですから、と言いかけたイルカは口元を押さえた。
急激に胸がむかむかして、猛烈な吐き気が襲ってくる。
座っているのが、しんどくて立ち上がろうとしたのだが、それは叶わなかった。
悲しいけれど、それが現実 6
悲しいけれど、それが現実 8
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