悲しいけれど、それが現実 5
「イルカ先生、イルカ先生」
優しい声がした。
「イルカ・・・」
自分を呼ぶ、この声は誰だろう。
薄く目を開けると目の前には自分を見つめる誰かがいる。
誰だっけ・・・。
ぼんやりとした意識の中、ゆっくりと覚醒していく。
「こんなに無警戒に寝ちゃって」
声には愛しげな響き。
「心配だなあ」
ほんとに。
溜め息交じりだけど、嬉しそうな。
「もったいないけど」
肩を揺すられた。
「イルカ先生、昼休みが終わっちゃいますよ」
緩く肩を揺すられて、はっとしてイルカは目を開けた。
目の前にはカカシがいる。
とすると、今まで聞こえていたのはカカシの声。
「カ、カカシ先生・・・」
「あ、起きた」
にっこり笑ったカカシが目を細めた。
「よかった〜。イルカ先生、薬を縫っている途中で目を閉じたと思ったら寝ちゃうんだもん」
「すみません・・・」
そうだった。
カカシに傷薬を塗ってもらって、その指の心地良さに目を瞑ったら寝てしまったのだ、自分は。
「せっかく、薬を塗ってもらっていたのに」
恥ずかしいこと、この上ない。
「失礼をしてしまって」
「いいええ」
カカシは気さくに言って、顔の前で手を横に振った。
「お気になさらず。俺のほうこそ、こーんな近くでイルカ先生の寝顔を見れて得しちゃった」
「得って・・・」
「イルカ先生の寝顔って子供みたいで、かわいいですね」
・・・かわいい。
また、カカシに『かわいい』と言われてしまった。
「カカシ先生・・・」
からかわないでください、とイルカが言おうとしたときだった。
昼休みの終わりを告げるチャイムがアカデミーから聞こえてくる。
「あ、もう行かなきゃ」
急いで弁当箱を持ってカカシに一礼する。
「薬、ありがとうございました」
お礼も忘れない。
「いいの、俺がやりたかっただけだから。それより、明日の約束、忘れないでね」
「あ、はい」
明日の昼にお弁当を一緒に食べるという約束。
「俺、楽しみにしてますから」
「はい」
こく、と頷くとイルカは振り返らずにアカデミーへと走って戻った。
背中には、ずっとカカシの視線を感じながら。
「悪い、少し遅れた」
「へーきへーき」
隣の同僚は、どこからか買ってきたのかパンを齧っていた。
「俺は今から昼飯だし」
「早速、続きをやるかな」
「あー、何か書類仕事が多いよなあ。テスト作ったり、指導要領だとか再考したりさー」
同僚がぼやく。
もぐもぐとパンを食べて、牛乳で流し込むとイルカに訊いてきた。
「さっき、はたけ上忍と一緒にいた?」
「いたけど・・・」
「やっぱり。ここから、イルカとそれらしき人の後ろ姿が見えたから」
「・・・何が見えた?」
とっても気になる。
何しろ、上忍のカカシに薬を塗ってもらったりしていたから。
「何って、さあなあ。後ろ姿しか見えなくて何をしているかまではな」
「別に弁当終わったところにカカシ先生が来て話をしただけだよ。明日は一緒に昼を食べようって約束しただけで」
見えなかった、と聞いてイルカは、ほっと胸を撫で下ろす。
安心して訊かれてもいないことまで、喋ってしまった。
「あ、でも」
同僚の次の言葉で、イルカの顔が僅かに曇る。
「はたけ上忍とイルカを目撃していたの、俺だけじゃなくてさ」
「え」
「ほら、新人の女の子が昼休みにイルカの席に着てさ、どこにいるのか訊かれて教えたわけよ」
あそこにいるって、と同僚はイルカが弁当を食べた木の付近を指差した。
「そしたら、ちょーど、はたけ上忍とイルカが一緒にいるところが見えてさ」
嫌な予感がする。
「新人の女の子、その光景を見た途端、鬼の形相になってさ。もーう、びっくり。鬼の形相でも可愛いから尚更、びっくり」
ポケットから出した白いハンカチを噛み締めて、すっごい悔しそうにしていた。
そんなことを聞いたイルカの方が、びっくりした。
「え、なんで?」
「なんでって、そりゃあ」
同僚は訳知り顔で得意げに説明してくる。
「好意を寄せている男性が他のやつといたから、嫉妬の極みってやつじゃねーの」
「嫉妬の極み・・・」
「って本当かどうかは解らないが。古来から白いハンカチ噛み締めて、おっかない顔していたら嫉妬って相場は決まっているぞ」
「ふーん・・・」
「ま、真実はどうだか知らんけど」
適当な推理を披露した同僚は昼食を食べ終わった模様だ。
「さ、午後からもお仕事を頑張るか」
「うん・・・」
嫉妬って誰が誰に?
そんなことを考えるとイルカの胸には、もやもやと燻ぶったものが残る。
誰にって、それは言わずもがな。
言わないでも解る。
可愛い子は格好いい人に惹かれる。
美男美女のカップルは絵になる。
容姿に恵まれるってのも、一つの才能だよなあ。
自分にはない才能。
いいなあ、と心から思ってしまった。
翌日。
何となく気が重く、何となく気が進まないものの、約束してしまったからにはとイルカは朝から弁当作りに没頭していた。
「おー、綺麗な出来栄え!」
作った玉子焼きに自画自賛している。
「黄金色で焦げ目もなし、巻き方も今まで一番成功!」
これなら人様に食べさしても大丈夫、と自信を持っていえる玉子焼きが完成した。
ぱくり、と味見もしてみる。
「うん、美味い!」
上出来だった。
ほのかに甘い玉子焼きは食欲をそそる。
「と、これに」
イルカ定番の焼き色のついたウインナーを弁当に詰める。
そこで、ふと思った。
「彩り?野菜?」
これ弁当には欠かせない重要なものだ。
生憎と自分で自分の弁当を食べていたイルカは、そんなことは考え付かなかった。
おかずとご飯があれば、弁当なんてそれでいいと思っていたから。
しかし人様に食べさすとなると、この弁当はどうだろう?
考え込んでしまう。
「野菜って何?ご飯の上に乗せた梅干は野菜じゃないよな・・・」
うーん、と弁当を前にして考え込む。
これをカカシ先生が食べる・・・。
食べてほしいが何だか不釣合いなような気もする。
俺は、こういう弁当がいいけどカカシ先生には合わないような・・・。
カカシには貧相に感じられるかもしれない。
お昼に手作り弁当って早まったかも。
ちょっとイルカは後悔し始めた。
弁当のことを考えがら、どきどきしながら仕事をしていると気がついたら昼になっていた。
昼の休憩時間だ。
「カカシ先生、もう来ているかな・・・」
心臓の鼓動が早くなる。
お弁当作ってきたけど食べてくれるかな・・・。
とても不安だ。
美味しいって言ってくれるかな・・・。
中忍試験前の緊張に似ている。
「おー、イルカ。もう昼か〜、いいなあ。俺は何にしよ」
職員室の外に出ていた同僚が手に何かを抱えて戻ってきた。
ぽん、とイルカのそれを渡す。
一目で豪華で高級な仕出し弁当だと判る、それは。
「イルカに渡してくれって頼まれた」
「頼まれたって誰に?」
「新人の女の子に」
「ど、どうして」
動揺のあまり、どもってしまった。
「どうしてかは知らないけれど」
同僚は肩を竦めた。
「俺のリサーチによると新人の女の子の母親は割烹料理屋の女将で、父親は忍で現在は里外で任務中」
色々と教えてくれた。
割烹料理屋はイルカも名前だけは知っている、有名な老舗だ。
時々、火影の会合にも使われたりしている料亭で。
味には定評があるらしく、噂はイルカも聞いている。
同僚が提供してくれた情報を聞いて、お嬢様という言葉が思い浮かぶ。
カカシ先生とお嬢様・・・。
しっくりくる。
同僚の話は続く。
「そういえば昨日の帰りにさ、聞かれたんだ」
明日もイルカは弁当なのかって。
「それで、そうらしいと俺が答えたら顔を真っ赤にして、お礼を言って去ってった」
すごく初々しかったぜ、と話す同僚は楽しげだ。
「で、さっき、イルカにこれを渡してくれって頼まれたわけ」
「ふーん・・・」
手の中の弁当は、まだ温かい。
出来立てだろうか。
出来立てを昼の時間に合わせて届けてもらったのだろう。
当たり前だが朝に作ったイルカの弁当は冷えてしまっている。
「こんなの俺が貰う理由はないんだけど」
値段も、それなりにするだろう料亭の弁当を貰うわけにはいかない。
「あ、イルカ」
そんなイルカの葛藤知ってか知らずか、同僚が窓の外を見てイルカを突付いた。
「あれ、はたけ上忍じゃないのか?」
言われて外を見ると昨日の場所にカカシの姿が見え隠れしている。
「やばっ。もう来ていたのか」
慌てて立ち上がり手の中の出来立てだと思われる温かい弁当を見るとカカシの顔が重なった。
「なあ」
イルカは作ってきた弁当の二つのうちの一つと同僚に差し出した。
「これ、冷たくなったけど食べる?俺の作った弁当だけど」
「いいのか」
同僚の目が輝いた。
「ラッキー!すっげー助かる。ありがとな」
「ううん、いいんだ」
じゃあ、俺、行くからとイルカはカカシが待っている場所へと向かう。
カカシ先生には、この貰った弁当を食べてもらえばいいじゃないか・・・。
ずきっと胸が痛んだ。
俺が、こんな豪華な弁当を貰う理由はないし・・・。
こういうものはカカシにこそ相応しい。
多分、俺からカカシ先生に渡してくれってことなんだろうな・・・。
言うなれば、恋の橋渡し。
自分が好きな人なのに、他の人への恋の橋渡しをする。
なんていうの、こういうの。
ずきずきとイルカの胸は痛む。
滑稽だっけ・・・。
胸の痛みに涙が出そうになった。
悲しいけれど、それが現実 4
悲しいけれど、それが現実 6
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