悲しいけれど、それが現実 12
「治った・・・」
次の日の朝。
すっきりした気分で目覚めたイルカはベッドの上で呟いた。
あんなにだるかった体もとても軽い。
熱も引いたようで頭も痛くない。
何より、お腹が減っている。
食欲があるのが治ったという何よりの証拠だ。
「あんなに具合が悪かったのに・・・」
何となく信じられない気分だ。
「あ、おはようございます、イルカ先生」
声のする方を、ぱっと見るとカカシがいた。
そうだった、カカシ先生に看病してもらったんだっけ・・・。
昨日は具合の悪いイルカを家まで送ってくれて、あろうことか看病までしてくれた。
朝までいるということは夜通しカカシはイルカを看てくれていたのだろう。
「お、はようございます」
ベッドの上に起き上がったイルカは慌てて頭を下げた。
「カカシ先生・・・」
「随分と顔色が良くなっていますね」
近づいてきたカカシはイルカの額に手を当てる。
「うん、熱も下がっていますね」
それから頬に触れてきた。
「喉に痛みはどうですか」
そう言われれば喉も痛くない。
「もう痛くないです」
「そ」
にこ、とカカシは笑う。
「良かった」
嬉しそうに。
「イルカ先生が治って良かった」
とても嬉しそうだった。
それからカカシが用意してくれた朝食を食べた。
もちろん、カカシも一緒に。
イルカの家でカカシと朝食を食べるなんて不思議な感じだ。
朝、目の前にカカシがいて、ご飯を食べているなんて。
ご飯を食べるカカシを、ついつい凝視してしまった。
そのイルカの視線に気がついたカカシが顔を上げる。
「あ、まだ、あんまり食欲がないですか?」
「い、いえ、そんなことないです」
急いで口の中にカカシの作ってくれた朝食を入れて、咀嚼する。
もぐもぐ、ごくん。
とても美味しい。
「あ、イルカ先生」
「は、はい」
名を呼ばれて、どきりと心臓が鳴ってしまう。
「勝手に台所とか借りてごめんね」
イルカ先生、寝ていたから適当に使わせてもらったんだけど。
すまなそうに言われると居た堪れなくなる。
自分の方こそ、寝ずの看病をしてもらって良くなったというのに。
「そんなの全然・・・」
イルカは頭をふるふると振る。
「気にしないでください。寧ろ、俺の方こそすみませんでした。看病までしていただいて」
そういえばカカシは寝たのだろうか。
「カカシ先生は、もしかして寝てないんじゃないですか」
そうだとしたら申し訳ない。
カカシだって今日は任務があるはずだ。
里内での任務かどうかは解らないが。
「ああ、それなら大丈夫ですよ〜」
カカシは軽くいなす。
「イルカ先生の寝顔を見る、またとないチャンスでしたし。それにイルカ先生の病状が落ち着いてきた時に少し寝ましたから」
そんなこと言っている。
やっぱり寝てないんだ・・・。
「すみません、カカシ先生」
イルカは小さくなる。
「ご迷惑ばかり掛けてしまって」
俯くイルカの頭に、そっとカカシが触れてきた。
「イルカ先生、昨日、俺が言ったこと覚えていますか」
「え」
顔を上げるとカカシが真正面からイルカを見つめていた。
「助けてあげたいって言ったでしょ?イルカ先生と親しくなりたいって言ったでしょ?」
「はい・・・」
それは覚えている。
「それから」
すうっとカカシの目が細くなる。
眩しそうにイルカを見ている。
「イルカ先生に優しくしたいって言いましたよね」
こくっとイルカは頷いた。
「覚えています、全部・・・」
「そうですか」
なら、いいですとカカシは朝食を食べることを再開した。
イルカも、きちんと残さず食べる。
昨夜のカカシの言葉を思い出していた。
カカシ先生・・・。
カカシは言っていた。
話を聞いてほしいって言っていたっけ。
話って何だろう?
気にはなったが、忙しい朝にカカシに尋ねる時間はなかった。
「一緒に出勤するって何だか・・・」
カカシが口元を緩めている。
覆面の上からでも分かるくらい。
「一緒の家で暮らしているみたいですよね」
うきうきとした雰囲気がカカシから伝わってきた。
「はあ、まあ」
それに関してはイルカは何とも言えない。
一緒に暮らすって同居?同棲?
カカシは、どんな意味で言ったのだろう。
意味なんてなくて、単に出た言葉かもしれないが。
とにかくカカシは機嫌が良かった。
他愛ない世間話や、天気のことなど話しながら歩く。
隣にカカシがいて、自分がいる。
とても普通のことのように思えた。
「じゃ、ここで」
今日はイルカはアカデミーでカカシは、これから受付所へと行く。
「病み上がりなんだから無理しないでね、イルカ先生」
「はい。でも大丈夫ですよ、もう元気です」
カカシのお陰で元気になった。
「カカシ先生」
もう一度、イルカは頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
「うん」
カカシは穏やかな笑みを浮かべる。
「また、イルカ先生が俺を必要とするときはいつでも呼んでくださいね。イルカ先生のためなら何でもしますから」
俺に頼ってください、めいっぱい。
イルカが何か言う前にカカシは早足で行ってしまった。
まるで自分の言った言葉に照れたかのように。
アカデミーの職員室。
自分の机に座ると、イルカより先に来ていた隣の席の同僚が早速、話しかけてきた。
「もういいのか?」
「うん、治った。心配かけてごめん」
それから昨日の自分の仕事を引き受けてくれた礼を述べる。
「いいよ、そんなの。ちょろいちょろい」
ひらひらと手を振った同僚はイルカの耳に、こそっと囁いてきた。
「昨日さー、イルカが帰った後にはたけ上忍来たぜ」
それは知っている。
イルカが帰ったのをカカシは追いかけてきたのだから。
「でさ」
更に声が小さくなった。
「俺、勘違いしてた」
「え、何を?」
「例の新人の女の子、てっきり、はたけ上忍にほの字なのかと思ったら」
ほの字、とはまた懐かしいような言葉を使う。
「そうじゃなかったんだなあ」
「ふーん」
いまいち、よく解らない。
「昨日、職員室にイルカを尋ねてきた、はたけ上忍と新人の女の子が睨みあって火花をばちばち飛ばしていてさ」
ちょっと怖かった、と同僚は肩を竦めた。
「恋愛に関しては上忍とか性別とか年齢とか関係ないんだな、とつくづく実感させられた」
同僚は、いったい何を言いたいのだろう。
「イルカが具合悪くして帰った後、新人の女の子、すっごくイルカを心配していたぜ」
そりゃあもう、めちゃくちゃ心配していた、と。
「俺にイルカの具合を事細かに聞いてくるしさ」
「つまり、どういうこと?」
結局、同僚が言いたい肝心のことが視えてこない。
「イルカは鈍いな、その手に関しては」
「その手って、どの手だよ」
重ねて訊くと同僚は言った。
「つまりさ、新人の女の子はイルカが気になっていたってわけ」
髪を結ったのもイルカの真似をしていたらしい。
少しでも好きな人に近づきたくて。
女心は複雑だ。
「まさかー・・・」
そんなこと思いも寄らなかった。
思ってもみなかった。
自分が誰かに好かれていたなんて。
「びっくり」
素直にイルカは口に出す。
本当にびっくりした。
嘘みたいな話で人事みたいだ。
すぐには信じられないが・・・。
「あれ?」
イルカは首を傾げた。
さっき同僚は言っていた、カカシと新人の女の子はと睨みあって火花を飛ばしていたと。
「何で、ここでカカシ先生が?」
考えてみたが答えは出ない。
幾ら考えても解らなかった。
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