悲しいけれど、それが現実 10
喉の渇きで目が覚めた。
「喉、渇いた・・・」
水が欲しい、冷たい水が。
水が欲しいと手を伸ばしながら、イルカは上半身を起こす。
くらりとするので、額を押さえて息を吐いた。
「水・・・」
「はい」
どこからか声がしてイルカの手に固いものが当たる。
冷たく、ひんやりとした感触。
「水が入っているから気をつけて」
コップだった。
口をつけ、一気に喉に流し込む。
冷えた水はイルカの喉を潤した。
立て続けに冷たい水を三杯、飲んでからイルカは額から手を離して、ようやく目を開けた。
「あれ・・・」
ここはどこだろうと、きょろっと辺りを見回すと、にこりと微笑む一人の男。
「お目覚めですか、イルカ先生」
カカシだった。
「ここは俺の家です。イルカ先生、疲れていたんでしょう?イルカ先生の自宅に着く前に倒れるように眠っちゃったから」
緊急避難ってことで俺の家に連れて来ました、と説明を受けた。
ということは・・・。
イルカがいるのはカカシの家で、イルカが寝ていたのはカカシのベッド。
水を飲ませてくれたのはカカシだったのだ。
「イルカ先生、寝ながら喉が渇いたって魘されてましたよ」
そんなことも聞かれてしまった。
かっと瞬時に顔に熱が集まる。
恥ずかしい・・・。
それと、いい大人がみっともないとイルカは思う。
自己管理も出来てないし、忍者なのに体力ないよな。
カカシにも迷惑を掛けてしまった。
自戒する。
俯くとカカシのベッドカバーの柄が目に入った。
手裏剣柄の。
妙にかわいい。
カカシ先生の趣味なのだろうか・・・。
それとも、別の誰かの。
もやもやと得体の知れない気持ちがイルカの中に湧き上がってくる。
「あの、すみませんでした」
どうにもカカシの顔が見ることが出来ない。
ベッドから下りながらイルカは床に足を下ろす。
自分の裸足の足が目に入った。
裸足の足は汚れている。
「すみません、俺、汚いままカカシ先生のベッドをお借りしてしまって」
任務から帰ってきて病院に一晩、入院して体の汚れを落としていない。
「そんなのいいんですよ」
慌てたようにカカシが言う。
「全然、気にしていませんから」
それでも気にしないわけにはいかない。
カカシには随分、迷惑を掛けてしまったようだ。
特に親しくもないのに。
「俺のベストと額宛はどこですか・・・」
とにかく自分の家へ帰ろうと思う。
自分の家へ帰りたかった。
「あ、畳んでおいてくれたんですね」
ベッドのすぐ脇に畳まれたベストの上に額宛も置いてあった。
それを手に持ち、胸に抱える。
「イルカ先生、病み上がりなんですから、もう少し休んでからでも」
「いえ・・・」
これ以上、カカシには迷惑は掛けたくない。
「寝ながら喉が渇いたと魘されてましたけど、お風呂に入りたいとかお腹が空いたとかも言っていたんですよ、イルカ先生」
そんなことまで言っていたのか・・・。
カカシの前から姿を消してしまいたかった、今すぐに。
「だから、風呂も沸かしておきましたし、ご飯も簡単ですが胃にやさしいものを作ってみたんですが」
イルカのことを、とてもを気遣ってくれる。
言われてみれば、カカシの部屋の中は温かい空気で満たされて、いい匂いがした。
「イルカ先生さえ、よかったら風呂に入って、ご飯を食べていってほしいんですが」
控えめな申し出だった、これ以上ないくらい。
だけど・・・。
ここまでカカシに親切にされる理由はない。
特に親しい間柄でもない。
一方的にイルカが慕っているだけで。
「体調も心配ですし、俺も誰かと一緒に飯が食べれたら嬉しいですし」
そっと顔を上げると、がりがりとカカシが頭をかいている。
照れくさそうな顔をして。
「いえ、そんな訳にはいきません」
睡眠をとったからだろう、だいぶ気分がいい。
大きく息を吐くとイルカは立ち上がった。
「幾らなんでも、そこまでご迷惑をお掛けするわけにはいきません」
カカシの部屋はシンプルな作りなので、ベッドから部屋の出入り口、つまり玄関は一目で分かった。
ぺこり。
イルカは頭を下げた。
「ご迷惑をお掛けしてすみません、ありがとうございました」
「あ、イルカ先生!」
ささっと玄関にある自分の下足を履いてしまう。
ここから早く離れなければ、カカシの優しさに溺れてしまいそうだった。
「お礼は、いずれ改めて致しますので」
「ちょっと待って、イルカ先生」
カカシの制止を振り切った。
「失礼します」
さっと玄関の扉を開けると外へを飛び出した。
外は暗闇で時間は何時か判らない。
カカシの温かい家から出ると外は妙に寒く感じられて。
心の中まで冷えていった。
何とか自宅について玄関へと雪崩れ込む。
玄関で下足を脱ぎ捨てて、部屋の中へ入ると寒かった。
温かさの欠片もない。
冷たく静かで、イルカ一人の家。
「はあ・・・」
任務で不在だった所為か、家の空気は澱んでいた。
カカシの家とは大違いだ。
「疲れた・・・」
まずは体を汚れを落としたい。
風呂を沸かすのが面倒だったので、簡単にシャワーで済ます。
体が温まらないまま、風呂場を出て家の冷蔵庫を開けると食べるものが碌になかった。
「任務に行くから、何も買ってなかったんだっけ・・・」
がくりと肩が落ちる。
「腹、減ったな〜」
ぐう、と鳴る腹を撫で摩る。
「かといって、作るの面倒だし」
今から、ご飯を炊いて料理をしてなんて気が遠くなる作業のように思える。
空っぽだった胃に良くないと思いつつ、イルカは家にあるもので適当に食事を済ませたのだった。
「あれ、イルカ」
次の日、アカデミーに出勤すると隣の席の同僚が訝しげに話しかけてきた。
「声が変だけど。風邪?」
「・・・かもしれない」
朝から体がだるく、食欲もない。
寒気もした。
「ごめん!」
ぱんっと同僚はイルカに手を合わせた。
「俺が悪かった。昨日、イルカが体調悪いのに報告書を書けとか言って悪かった!」
本当に済まん、と頭を下げてくる。
「いいよ、別に。気にすんなって」
念のため、朝、薬を飲んできた。
「今日はアカデミーで事務処理だけだし。子供たちに接触する機会もないから」
咳も出てないことだし、職員室ではマスクをしていればいいだろう。
食べれば元気が出るだろうし、もしかしたら気のせいかもしれない。
「そうか?でも、今日は早く帰れよ」
残った仕事は俺がしておくから、と同僚は心配そうに言う。
「うん、分かった。ありがとう」
笑みを見せると同僚は少し安心したようだった。
しかし、イルカの体調は下り坂だったようで。
夕方にあると座っているのも、しんどくなってきた。
悪寒もひどい。
「明日、休むかもしれない・・・」
「了解。今日は、もう帰れよ。お大事に」
「そうする」
同僚はイルカの机から、イルカがしていた仕事を掻っ攫う。
「何かしてほしいことあるか?」
「ない・・・」
「なら帰って、あったかくしてゆっくり休めよ」
「じゃ、帰る」
荷物を持って立ち上がりイルカはアカデミーの職員室を後にする。
重い足を引き摺って家路を歩く。
カカシ先生・・・。
体が弱ると心が弱るのだろうか、カカシのことを頻りに思い出す。
カカシ先生、昨日のこと怒ってないかな・・・。
今日、会ったら謝りたかった。
散々、面倒を掛けたからなあ・・・。
なのに、体調を崩して風邪を引いていたら世話がない。
「会いたいなあ・・・」
会って、どうするって訳でもないけれど、こんなときに会いたくなるのは好きだからか。
好きな人だから会いたいと思うのか。
気持ちは伝えらることはしないと決めたのに。
だけど会いたい。
だって好きだから・・・。
想うことくらい許されてもいいだろう。
「会いたくていいだろ、好きなんだから」
独り言を呟いたつもりだった。
「誰に会いたいんですか?」
尋ねられたときには飛び上がるほど、びっくりした。
「会いたい人がイルカ先生の好きな人なんですか?」
そこに立っていたのはカカシだった。
両の手をポケットに突っ込んで、イルカの行く手を阻んでいた。
悲しいけれど、それが現実 9
悲しいけれど、それが現実 11
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