犬の領分 3
「では、お預かりしましたカカシを確かにお返し致しました。」
イルカは五代目の前で、愁傷に頭を下げた。
「いや、こっちこそ無理を言って悪かったね。」
「いえ。私の方こそカカシと一緒に過ごせて、とても楽しかったです。」
「そうか・・・。」
「はい。」
では、とイルカは一礼して「通常業務に戻ります。」と、あっさり火影の部屋から出て行ってしまった。
未練を断ち切るためか、カカシの方を一度も見ずに。
イルカの気配が遠ざかると犬のカカシから煙が上がり、そこから人間のカカシが姿を現す。
「なんだい。もう、解術してたのかい。」
「はい、早々に。」
「ふーん。」
五代目はにやりとして。
「で?どうだったんだい?何か進展でもあったのかい。」
イルカとさ、と面白そうに聞く。
「べっつに、何も。」
カカシは仏頂面だ。
不機嫌なのが見て取れる。
「全然、何もなく。至極、健全に犬として過ごしていました。」
「そうなのかい?だって、お前イルカのこと・・・。」
五代目は、カカシのイルカに対する気持ちを少なからず察していた。
「あー、もうっ。」
カカシは苛苛と片手で頭を掻き毟った。
「犬は犬でしかないんですよ。」
「へえ。」
「犬じゃ駄目なんだって事が、よーく分かりました。」
「ふーん。」
「今度は人間の俺を見てもらうようにします。」
人間の俺で勝負しないと、とカカシは、やたらに闘志を燃やしていた。
闘志を燃やしてはみたものの、それはなかなか燃焼の方向へは進まなかった。
人間のカカシとイルカの接点は少ない。
イルカはアカデミーも担当しているので、受付けにいない日もある。
そんな時は高確率で会えない。
偶に、会えても事務的な挨拶や会話、ようやく二人きりになれたときは七班や子供達の話が中心になってしまう。
カカシは、イルカに会った時はもちろん笑顔で接していたものの、心中、穏やかではなかった。
犬のカカシのことも、全く話題に出さないし。
カカシと同じ名前の忍犬がいる、ということぐらい話のついでにでもしてくれないだろうか。
そうすればイルカとの関係が何か変わるかも、という予感がカカシはしているのに。
「疲れたなあ〜。」
週末になると思わず、そんな言葉が出てしまうくらいイルカは疲れていた。
仕事で残業が多く、気が滅入ってしまうことも多い。
そんな時、思い出すのが犬のカカシだった。
「元気かな。」
夜、仕事での帰り道、月を仰ぎながらカカシの無事を願う。
「今、どこにいるんだろう。」
ちゃんと飯食ってるかな、と要らない心配までしてしまっていた。
「カカシ、か。」
犬のカカシには会えないけど、人間の方のカカシには会えるんだよな〜。
犬のカカシの青い目と人間のカカシの青い目が重なって見えることがある。
時々、何か言いたげに自分を見ていたりすると。
うっかり「カカシ。」と呼びかけてしまいそうになっていて。
危ない危ない、と自制することも度々だ。
流石に、犬と間違われたら畑上忍も怒るよな。
「会いたいなぁ。」
犬のカカシに。
会ったら、ぎゅっとして、抱きしめて一緒に眠りたい。
そんなことを想像するだけで、イルカの心はあったかくなった。
もう、叶うはずのない願いだけど。
カカシを含む何人かの上忍が、五代目火影に呼び出された。
緊急だ。
いつになく、真剣な顔をして五代目は命令した。
「正体不明の侵入者が入り込んだ形跡が見つかった。西の森だ。」
横にいたシズネが続ける。
「まだ西の森に潜伏しているとみられ、人数は多くて十人程と考えられます。目的は不明。」
「しかも西の森には本日、実習でアカデミー生が多数出向いている。連絡はしたが・・・。至急、子供達の保護に向かって欲しい。」
五代目の声が響き渡る。
「子供達の保護が第一だ。侵入者は場合によっては処分しても構わない。」
上忍たちは一斉に頷き、そして消えた。
幸いなことに子供達は全員無事で、侵入者の何人かを生きて捕らえることが出来た。
上忍の活躍があってのことだったが。
何人かのアカデミーの教師は上忍が到着までの間、時間稼ぎのために戦闘を行なっていたために負傷していた。
カカシは、そっとイルカを探した。
「イルカ、大丈夫か?」
同僚から心配されている。
イルカは右手首の破れた袖口から血を流し、左足首には簡易な処置を施した包帯を巻いている。
顔には少し擦り傷があった。
「大丈夫だって。たいしたことないよ。」
イルカは笑って言う。
「それより、子供達に何もなくて本当に良かった。」
心からの安堵の溜め息を漏らす。
アカデミー教師達は上忍に頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「お蔭で子供達は無事でした。」
上忍たちは軽く手を振って「気にすんな。」と言っている。
「イルカ先生。」
怪我をしたイルカが気になって、カカシは手を差し出した。
「大丈夫ですか。良かったら手を・・・。」
「平気です。」
イルカはやんわりと拒否した。
「お気遣い痛み入ります。」と丁寧に頭を下げる。
そしてカカシの名を呼んだ。
「畑上忍。」
その名はカカシの心に冷たく響く。
イルカに総てを拒まれたような錯覚に陥った。
「そう。」
一言、言い捨てるとカカシは。
イルカに背を向けて、その場から一瞬で姿を消した。
畑上忍。
中忍が上忍を、そう呼ぶのは正しい。
ましてや、カカシとイルカは特に親しい仲でもない。
正しいけど・・・、正しいけどさ。
理由の分からない苛立ちが、カカシの心に湧き上がっていた。
犬の領分 2
犬の領分 4
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