飲酒
「えっ!」
イルカが言った言葉にカカシは思わず聞き返した。
「コンパ?」
「そうなんです。」
来週の金曜日に、とイルカは言う。
「大学の懇親会みたいなものなんですかねえ。」
ちょっとだけイルカは楽しそうだった。
はにかむように笑う。
コンパの意味自体は知らないようである。
「大学入ってから、ずっと誘われていたんですけど・・・。」
それから肩を竦めた。
「ずっと断っていたんですよね、懐事情の関係で。」
しょうがないんですけどね、とイルカは悟ったような顔をする。
「最近、俺が二十歳になったっていうのと、すこーしだけ生活に余裕が出来たので参加してみようかなーって。」
「コンパ、ねえ。」
カカシは、どこか浮かない顔だ。
「以前のコンビニのバイトを辞めたのは実は勉強が忙しくなってきて、もうちょっと自給のいいところで働きたかったっていうのもあるんです。」
「へえ、そうだったの。」
一回くらい出てみたい、と初めてのコンパにイルカは興味津々のようだった。
因みに今はイルカのバイトが終わり、二人仲良く駅までの道を歩いている。
「それは・・・。まあ、もちろんいいですけど。」
カカシは了承しながらも戸惑ったような声を出す。
「でも、イルカさん。」
心配そうに言った。
「二十歳になって、お酒が飲めるようになったって言っても一回だけしか飲んだことないよね?」
実質、イルカがお酒を口にしたのはカカシの家で勧められた日本酒一口だけだ。
それも一口というか、舐めるように口にしただけで果たして飲んだといえるのか・・・。
お酒を飲むことに慣れてないイルカがカカシには不安だった。
「大丈夫ですよ。」
イルカは明るく笑った。
「メンバーは親しい人ばかりですから無理にお酒を勧めてこないと思いますし。」
そうは言ってもアルコールが入ると豹変する人も世の中にはいる。
だが、イルカが嬉しそうにしているので水を注すのも野暮だろう。
何より同じ年代の人間との付き合いも大事だろうし。
カカシはイルカの意見を尊重し「気をつけて行って来てね。」とだけの言葉に留めた。
「はい。」とイルカは頷いて「で、来週の金曜の夜は俺はいませんけど家に入っていてもいいですから。」とカカシに自宅の合鍵を渡してくれた。
それは、とても嬉しいことで。
カカシは思わず内心、にやりとしてしまう。
そして、イルカがコンパをすると言う場所と店と時間をさり気なく訊くのを忘れなかったのである。
イルカがコンパに行っている金曜の夜。
カカシはイルカの家に来ていた。
早々に仕事を終わらせて来たのである。
主不在の家でカカシは、そわそわと落ち着かない。
早く帰ってこないか、とイルカを今か今かと待ちわびていた。
「無茶飲みしてないかなあ・・・。」
考えれば考えるほど気になって仕方がない。
「酔って誰かに連れ攫われたりしないかな・・・。」
別のことも心配していた。
イルカには今日までに何回もメールを送っていた。
『酔って帰れなそうだったら迎えに行くから電話かメールをしてね。』と。
必ず、すぐに迎えに行くからと何度も念を押していた。
少々過保護かもと自分でも思うのだが心配する気持ちは止められない。
「ああ〜、イルカさん。大丈夫かな〜。」
ちら、と時計に目を走らせるとコンパが始まって一時間くらい経っている頃だった。
「やっぱ、迎えに行こうかな。」
怒られそうだけど。
そんなことを考えていると玄関の方で音がした。
ガタンとかバタンとか、そんな感じの大きい音である。
イルカの部屋の前で、その音は止まり玄関のドアノブが、がちゃがちゃと忙しなく回された。
「・・・・・・さん。」
微かに自分の名を呼ばれたような気がしてカカシは急いで玄関のドアを開けた。
「イルカさん!」
玄関のドアに凭れるようにしていたイルカはドアを開けるとカカシの胸に倒れこんできた。
慌てて抱きとめる。
イルカは口元を押さえて青い顔をしていた。
着ているシャツの胸元が緩めらえている。
「どっ、どうしたの!大丈夫?」
抱きかかえながら部屋にイルカを入れて、気分が悪そうなので布団に横たえた。
青い顔をしたイルカは、ぐったりとしている。
「イルカさん、何があったの?」
額に手を当ててみるが熱はない。
「何か飲む?」と訊くとイルカは、目を閉じたまま頷いた。
冷たい水を持ってきてイルカの背を支えながら起こすと、口元に水を持っていった。
ごくごくとイルカは水を飲み、ふーっと息を吐いた。
そのまま、水を全部飲み干す。
しばらく静かに寝ていたが、やがて、ゆっくりと目を開けた。
傍らのカカシに視線を向ける。
「カカシさん・・・。」
「うん。」
「俺・・・。」
イルカは、ちょっと目を伏せて恥ずかしそうにした。
その顔に、どきっとする。
コンパで何かあったのか。
酔った誰かに何かされたのか。
様様な考えが一瞬で頭の中を駆け巡る。
しかしイルカはカカシの考えていたのとは全く別のことを口にした。
「ほんの少しお酒を飲んだら、気分が悪くなってしまって。」
「えっ、そうなの?」
どのくらい飲んだのか、と問うとイルカは罰の悪い顔になる。
「・・・ビールを一杯飲んで二杯目に口を付けたところでギブアップしてしまって。」
「そうだったの・・・。」
安心して、どっと肩の力が抜けていく。
「気分が悪くて、どうにもならないので他の人には悪かったけど倒れないうちに早々に帰ってきました。」とイルカは言った。
どうやらイルカはアルコールに弱かったらしい。
「まあ、しょうがないよね、そればっかりは。」体質もあるし、と横なったイルカの額をカカシは撫でる。
その額を撫でるカカシの手に安心したのか、イルカは再び目を閉じた。
「帰ってきたら・・・。」
小さい呟き声が聞こえた。
「カカシさんがいて良かった・・・。」
イルカは眠ってしまったようだった。
「イルカさん。」
寝てしまったイルカを見つめカカシは寝ているイルカの額に、そっと唇を近づけた。
「イルカさんが帰ってくるところに俺はいるからね。」
だから安心して帰ってきて、と口付けたのであった。
後日
弁当
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