再会
水を飲み干したイルカは大きく息を吐いた。
気分が回復してきたらしい。
「大丈夫、イルカさん。」
カカシが心配そうに声を掛けるとその言葉に、はっとして目を開けた。
勢いよく体を起こす。
そして周囲を見渡した。
「俺・・・。」
カカシが自分の隣にいて紅とアスマはカカシとイルカを見つつビールを飲み始めており、オーナーのアンコはグラスを磨きながら、やはり自分たちを見ていた。
特に誰も何も言わない。
言わないことが無言の圧力となってイルカは、かっと体が熱くなってしまった。
頭に血が上ったのか顔にも熱を帯びてくる。
言いようのないような恥ずかしさが込み上げてきた。
「イルカさん、顔赤いよ。まだ気分が悪いんじゃない?」
隣のカカシがイルカの剥き出しの額に手を当ててくる。
「い、いえ、あの、もう大丈夫です!」
イルカは座っていた椅子から飛び降りてアンコに何回も頭を下げる。
「すみません仕事中なのに。すみません!」
「いいよ、イルカちゃんの所為じゃないから〜。」
アンコは気にするな、と手を振りカカシを指差した。
「こいつが一番の原因だしねえ。」
にやり、と笑ってカカシに言う。
「久しぶりに会ったってのに、相変わらずだね。」
そう言ってアンコは笑った。
「ねーえ。」
二杯目のビールを飲み終えて日本酒を飲みだしている紅はカカシに訊いてきた。
「もしかして、ひょっとするとだけどカカシの天使ってイルカちゃんだったの?」
店に入ってきて今までの、カカシとイルカの一連の流れを見ていると、そう思わざるを得ない。
「ひょっとしなくてもそうだよ。」
カカシは答えてイルカの肩に手を回す。
誰にも渡さないとばかりに。
「イルカさんは俺の愛しの人なの。」
きっぱりと言った。
「ふーん。」
グラスに注がれた日本酒を紅は、ぐいと飲み干した。
「てっきりカカシの天使って女の子だと思っていたわ。」
「俺もだ。」
アスマも紅に同意する。
カカシは一気に不機嫌な顔になった。
「俺、一度も一言も一回もそんなこと言ってないけど。」
強く否定する。
「そりゃあ、そうだけど。普通は誰だって女の子だって思うわよ。」
「いいだろ、誰が誰のことを好きだって。」
カカシは言い放ちイルカを自分に引き寄せる。
「せっかく会えたのに俺とイルカさんに水差さないでくれる?」
牽制いや威嚇してきた。
「あの、俺・・・。」
会話を聞いていたイルカは居た堪れなくなったのかカカシから離れようとする。
それをさせまいとするカカシ。
「気にしなくていいからね、イルカさん。」
あいつの言うことなんて、と紅を睨んだ。
「あのねえ。」
弁解するように紅は言った。
「私は、あくまで一般論を言っただけでしょ。その枠に当て嵌まらない人間がいるのも承知しているわ。カカシが誰と付き合おうと別にいいんだけど・・・。」
ちょっと眉を顰める。
「お気に入りの可愛い癒しのイルカちゃんがカカシの相手だったことに地球が壊れるくらい衝撃を受けているだけよ。」
「失礼な奴だな〜。」
カカシと紅が、がみがみと恋人たるものとは何ぞやと口論している脇からアンコがイルカに言った。
因みにアスマは触らぬ神に祟りなしとばかりに口論をスルーして酒を飲んでいる。
「イルカちゃん。今日は、もうあがっていいよ。」
「えっ、でも。まだ終わる時間じゃ・・・」
「いいっていいって。零時十分前だしね、お疲れ〜。」
仕事もお疲れだけど他にもお疲れ〜とアンコは、ちょっとだけ気の毒そうにイルカを見た。
「分かりました。今日はこれで。お疲れ様でした。」
ぺこりと頭を下げて口論に夢中になっているカカシの手を擦り抜けてイルカは店の奥の更衣室に行ってしまった。
「あ、イルカさん!」
慌ててイルカを捕まえに行こうとするカカシにアンコは呆れたようだ。
「着替えたら、また、ここに来るからさ。」
どうせ途中まで一緒に帰るんでしょ、と言うとカカシは強く頷いた。
「もちろん!」
やがて着替えを終えたイルカが荷物をも持って戻ってきた。
「じゃあ、お先に失礼します。」とアンコに挨拶をすると紅とアスマにも頭を下げた。
「お騒がせしてすみません。」
「いいのよ、悪いのはカカシだから気にしないでね。」
「そうだそうだ。」
紅とアスマのフォローにイルカは微笑むと店を後にした。
カカシはイルカの跡を追いかける。
その二人を見送り、紅、アスマ、アンコは一斉に溜め息を吐いた。
「世の中ってのは意外に狭い上に、何が起こるか分からないものねえ。」
紅の、その一言が三人の総意であった。
「イルカさん、待ってよ。」
店から出たイルカを追いかけていたカカシは追いつくとイルカの手首を握り締めた。
「家まで送らせて。ね?」
「でも、もう遅いですし・・・。」とイルカは躊躇いを見せる。
「それに・・・。俺、カカシさんに・・・。」
そっと目を伏せた。
イルカはカカシに言いたいことがあるのだろう、それはカカシも同じだった。
とても一度には言い切れない。
今、この場では総ての想いを伝えるのは無理だろう。
「イルカさん。」
カカシはイルカの横顔を見詰めていった。
「お互いに言いたいことは、たくさんあると思う。でも、すぐには言えないこともあるでしょう?だから今日、無理に言わなくてもいいよ。」
「・・・・・・・・・はい。」
「でもね、俺・・・。」
カカシには、どうしても訊きたいことが一つだけあった。
「イルカさんの連絡先教えて。家の住所でもいいから。」
イルカの居場所が知りたかった。
知らなければイルカが、どこかに言ってしまいそうで堪らなく不安なのだ。
「分かりました。」
イルカは持っていた荷物から何かを取り出した。
「実は、これ、持つようにしたんです。」
携帯電話だった。
「今、住んでいる所は外部からの連絡を取り次いでくれるような人もいないので思い切って買ったんです。」
「そうなんだ。」
カカシは嬉しそうな顔になる。
これで、いつでもイルカを連絡が取れる、居場所が分かると安心したからだ。
「でも買ったばっかりで使いこなせてないんです。」
「ああ、ちょっと貸して。」
カカシはイルカの携帯を借りると自分の携帯も取り出して機能の一つである赤外線通信をしてみせた。
「これで電話番号は登録できたよ。」
「すごい!」
イルカは目を見開く。
「メールのアドレスも教えてくれる?」
「あ、これです。」
まだ覚えてないんですとイルカはアドレスを書いたメモをカカシに渡した。
「ありがとう!イルカさん!」
笑顔で受け取ったカカシは早速、自分の携帯電話にイルカのアドレスを登録してしまう。
「後で必ずメールするね!」と満面の笑みだ。
「じゃ、途中まで帰ろうか。」
カカシはイルカに手を差し出した。
「え、繋ぐんですか?」
驚いたようにイルカが言うとカカシは笑う。
さっきから、とても嬉しそうに笑っている。
「いいじゃない、夜だから誰も見てないよ。」
本当は抱きしめたいのを我慢しているんだから、と言われてイルカは恐る恐るカカシの手に触れた。
ぎゅっと握り返される。
久しぶりに触れたカカシの手はあたたかで気持ちも、ほんわかとあったかくなってきた。
歩きながらカカシは言った。
「イルカさん、もう、どこにも行かないでね。」
「・・・・・・はい。」
カカシに手を引かれてイルカは歩く。
「カカシさん。」
「なに、イルカさん。」
「・・・ごめんなさい。」
そんな言葉が出た。
心配掛けてごめんなさい。
探させてごめんなさい。
自分勝手でごめんなさい。
色々な思いがこもった、ごめんなさいだった。
「うん・・・。俺もごめんね。」
何故かカカシも謝り、立ち止まってイルカの方を振り向く。
目に熱が宿っていた。
「イルカさん、あの、もう駄目みたいだ。我慢の限界!」
え、と思ったときにはイルカはカカシに抱きしめられていた。
「イルカさん、会いたかった会いたかった、すごく。」
ぎゅうぎゅうとカカシに抱きしめられたイルカはカカシの背中に手を回す。
ぴったりとお互いの体と体が寄り添う形となった。
「俺も本当は会いたかった、カカシさんに。」
やっと素直な言葉がイルカの口から出る。
「すごく会いたくて会いたくて・・・。」
イルカを抱きしめるカカシの腕の力が強まった。
「カカシさんに会えなくて寂しくて・・・。」
俺も、とカカシの呟きはイルカの耳に届き、夜空の下で二人は固く強く抱き合ったのであった。
幸いにして往来には人影はなく、再会した二人の熱い抱擁を見ている者は誰もいなかった。
確信
連絡
text top
top