確信
「どうしたってのよ、ホントに。」
紅はカカシに文句を言っていた。
仕事が終了したので、以前に会社にいた元同僚アンコの店にお酒を飲みに行こうとしているのだ。
カカシは今日、初めてその店に行く。
「あれくらいの量の仕事なんて、いつもは、ぱぱっと終わらせるのに今日に限って、いつもの倍も時間が掛かるなんて。」
「なんか変だぜ、カカシ。」
紅とアスマの言葉にカカシは渋い顔をして何も言わない。
アンコの店に飲みに行くのが決まってから、妙に口数が少ないのだ。
「カカシのお陰でお店に行くのが遅くなっちゃったわ。」
「まあ、明日は休みだし。いいんじゃないか。」
アスマが取り成す。
「それはいいんだけどね。」
紅は綺麗な眉を潜める。
「私達はいいけど、あの子は零時過ぎると帰っちゃうでしょ。」
あの子、とは紅が気に入っているアンコの店の新入りのバイトの子だ。
「えっ!本当?」
その言葉にカカシが動揺している。
時計を見ると十一時を過ぎていた。
「じゃ、早く行かないと!」
「もちろん、行くけど。」
「ほら、早く行こう!案内してよ!」
カカシが焦ったように急かす。
「カカシが仕事を早く終わらせないからでしょ。」と言いつつ、紅は急かされて足を速めたのであった。
「こんばんは〜。」
地下にある、アンコの店の扉が開き三人の客が入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
テーブルを拭いていたイルカは扉の方を見て入ってきた客に挨拶をする。
丁度、客が途絶えていたところだ。
「あ、こんばんは。」
入ってきた客の顔を見てイルカは笑顔になった。
最近、常連になっている女性であったのだ。
次いで入ってきた客にも嬉しそうな顔をした。
その人物は以前、イルカが落とした財布を届けた人物で偶然にも常連の女性客と同じ会社の人だと分かったのだ。
世間は狭いなあ、とイルカは思っていた。
そして最後に入ってきた客の姿を見てイルカの息は止まりそうなった。
姿を見た瞬間、言葉が出なかったのである。
その客から目が離せない。
目を離そうとしても離せないのだ。
相手も同じだったようでイルカの姿を見て驚いている。
そして、じっとイルカを見ていた。
イルカだけを。
やがて、その相手が言葉を発した。
「・・・イルカさん?」
確認するように自分の名を呼ばれる。
久しぶりに聞く声だった。
「イルカ。」
次に呼ばれた時は確信したような声になっていた。
柔らかく名を呼ばれて、イルカは胸に込み上げてくるものがある。
前と同じように変わらず自分の名を呼んでくれる。
忘れてられてはいなかった。
自分の名を呼ぶ相手の声は優しい愛しげな響きを持っている。
そのことを嬉しく思いながらイルカは何を言おうか考える前に自然に口から言葉が出た。
「・・・カカシさん。」
「イルカ。」
傍に寄ってきたカカシがイルカを見詰めて、ほうっと息を吐いた。
「心配していたんだよ、元気そうでよかった。」
心の底から、そう思ってくれているカカシにイルカは今までの行動を思いだすと罪悪感が押し寄せてきてカカシの顔を見ていられず俯いてしまう。
カカシの真摯な眼差しの前にして、まともに顔を見ていられなかったのだ。
そんなカカシとイルカの微妙な雰囲気に紅が声を掛けてきた。
「もしかして、カカシってイルカちゃんの知り合いなの?」
「・・・そうだよ。」
カカシはイルカから目を逸らさず簡潔に答える。
「ふーん、そうなの。でもカカシ、イルカちゃんが困っているみたいだけど?」
「・・・放っておいてよ。」
「放っておけねえなあ。イルカは仕事中だし邪魔するな。」
アスマも口を出してきて「こっちに来い、イルカ。」と助け舟を出す。
「あ、はい。」
バイト中でもあるイルカはアスマの言葉に顔を上げて仕事をしなければとカカシを避けるように傍を離れようとした、その時。
イルカの体が、ふわっと宙に浮いた。
「え?」
呆然とするイルカは何が起こったのか分からない。
視線が半回転して頭が下を向いていた。
「えっ!」
気がつくとイルカはカカシの肩に担ぎ上げれていたのだ。
カカシはイルカを肩に担いで宣言した。
「イルカさんは俺の家に持って帰る!」
「・・・何言ってるの、カカシ?」
「訳が分からん。」
イルカを担いだままカカシは一歩下がる。
「この人、俺のだから。」
「イルカちゃんは誰のものでもないでしょ。」
「とりあえず落ち着け、イルカを降ろせ。」
紅とアスマの説得にカカシは首を振る。
「絶対に嫌だ!」
「しょうがねえなあ。」
アスマは面倒くさそうにカカシを見る。
「じゃあ、力ずくか。」
俺は柔道黒帯だぞ、とアスマが言えば紅も言った。
「私は空手の有段者だけど。」
アスマと紅に言われてもカカシはイルカを肩から降ろす気配は見せない。
負けずに果敢にも言い返した。
「俺は段も持ってないし武道の心得はないけど、結構強いよ。」
「ふーん、そうか。」
「それは楽しみね。」
三人が視線を交わし、にやりとした時、のんびりとした声が掛かった。
「うちの店、戦場にしないでくれる?」
カウンターの中から事と次第を見守っていた店のオーナーのアンコだった。
「それとさ。」
カカシを指差す。
正確にはカカシに担がれたイルカを指差した。
「うちの従業員、降ろしてくれる?」
「俺のイルカさんだ!」
カカシの言い分に肩を竦めたアンコは指摘する。
「でもさー、あんたに担がれているイルカちゃん、担がれて振り回されて揺らされて死にそうになっているけど。」
「イルカさん!」
指摘されたカカシが慌てて肩に担いでいたイルカを降ろすとイルカの顔色は真っ青になっていた。
カカシの肩に担がれて頭を下に向けている状態が続いたので乗り物酔いみたいな状態になったらしい。
降ろされたイルカは、ぐったりとしている。
「大丈夫、イルカさん!」
カカシは降ろしたイルカを、そっと椅子に座らせた。
気分が悪いのか、イルカは目を閉じて肩で息をしている。
「はい、イルカちゃん。」
アンコが氷を入れた水を差し出した。
「冷たい水を飲めば、気分が良くなるかもよ。」
手を伸ばして水を受けとろうとしたイルカだったが、それよりも早くカカシが水を受け取りイルカの口元に持っていく。
「ごめんね、イルカさん。はい、お水だよ。」
イルカは隣に座ったカカシの肩に大人しく寄りかかり水を飲ませてもらっている。
甲斐甲斐しくカカシはイルカの世話をしていた。
その様子は、どこか嬉しそうに見える。
そんな二人を紅とアスマ、アンコは不思議そうに眺めていたのだった。
予兆
再会
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