束の間の休息
イルカさん、遅いなあ。
カカシは会社から帰って来たイルカの帰宅を待っていたのだが、イルカは帰って来ない。
バイトが忙しくなって帰って来れないのかな・・・。
誰かが急に休んだりするとイルカは嫌がったりせずに、その分の仕事も引き受けていた。
イルカさん、人がいいから。
そういうところは嫌いじゃないけど、できたら、もっとイルカに自分自身のことを気遣ってほしい。
自分を大切にしてほしいと思うのだけどカカシには、それが上手くイルカに伝えられずにいた。
無理をしていても、それを顔に出さずにイルカは頑張ってしまう。
自分のことは二の次なのにカカシの顔色が悪かったり疲れていると敏感に察して、すぐに手を打ってくれる。
温かい飲み物を用意してくれたり、疲れた体に食べやすいものを作ってくれる。
なんというか、自分には無頓着なんだよなあ、イルカさん。
カカシは自分に気遣ってくれるのは嬉しいとは思っているのだが、その気遣いの少しでいいからイルカ自身に気を回してほしいと思う。
この前も、とカカシは先日のことを思い出した。
イルカにバイトで帰りが遅くなることを告げられ、先に寝ていてほしいと言われて、その通りにしたのだがイルカは、いつまで経っても帰ってこなかった。
零時過ぎまで何とか起きていたのだがカカシも日頃の疲れから、うとうとと寝てしまい控えめに鍵を開ける音がしたような気がして意識が少し浮上した。
時計を見ると朝の四時だった。
イルカさん、帰って来たのかな。
それにしても帰ってきたのに一向に物音がしない。
薄く目を開きカカシの隣のイルカのベッドを見てもイルカの姿はなかった。
まだ帰ってきていないのか・・・。
再び、瞼が落ちてきたカカシは結局、目覚ましが鳴るまで寝てしまった。
起きてから隣のベッドを見てイルカの姿を確認したのだが、そこには、やはりイルカの姿はない。
事故にでもあったのか、と心配になったカカシがベッドから抜け出て居間へ行こうとしたとき玄関先で倒れているイルカの姿を発見した。
「イルカさん!」
慌てて駆け寄るとイルカは靴を脱ぎかけたまま、玄関先で寝ていたのだった。
「あの時は、びっくりしたなあ。」とカカシは一人、呟いた。
玄関先で寝ていたイルカの体は驚くほど冷たくなっていて、カカシが抱え起こすと薄く目を開いた。
「・・・カカシさん?」
ぼんやりと自分の名を呼んだイルカは目を盛んに瞬かせる。
眠気を堪えているようだった。
「今、何時・・・ですか?」
掠れた声で訊かれる。
「えっと七時半だけど。」
「・・・七時。・・・えっ、七時半!」
時間を聞いたイルカはカカシの腕からふらふらと起き上がり、ふらふらと立ち上がった。
顔色は冴えない。
「が、学校に行かないと・・・。いや、その前に朝飯、いや、弁当作らないと・・・。」
見かねたカカシはイルカに言った。
「イルカさん。顔色悪いし、今日は学校休んだら?」
そう提案してみた。
「駄目です。」
イルカは頑固に首を振った。
「学校には行かないと。」
「じゃあ、今日は朝ご飯も弁当も作らなくていいですから。その時間の分、お風呂に入って体をあっためてきてよ。」
直ぐに風呂沸かすから、とカカシが言うとイルカは申し訳なさそうに俯いた。
「・・・すみません。」
その後に小さな声で「ご迷惑をお掛けしてしまって・・・。」と聞こえた。
迷惑なんて思ってないのに。
それを聞いたカカシは無性に切なくなって項垂れたイルカの頭を無言で撫でたのであった。
あの時、俺が起きていればよかったんだよなあ。
あの時とは最初に物音がしたと思った時だ。
朝の四時くらいにイルカは帰ってきてカカシを起こさぬように玄関の鍵を開けたものの疲れていたのか、そのまま玄関先で寝てしまったと思われる。
カカシは思い出して後悔してしまった。
なんか俺ってイルカさんのこと、全然フォローできてなくないか・・・。
自分で思ったことにカカシの気持ちは沈んだ。
イルカさんが俺に相談とか悩みとかしてこないのは俺が頼りなく思われてるから・・・だったりして。
気持ちは沈み、考えはどんどん悪い方向へと向いてしまう。
好きだからとか好きなのにとか思っていたけれど、それだけじゃ駄目なのかなあ。
イルカさんに今まで言ってきたことは嘘偽りのない真実の気持ちなんだけど。
イルカさんにしてみたら急に住む環境が変わったり、一人暮らしだったのに突然同居人ができたりして、おまけに生活は勉強、バイトと忙しくて、ゆっくり考える時間とかなかったのかもなあ。
気持ちの整理がついていないのかもしれない、とカカシは考えた。
それに俺に好きだと言われて、イルカさんも俺に一定の好意は示してくれているものの、キスより先には進む感じはしないし。
そこが、また悩みだったりもした。
イルカさん、俺のことをどう思っているんだろう・・・。
カカシが不安になっているところへ、玄関のドアが開いてイルカが帰って来た。
「ただいま、帰りました。」
カカシの姿を見ると微笑む。
その顔は疲労の色が濃い。
「カカシさん、今日は早かったんですね。」
「え・・・。ああ、仕事が早く終わって・・・。」
イルカさんに会いたいから帰って来た、と言う言葉続けられなかった。
イルカが口を押えながら盛大に欠伸をしたからである。
「あ、すみません。」
慌ててイルカは謝った。
「人前で欠伸なんて、恥ずかしいですね・・・。」
「いえ、いいんですよ。疲れているんでしょう?」
「そんなことないです!」
イルカは首を振る。
「カカシさんの方がお疲れでしょう。」
「無理しなくていいから。」
カカシはイルカの傍まで寄ると肩に手を置いた。
「今日は、もう休んだ方がいいですよ。確か、明日はバイトが休みなんですよね?ゆっくり寝れますね。」
「・・・・・・はい。」
「お腹が空いているなら何か食べますか?」
ちょっとしたものならあるけど、と言うとイルカは首を横に振った。
「もう寝ます。」
「うん、分かった。おやすみなさい。」
帰って来たイルカがベッドに直行してしまうのは寂しく、積もり積もった話をしたかったが疲れているイルカを休ませる方が先だとカカシは我慢する。
「カカシさん、おやすみなさい。」
イルカは就寝音の挨拶をして寝室に行ったのだが扉が閉まるときカカシの耳に微かな声が聞こえた。
ごめんなさい、と。
ぱたん、と扉は閉められる。
「謝らなくていいのに。」
カカシの声は哀しげであった。
少しして寝室を覗くと、既にイルカは固く目を閉じて眠っていた。
急いで寝巻きに着替えたのか、脱いだ服が散らばっている。
いつもは、きちんと畳んでいるのにイルカらしくなかった。
服を畳む余裕もなかったのか。
イルカの脱いだ服を拾い上げて脇に畳んで置いてカカシはイルカの寝顔に見入った。
イルカは微動だにせずに寝ている。
寝ている顔は、ちっとも健やかに見えず難しいことを考えているのか眉間に皺が寄っていた。
肩から、ずれていた布団を肩まで引き上げて被せてからカカシはイルカの額に、そっと触ってみる。
額に落ちている髪をかき上げて指に、くるくると巻きつけてみたがイルカは一向に起きる気配もない。
「こんなになっちゃって・・・。」
寝ているイルカの眉間の皺を触ってやると、ちょっとだけ顔から気難しさが消えた。
やつれた頬に優しく手を当ててみるとイルカが、ふっと笑ったような気がした。
「イルカさん。」
カカシは寝ているイルカの額に、こつんと自分の額を押し付けて内緒話でもするかのように寝ているイルカに囁いた。
「好きだからね、それだけは忘れないでね。」
次の日。
朝が遅いカカシが起きたときにもイルカは、まだ隣のベッドで寝ていた。
昨日と同じ格好で動いた形跡はない。
体が痛くならないかな。
そんな心配をしながらイルカを起こさぬようにカカシは音を立てずに起きて朝食の支度をしてみた。
しかし、イルカは昼を過ぎても起きてこない。
しょうがないか、とカカシは居間のソファーに座りテレビを見ながら本を読んでいると寝室の扉が開く音が聞こえた。
振り向くとイルカが半眼閉じたまま、ぼうっと立っている。
まだまだ、眠そうであった。
そんなイルカに、くすりと笑ったカカシはイルカに言った。
「イルカさん、すごく眠そう。もっと寝てきたら?」
その声が聞こえたのか聞こえないのか。
イルカはカカシの傍まで来ると何も言わずにカカシの横に、すとんと座った。
二人で並んでソファーに座っている形になる。
「イルカさん?」
座ったイルカは、そのまま横にいるカカシの肩に頭を預けてきた。
半眼だった目が閉じられる。
その瞬間、聞こえた。
「ここが、とっても安心するなあ・・・。」
「え?」
問い返そうとした時にはイルカから寝息が聞こえてきていた。
「今のっって・・・。」
カカシは、どきどきしてしまう。
「安心って・・・。俺の隣が安心するってこと、だよね。」
その問いに返事はないがイルカが安らかな顔でカカシの肩に寄りかかった寝ていることが、何よりの答えなのだろう。
「そっか。」
どっと安堵感が襲ってきたカカシはイルカの寝顔に見入る。
「イルカさんは俺のこと、そう思っていたんだね。」
イルカの安心する場所はカカシの傍。
それが分かっただけでも心が軽くなった。
イルカが起きたら言葉だけではなく行動でもイルカが好きであることを表そう。
ちょっと激しくスキンシップでもしてみようか。
カカシは目論んでみる。
そしたらイルカは、どんな顔をするであろうか。
びっくりするか、照れてしまうか、恥ずかしくて逃げてしまうか。
まあ、逃げても、どこまでも追いかけて行くけどね。
そんなことを考えるカカシの顔も暫くぶりに楽しげで幸せそうであった。
前提の好き
暫しのお別れ
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