迷いのとき
大学の講義が終わり、バイトがなかったイルカは家路へと道を歩いていた。
途中、スーパーによって夕飯の買い物でもして行こうと思いながら、ある店の前を通りかかった。
窓中にチラシが貼ってある、その店は不動産を取り扱う店、所謂不動産屋である。
窓一面に貼られている、入居者募集のチラシの一枚がイルカの目を引いた。
それはマンションの賃貸情報のチラシだ。
「これって・・・。」
食い入る様にチラシを見るイルカ。
それは今、イルカがカカシと一緒に住んでいるマンションのチラシであった。
「こんなに高いんだ・・・。」
カカシにマンションの一ヶ月の家賃の値段を尋ねたことはなかったけれど、まさか、こんなにも高いとは思いもよらなかった。
「これって、俺がカカシさんに払っている一ヶ月の家賃の金額の数倍あるよな。」
一応、イルカもカカシに住まわせてもらっている手前、一ヶ月の家賃と称するものを払っている。
しかし、それは以前イルカが住んでいたオンボロアパートの家賃と同じ金額であった。
最初、カカシは払う必要はない、と言っていたのだがイルカが、そんなの駄目だと言い張ると不承不承、以前と同じ金額だけ出してくれればいい、と言ったのだ。
「俺がカカシさんに払っている一ヶ月の金額って、所詮、雀の涙程度の金額じゃん・・・。カカシさん、割りに合わないよなあ。」
光熱費もどのくらいかかっているか知らないし、食費もカカシが出してくれることが多い。
「よくないよなあ、こういうのって。カカシさんに甘えっぱなしってさ・・・」
気持ちが沈む。
俯いたイルカの視線の先には、家賃が激安だという見出しのチラシが目に入る。
安いだけあって、古いアパートだった。
なんとなく、それを眺めながらイルカは溜め息を一つ、吐いたのだった。
家に帰って沈んだ気持ちのまま淡々と家事をこなし、余った時間でイルカは勉強に励む。
勉強をしながら、どうにも気分が乗らなくて結局、ペンを置いてしまった。
カカシの帰りを待っているのだが、今日は帰りが遅いらしい。
夕飯を食べる気にもなれず、かといって勉強する気にもなれず、イルカは気持ちを持て余したまま部屋の中を見回した。
いつもは特に気に掛けたりしていなかったのが、注意してみるとカカシの家は調度品やら家具やら食器やら高そうである。
床暖房や食器洗浄器なんかもついていて設備もしっかりしていた。
考えてみれば、すごく高そうなマンションだって何で初めに気がつかなったのかなあ。
イルカの脳裏に分不相応と言う言葉が浮かんだ。
以前に住んでいたアパートが事故で壊れて行き場がなくて成り行きでカカシさんの家に転がり込んだ状況で、どうしようもなかったと言えば、どうしようもなかったんだけど・・・。
あーあ、俺って馬鹿だなあ。
居間のソファーに体を投げ出してイルカは悔いた。
居心地のいい場所にいればいるほど、出て行けなくなるだろうに。
カカシさんは出て行けなんて言わないだろうけど、でも・・・。
これでいいのか、と何十回、何百回も思った言葉が頭の中を巡る。
よくないよなあ、とイルカは再び思い、深い溜め息をつく。
静けさの中、リリリリーン、と突然、鳴り響いた電話にイルカは、びくりとした。
浸っていた思考が中断されて、現実に引き戻された感じだ。
心臓が、どきどきとしている。
そこへカカシが帰って来た。
「ただいま〜、イルカさん。」
「あ、お帰りなさい。」
慌てて玄関を向くとカカシが靴を脱いでいた。
「あの電話が・・・。」
「いいよ、俺が出るからね。」
引き続き鳴り響いている電話を指差すとカカシが頷いて受話器を取る。
「もしもし・・・。」
暫く相手の話を聞いていたカカシだったが、いきなり不機嫌な様子になると「なんで、そんな勝手なことをするんだよ!二度と電話してくるな!」と激昂して電話を切ってしまった。
「カカシさん・・・。」
イルカが声を掛けるとカカシはいかっていた肩を落として、イルカに向かって微笑んだ。
「なんでもないよ。ごめんね、怒鳴ったりして。びっくりした?」
「・・・いえ。」
「そう、ならいいけど。」
不機嫌さを隠すためか、不自然に朗らかになったカカシは洗面所に行ってしまう。
一人残されたイルカは図らずも電話の内容が一部、聞こえてしまっていたことを言えず仕舞いであった。
受話器の向こう側の声が大きいからから俺がいる場所まで聞こちゃったんだけど・・・。
電話の内容はカカシの父親が、カカシに無断で誰かにカカシの家の電話番号を教えてしまったような内容だった。
カカシの父親は折り返し電話をしてくれと言ったのにカカシはしてこなった、その後、何回も電話をしたのに出なかった等言っていた。
先日の電話のことだな、とイルカは直ぐに思い当たった。
あの時の電話は、カカシに電話番号を誰かに教えてもいいかと了承を得るための電話だったのだ、と。
誰に教えたのかは分からないが、多分、とイルカは思った。
女性だろうなあ、と容易に想像がつく。
同時に昼間、不動産屋の窓に貼られていた安い家賃のアパートのチラシがイルカの脳裏に、まざまざと蘇ってきたのだった。
電話のベル
前提の好き
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