胸の痛み
カカシの家に連れられてきたイルカは、カカシの犬を紹介されると、すぐに仲良くなった。
八頭の犬は主人のカカシに挨拶をすると、初めて会うイルカの方へ、みな物珍しげに寄って行く。
イルカは犬に囲まれて、おっかなびっくりな様相であったが恐る恐る手を伸ばした。
そこへカカシがアドバイスする。
「犬を撫でる時は最初、頭の上からだと恐がるので、顎の下から、そっと撫でるといいですよ。」
それを聞いたイルカは頷くと芝生の上に膝をつき犬と目線を合わせると、そろそろと顎の下に手をやって撫でた。
撫でたというよりも触ったと言う方が正しいが。
「可愛いなあ〜。」
イルカの目が犬を凝視して細まった。
「それに毛が柔らかくて、ふわふわしている。」
カカシの犬の毛を顎から背に沿って触っている。
ご機嫌な様子のイルカを見てカカシは、ほっとしていた。
何日かぶりでイルカの屈託ない笑顔を見た気がする。
本当に久しぶりに、たくさん話せた。
イルカと会話することで自分は元気になれる、とカカシは思っていた。
好きな人が傍にいるのも勿論だけど、その好きな人が悲しい顔をしたりすると自分も悲しいし、だけど自分のことを避けられたりしていると、悲しいを通り過ぎて寂しくなるのだ。
原因に心当たりがないとしたら、尚更だ。
いや、原因といえば多少は心当たりはなくはないが・・・。
そのことを考えるとカカシは苦いものが喉元につっかえて中々、飲み込めないような気持ちになる。
多分、イルカは自分の気持ちの本気を解ってくれていないのではないだろうか。
同性同士だけど、本気で好きで一生一緒にいたいと思っているのに。
この気持ちに嘘偽りはないのになあ、と、そこまで考えてカカシは溜め息を吐きたい気分になった。
イルカも勉学にバイトに、と忙しいのは重々承知の上であり、その中でカカシには解らないような理由の悩みも発生しているかもしれない。
解決は無理でも悩みを話してくれるなら聞くだけでも出来るのに、とカカシは歯がゆい。
ともあれ、イルカに自分の本気を解らせる方法は色々あるが、無理矢理は嫌だし出来ればしたくはない。
だが、避けられる態度をイルカにとられて、日々、無理矢理にでも自分の想いを解らせたいとう気持ちが募ってくる中、カカシは犬の話しが出た序にイルカを実家に連れてきたのだ。
義理の両親に会わせて、イルカのことを紹介したい。
「この人は俺と一生を共にする人です。」とか「この世で最愛の人なんです。」とか言ってみたい。
そうして紹介すればイルカもカカシの本気が解るはずだと考えたのだ。
「愛して止まない人です。」ってものいいな、とカカシが、そんなことを考えているとイルカに名を呼ばれているのに気がついて、はっとした。
「えっ。なに、イルカさん?どうかしたの。」
カカシが甘い想像の世界から現実の世界に戻ってくると腕に犬を抱えたイルカが、きょとんとしてカカシを見ている。
「どうかしたっていうか、この犬の名前をお聞きしたんですが。」
「ああ、名前ね。」
見ればイルカはパグと呼ばれる犬種を抱いている。
そのパグは妙に落ち着き払った風情のある犬だった。
「その子はね、『パックン』だよ。」
「パックン?」
「そう。」
「へえ、パックンて名前なんだ。」
パックンを目の高さまで上げたイルカは、犬と自分のおでこをこつんとさせて「よろしくね、パックン。俺、海野イルカ。」と自己紹介をしていた。
ほのぼのとした風景にカカシの心は和んだ。
イルカを実家に連れてきて、犬に会わせて良かったなあ、としみじみ思っていた。
イルカさんと仲直りできたし、っていうか喧嘩はしてないんだけど・・・。
元の関係に戻れたようだ、とカカシは一安心する。
そこへ庭の騒ぎを聞きつけたのか、カカシの両親が現れた。
二人とも驚いたようにカカシを見てから、イルカに優しい目を向ける。
少々、人見知りの帰来が見られたイルカも、カカシが心配していたより、すんなりと両親との会話に溶け込んでいた。
楽しそうに話している。
それから家の中で大層、持て成されてイルカは大変恐縮していた。
恐縮しすぎていて、助けを求められるようにカカシに何度か視線を寄越してくるのも可愛かった。
そんなイルカを困らせるのも可哀想だったので両親へのイルカを紹介は、ごく普通の一般的なものにしておいた。
久々に、実家であったけれどもイルカとの時間を満喫することが出来てカカシは大いに満足する。
満足してイルカと共に実家を去るときに、それは起こった。
玄関先まで見送りに来てくれたカカシの両親が何気に言ったのだ。
特に他意もなく。
「あ、カカシ。」
玄関先で父親がカカシを呼び止めた。
「何、父さん。」
「あー、あのなあ。」
カカシの父親は、とある女性の名前を口にした。
「ほら、親戚の娘さん、覚えているだろう?カカシに会いたいって言っていたぞ。」
「・・・・・・は?」
カカシの隣にイルカはいたので当然、その会話は耳に入っている。
「もう年頃になっていて、すごく綺麗になっていたぞ。気立てもいいし、今度会ってみたら、どうだ?」
それは暗にカカシに結婚を勧めているのを意味していた。
横で聞いているイルカにも、会話の意味を悟っているに違いない。
「会わない、絶対に。」
固い声でカカシは、それだけ一言、言い置くとイルカの手を引っ張って実家を飛び出した。
イルカが、ご両親に挨拶が済んでいません、とか叫んでいたが構わず、カカシは速度を緩めず歩き続けた。
最悪だった。
実家に行かなけりゃよかった、と後悔が押し寄せてくる。
自分と父親の会話をイルカは、どんな気持ちで聞いたんだろう、と考えると恐かった。
掴んでいるイルカの手を離すつもりはなかったが振り返ってイルカが今、どんな顔をしているか、とても見れない。
カカシは自分が招いたこととはいえ胸が痛くて痛くて、その痛みは到底、治まりそうになかったのだった。
こんなのズルイ!
美味しいもの
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