こんなのズルイ!
なんとなくイルカのガードが固くなった、とカカシは感じていた。
いや、ガードが固くなったというのとは少し違う。
余所余所しくなったというか他人行儀に拍車が掛かったというか、距離を取られたというか見えない壁を作られたというか・・・。
とにかく、イルカの態度が違うのだ、以前とは。
「・・・イルカさん。」
「はい、なんでしょう。」
カカシの呼びかけにも穏やかに笑顔で応じてくれるが、その態度はなんと言うか上手くはいえないが、例えて言えば笑顔の温度が下がったいうのか。
イルカの笑顔を見てカカシは、あ、と思い至った。
今のイルカの笑顔はコンビニでバイトしているときを似ているのだ。
どちらかというと作られている笑顔だ。
穏やかで人好きさせる笑い顔であったが所詮は、それは作り物だ。
「ねえ、イルカさん。」
カカシは真剣に問い掛けた。
「あの・・・。何か怒っているの?」
躊躇いがちに訊くと間髪いれずに「怒っていませんよ。どうしてですか。」と返事が返ってくる。
「じゃあ・・・。俺、何か、イルカさんの気に障るようなことをしたのかな・・・。」
そこでイルカはカカシの顔を真っ直ぐに見た。
そして、はっきりと言う。
「カカシさんは何も悪くないし、気に障るようなことはしてません。俺も怒っていません。」
「だったら・・・。」
カカシの、その先の言葉を遮るようにイルカは傍にあった荷物を手に持った。
「すみません、俺、バイトに行かないと。」
カカシとの会話を避けるようにイルカは玄関に急ぎ靴を履く。
「夕飯は作ってありますから、よかったら食べてください。俺、今日のバイトのシフト時間が零時過ぎると思うので、先に寝ていてくださいね。」
早口で、それだけ告げるとイルカは玄関のドアを開けて出て行ってしまった。
「そうじゃなくてさ・・・。」
取り残されたカカシは一人肩を落とす。
「イルカさん、最近、変だよ。」
ここにはいないイルカに向かって呟く。
「バイトの時間を極端に増やしているじゃないの。深夜に帰宅して、それから勉強して、睡眠時間も短いし。」
はあっとカカシは溜め息を吐いた。
「俺、知ってるんだからね・・・。イルカさんが碌に寝ていないのを・・・。」
悩みがあるのなら話してほしい、とカカシは思っていた。
直接の解決にならなくても話すだけで違うのに、と思うのだ。
それに、とカカシが肩を落とす要因は他にもあった。
前は、結構あったスキンシップの名の下における接触が微塵もないのだ。
抱きしめることも手を握ることも、キスさえもできない。
イルカが微妙に避けているようなので、惚れた弱みでカカシも強く出ることができない。
「はああ〜。」
カカシは、もう一回、深い溜め息を吐く。
テーブルの上には一人分の夕飯が用意してある。
「一人で食べたって美味しくないのに・・・。」
虚しく思いながらも折角イルカが用意してくれた夕飯をテレビ相手に食べてみた。
味は申し分なく美味しかったが胸の中は、ぽっかりと穴が空いているようだった。
胸の穴を埋めるものは何もない。
何とか夕飯を全部食べてカカシは、イルカの態度が微妙に変わった理由について、ここ最近の自分の行動を思い返してみたのだった。
「イルカさん!」
確実にイルカのバイトが休みだという日、先手を打ってカカシは話し掛けた。
「今日はバイトがないでしょう。友達との約束も急いで出すレポートの類もないですよね?」
イルカの細かい予定までカカシは把握している。
「ええ、まあ。・・・そうですけど。」
歯切れ悪くイルカは返事をした。
にっこりとカカシは笑う。
有無を言わせないような笑顔だった。
「だったら・・・。」
「だったら?」
カカシの笑顔と断ることを許されないような雰囲気にイルカは押されている。
「いいとこ、行きましょ!」
カカシに手を取られたイルカは、そのまま家の外へ連れ出される。
「どこへ行くんですか?俺、何も持ってないですよ。」
イルカは普段着のポケットに財布を突っ込んだだけの状態であった。
「いいのいいの。」
カカシは久しぶりにイルカとの接触で上機嫌だ。
「いいとこ、行くだけだから。楽しみにいてくださいよ。」
「はあ。」
不安な顔のイルカに微笑む。
カカシの家から二十分ほど歩いてから、カカシの言った『いいとこ』に到着した。
「イルカさん、着きましたよ〜。」
「ど、どこに?」
着いた先は門構えの立派な家の前でイルカは気後れしてしまう。
「ここの家に何の用が?」
イルカの疑問に答えずにカカシは、ずんずんと家の中の入っていく。
表札には『畑』と記されてあるのをイルカは見落とした。
そして家の庭と思われる場所に連れて行かれた。
庭は広々としていて芝生が生えている。
「ほら、あそこです。」
カカシが指差す方向には大きな犬小屋があった。
「あそこに俺の犬たちがいるんですよ〜。」
今日は犬に会いに来ました、とカカシは宣わる。
「イルカさんに犬を触らせるって約束したのに、俺が約束を守らないからイルカさん、それで機嫌が悪くなったのかと思って・・・。」
情けない顔をしてカカシは告白した。
「俺、イルカさんに避けられると辛いんです。」
だって好きだから、と子供のように言うカカシにイルカは、ふっと肩の力を抜いた。
「そんなことで・・・。」
「そんなことでも俺には重大なことなんです。」
真摯なカカシの告白にイルカは、今までの自分の態度を反省した。
家族がいて帰る家のあるカカシに、自分勝手に色々と思い込んで迷惑をかけていたんだなあ、と。
自分の問題は自分で解決しないといけないなあ、と改めて思わされた。
そして自分の感情で人を振り回してもいけないこともだ。
「ごめんなさい。」
イルカは素直に謝った。
それだけ言うのが精一杯だったけど、カカシはそれで納得したようだった。
「犬を会ってみますか?」
カカシに訊かれてイルカは頷く。
「会いたいですけど、その前に・・・。」
イルカは、ぐるりと周囲を見回した。
「ここってカカシさんの家ですか?」
「そうです。」
「じゃあ、もしかして家にはご家族がいらっしゃるとか・・・。」
「多分ね〜。」
カカシは、のんびりと答える。
カカシの家族がいると訊いてイルカは自分の服装を見直した。
普通の格好で、しかも空手で、カカシの家族に挨拶をする心構えも出来てない。
初めて会う人かもしれない人に対して、こんな俺で恥ずかしい。
イルカは恨めしそうにカカシを睨んだ。
「こんなのズルい!」
「そう?」
カカシは心なしか嬉しそうにしていた。
自分の家にイルカを連れてきた、その真意はカカシにしか解らないものであった。
犬の話
胸の痛み
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