春の嵐6
カカシが目を開けると白い天井が見えた。
お決まりの消毒薬の匂いもする。
「・・・病院、か」
また、ここか。
不明瞭な意識でカカシは、ぼんやりと考える。
今回は張り切りすぎて、それで・・・。
だんだん、意識が明確になってきた。
それで、傷を負ったんだけど頑張って帰ってきて・・・。
そこまで考えカカシは、はっとした。
はっとして起き上がり「いててて」と腹を押さえる。
「そうだ、約束・・・」
約束をしたから、張り切って任務をして無茶をして怪我をしてしまったのだ。
しかも無理して帰ってきたから、応急処置した傷口が開いて。
ぶっ倒れたのだ、イルカの前で。
「イルカ先生に会いに行って顔を見たら、安心しちゃってさー」
安心して倒れてしまった。
「カ、カッコわりー」
額を押さえ、腹を押さえたカカシは、がっくりと肩を落とす。
「カッコ悪い上に約束、守れなかったんだよなあ」
週末、イルカと過ごすをいう約束を。
「はあ〜」
溜め息を何回も吐いて、カカシはベッドに横たわった。
「イルカ先生、呆れているかなあ」
ごろりと横を向いて目を閉じる。
「呆れているよなあ」
「呆れていませんよ」
「いーや、絶対に呆れているって。血をだらだら流して倒れるなんてカッコ悪すぎだもん」
「格好悪くてもいいじゃないですか、生きていれば」
「でもさあ」
「生きていることが一番大事なことです」
「そうかなあ」
「そうです」
そこでカカシは、ぱっちりと目を開けた。
自分は今、誰と話していたのだろう。
独り言ではなかった。
妙に聞き覚えがある声で。
とっても大好きな声のような。
もしかして、もしかすると幻聴ではなくて。
俺、誰と話していたんだろう。
声は背後からしていた。
横を向いていたカカシは、恐る恐る後ろを見た。
「気がついたんですね、カカシ先生」
そこには笑顔のイルカがいた。
「イ、イルカ先生っ!」
上半身を起こそうとするカカシを押しとどめてイルカは穏やかに言う。
「落ち着いてください、カカシ先生。ここは病院です」
「は、はい」
「カカシ先生、俺の前で血を流して倒れられたので医療班に連絡したのです」
「そ、そうですか」
「あれから三日間、意識を失って入院していたんですよ」
そこまで言ってイルカは下を向いた。
「意識が戻らなくて、とっても心配しました」
「イルカ先生」
「目の前でカカシ先生が倒れて。俺、心配で心配で」
下を向いたイルカの表情は分からないが、膝の上に置いた拳は、ぎゅっと握り締められていた。
イルカはきっと。
きっと、とてもとても心配してくれていたのだろう、カカシのことを。
そのイルカの胸の内を思い、カカシの心は痛くなる。
自分の行動が招いたことだ。
好きな人を悲しませるなんて・・・。
「ごめんね、イルカ先生」
そっとイルカの肩に手を伸ばし、触れた。
「助けてくれて、ありがとう」
本当にありがとう。
心からの感謝をイルカに告げる。
「いいんです」
顔を上げたイルカは、にこりと笑っていた。
「カカシ先生の意識が戻って本当によかったです。出血のわりに傷は深くないので意識さえ戻れば、すぐにでも退院できるってお医者さんが仰っていましたよ」
「そうですか」
「はい、多分、明日にでも退院できるのではないでしょうか」
退院しても、暫くは自宅で安静だろうか?
イルカは、にこにこしながら話を続ける。
「カカシ先生が入院していると聞いて、子供たちも心配していましたよ」
子供たちとはカカシが指導している下忍の子供たちのことだ。
イルカの元教え子でもある。
「お見舞いに来たいと言っていましたが、カカシ先生の意識が戻らないので遠慮させていました」
目を細めてイルカはカカシを見つめた。
「カカシ先生が気がついて子供たちも喜ぶと思います」
「あー、はい」
実は子供たちのことは、すっかり忘れていたカカシだ。
・・・そういや、そうだったっけ。
一応、自分がいない間の課題は出しておいたのだが。
・・・ま、後で謝ればいいか。
「イルカ先生は毎日、お見舞いに来てくれていたんですか?」
流れで何の気なしに聞くとイルカの顔が、ぽっと赤くなった。
「え、ええ、はい。毎日、顔を出してました」
時間の許す限りですけど、と、あたふたと言い訳めいたことを述べている。
「いつ、カカシ先生が目覚めるかなと思って」
「そんなに心配してくれていたんですね」
ついつい、カカシの頬が緩む。
嬉しくて。
「そ、そうですけど。なるべくなら、もう心配させないでください」
真面目な顔でイルカが言う。
心配するということは、たいてい悪いことが原因ですから。
原因とは怪我や病気などが主に多い。
「はい、肝に銘じます」
カカシは素直に頷いた。
次の日。
カカシは、あっさりと退院の許可が出た。
腹の具合はイルカに会ったためか、かなりよい。
退院には忙しい仕事の合間を縫って、イルカが付き添ってくれた。
「大丈夫ですか、カカシ先生」
「はい、大丈夫です」
イルカが付き添ってくれてカカシは嬉しくて、しょうがない。
好きな人が構ってくれるなんていいなあ、とのんびり思っていた。
「腹が空いたような気がしますねえ、何か食べたいです」
「食欲があるなら平気ですね」
イルカと視線が合って、自然と微笑み合う。
実に、いい雰囲気だった。
だが、カカシの家に着くとイルカの雰囲気が変わった。
部屋に上がってもらったのだが、ベッドの脇に掛けてある予備のベストに見るなり釘付けになってしまったのだ。
「イルカ先生、どうかしましたか?」
不思議に思ったカカシがイルカに声を掛けると、イルカが首を横に振る。
「いえ、その・・・。何でもないんです、ただ・・・」
「ただ?」
「ただ、ベストの肩口が破れているなあと思って」
「ああ、それ」
カカシは何も考えずに気軽に答えた。
「かなり前に飲んだとき、弾みで破れたようで」
あははは、と笑う。
「繕おうと思っていたんですけど、なかなか時間がとれなくて」
そのままにしてあるんですよ、と。
「・・・そうなんですか」
イルカの顔は暗く、声が沈んでいたのだが。
カカシは気がついていなかった。
春の嵐5
春の嵐7
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