春恋3
暫く、その場を沈黙が支配していたのだが先陣を切ったのはアスマであった。
「イルカ、具合はもう大丈夫か?」
「あ、はい」
「ならさっさと帰るか、里に」
「はい」
「え!ちょっと待ってよ!」
カカシの静止にアスマは首を振った。
「いんや待たん」
「なんでさ、俺はイルカと話がしたいんだけど」
「駄目だ」
アスマは、にべもない。
どうせ碌なことにならないと踏んでいるのだ。
「少しくらいならいいでしょ」
カカシは庇うようにイルカの前に立つアスマを押しのけてイルカの正面に立った。
「イルカ、さっきの俺の発言聞いていたよね?」
「え、はい」
イルカが照れも含んでいるのか気不味そうに顔をカカシから逸らす。
「どう?あれ」
「どうとは?」
「だってイルカは初めてキスした人と結婚するんでしょう」
「え、はい。確かに、そうは言いましたけど」
歯切れが悪い。
「だったら」
カカシが続けようとするとイルカが何かを決心したようにカカシを見た。
真っ直ぐに。
「あれは・・・。やっぱり俺、なかったこととして忘れることにします」
「ええっ!」
「事故みたいなもんだとアスマさんも言っていたし、そう思うことにします」
「そんな〜」
悲観的な声を上げるカカシにアスマが最後通牒を突きつけた。
「じゃ、そう言うことで。任務、頑張れよカカシ」
ひらっとアスマは手を振ってイルカは一礼すると、すっと闇夜に姿を消してしまった。
後に残るはカカシ。
だがカカシは諦めが悪かった。
「覚えてろよ、イルカ〜。俺は夢を叶えてみせる、絶対に!」
めらめらと闘志を燃やしていたのだった。
それから一ヶ月後。
カカシはイルカの家にいた。
「また、こんなに怪我をしてきて」
小言らしきものを言いながらイルカがカカシの怪我を手当てしている。
カカシは上半身裸で包帯だらけだ。
「いいじゃなーい。イルカが手当てしてくれるもん」
「怪我している人の手当ては誰もがします、普通です普通」
かつてカカシに言われたことを下地にイルカは言い返してきた。
「はい、終わり」
きゅっと包帯を巻くとイルカはタンスから服を出してカカシに投げる。
いつの間にかカカシ用の服がイルカの家に常備してあった。
それは頻繁にイルカに家にカカシが来ることを意味している。
「カカシさん、ご飯食べますか?」
イルカの問いかけにカカシは嬉しそうに返事をした。
「食べる食べる。ご飯、用意して待っていてくれたのね、俺のこと」
「待ってなんかいません。ご飯を作るのなんか、普通です普通」
「またまた〜」
カカシは顔を綻ばせた。
カカシはイルカと初めて会った、その日。
二人の間に劇的なことが起きたのだ。
キスだ。
二人の意思とは関係なくカカシとイルカはキスしてしまったのだ。
意思とは関係はなかったが二人ともキスには夢を持っていた。
カカシは初恋の人とキスしたい。
イルカは初めてキスした人と結婚したい。
キスに夢見る年頃であったのだ。
それは今も変わっていない。
まだまだ二人とも若く、カカシは十六歳でイルカは十五歳だ。
カカシは初めてあった日にキスしたイルカに「初恋の人になってもらう」と宣言したものの、イルカはそのままカカシの前から去ってしまった。
それからカカシは執念でイルカの家を探し出し訪ねてきたのだ。
「あの時は本当、びっくりしましたよ」
イルカはカカシにご飯を装ってやりながら独り言のように言う。
「真夜中、それも深夜の二時に窓を叩いて来るなんて」
「あー、あの時イルカ、びっくりしすぎて悲鳴を上げていたね」
面白そうにカカシはイルカを見た。
「悲鳴なんて上げてません。大声を出しただけです」
イルカは強く否定した。
悲鳴を上げたなんて男の面子に関わるらしい。
こういうところは頑固である。
「それからというもの事ある毎にカカシさん、俺の家に来ますよね」
「いいじゃな〜い、だってイルカに会いたいんだからさ」
カカシは、ぱくぱくとご飯を口に運ぶ。
ついでにおかずも口に入れる。
「美味い飯も食えるしね」
味噌汁を一気に飲むと「お代わり」とイルカに椀を差し出した。
「まあ、いいですけどね」
半ば諦め気味のイルカは味噌汁を装ってカカシに渡す。
「おかげで本番に弱い俺の体質も直ったみたいですし」
「それは良かった」
にっこりとカカシは笑った。
綺麗な笑い顔に惹きつけられながらもイルカは、むかっとしてしまう。
「カカシさんが夜中にいきなり尋ねてくるのも勿論ですが朝起きたら横で寝ていたなんて、しゃれになりません」
「あー、あれね〜」
カカシは暢気に、ははは〜と笑う。
「イルカの寝顔見ていたら俺も眠くなってきっちゃって。イルカを起こすのも悪いし寝た方がいいかなあって」
ちっとも反省していない。
「無断で俺の家に入ってくるのも駄目です。それに寝るなら自分の家で寝たらいいでしょう」
ずばり、言うとカカシは「え〜」と肩を竦めた。
「初恋の人になる予定の人と一緒にいたいじゃない」
「あくまで予定でしょう?」
ちょっぴりイルカが意地悪く言うとカカシが悲しそうな顔をする。
「でもさあ」
ご飯は食べ終わったのでイルカは、てきぱきと片づけを始めた。
そんなイルカにカカシは言う。
「俺、イルカのことが嫌いじゃないよ」
「それは、まあ」
イルカもカカシのことが嫌いではない。
むしろ、どちらかと言うと好きだ。
ただ、この好きがどういう好きなのか判断できない。
どちらかというと友情に近い感じがする。
それはカカシも同じらしかった。
「イルカのことが嫌いじゃってことは好きなんだよね」
でも、とカカシは溜め息混じりに首を傾げる。
「この好きって何だろうね。よく分からないだよね」
途方に暮れた顔をしてイルカを見る。
まるで、答えをくれとでもいうようにだ。
そんな顔されても、とイルカは困ってしまう。
自分の感情でさえ持て余しているのに。
食器を台所に置いて戻るとカカシが真剣な顔でイルカに迫ってきた。
「ねえ、イルカ」
カカシの真剣さに怖気づく。
「もう一度、キスさせて」
そっとカカシが耳元で囁く。
「そうしたら分かるかも」
好きの正体が。
囁き声は甘かった。
春恋2
春恋4
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