fever safe! 2
「イルカ!」
大急ぎでイルカの家に引き返して、玄関扉のノブを回すと扉は開かなかった。
鍵が掛かっていたのだ。
「イルカ!」
呼びかけて、扉を叩く。
コンコンコン。
応答はない。
「イルカ!開けてよ!いるんでしょ?」
扉を叩く力が次第に強くなる。
ドンドンドン。
「怒っているの?ごめん、謝るから、ここ開けて」
さきほど見たイルカの指先から流れ出る血の映像が、カカシの頭の中で鮮明に蘇る。
「俺が悪かったから、ごめんね。ごめんね、もうしなから開けて!」
イルカは割りと大雑把なところがある。
怪我した指先も適当に処置して、放っておく可能性が高い。
「切ったところ手当てしないといけないでしょ」
しかし何度も呼びかけてもイルカは出てくる気配がない。
それどころか、部屋にいないようである。
さすがにカカシも、おかしいと思い、気を落ち着けて部屋の中のイルカの気配を探る。
「いない・・・」
先ほどまで確かに家にいたのに。
今は家の中にイルカの気配は感じない。
いったい、どこへ行ったのだろう。
痕跡を探るために鍵を壊して侵入することも考えたが、そんなことをしたらイルカに怒られること間違いなしだ。
これ以上の状況の悪化は避けたい。
もしかしたら、万が一だがイルカがカカシに置手紙でも残しているかもしれないのに。
合鍵を貰っておけばよかった、とカカシは心底、後悔したのだった。
とぼとぼとぼ。
カカシは一人、肩を落として歩いていた。
「イルカ・・・」
声に力はない。
「どこに行っちゃったんだろ・・・」
あんなことで短気を起こすんじゃなかった。
後悔しても後の祭りとは、このことだ。
身を以って実感した。
「怪我、大丈夫かなあ」
指先の怪我は血が大量に出やすい。
すぐに止血しないといけないのに。
「こんなんだから、イルカに俺だけが恋人だと思っていたと思われたのかな」
自分本位な行動をしているから・・・。
「自分より好きな人を思いやって、優先するのが恋人だよなあ」
はああ〜と深い深い溜め息が出た。
「好きな人に優しくできないなんて」
優しくしたいのに。
思いっ切り、優しくしたのに。
「俺ってダメなやつだなあ」
がっくり。
また一段と肩が落ちる。
「それに、これから俺、任務だし。イルカに暫く会えなくなるし、それもイルカに言ってないし」
カカシはイルカの家で夕飯を食べてから任務に出ようと思っていたのだ。
「俺のために作ってくれていた夕飯には食いはぐれるし」
食べたかったな、イルカの料理・・・。
自分が悪いんだけど・・・。
「イルカと喧嘩になっちゃった訳だし」
最後、ものすごく険悪な雰囲気になっていた。
「喧嘩するほど仲がいいって言うけどさ」
こんな気持ちになるなら、喧嘩なんてしたくない。
好きな人とは仲が良すぎるくらいがいい。
「はああ〜」
ぐう、と鳴った腹を押さえてカカシはイルカの顔を思い浮かべた。
「なんかよう」
暗部の一人が隣の暗部に話しかけた。
「カカシ、機嫌悪くないか?」
「ああ、俺も思った」
ひそひそと話し出す。
「暗いし、恐いし、不気味だし」
「負のオーラを撒き散らしているな」
「何があったんじゃないか?」
「とするとアレか?」
「アレだな」
「アレしかないな」
話しているのは任務出発前の集合場所。
出発まで時間があるので無駄話をしている最中だ。
「だとするとヤバイな」
「ヤバイな」
「ヤバイしかないな」
「そこ!」
カカシの不機嫌百パーセントの声が響いた。
「全部、聞こえているから!」
びしっと指差される。
「あ、悪い悪い」
「すまんすまん」
ちっとも悪びれていない謝罪を受けたカカシは、じろっと話していた暗部を睨む。
「変に勘ぐらないでよね」
「だがなあ、昨日は機嫌が良かったのに、今日は打って変わって不機嫌とはなあ」
「何かあったと思うのが自然だろ」
カカシは答えない。
「大方、恋人と何かあったんだろ」
「オーソドックスに喧嘩したとかか?」
ぴく、とカカシの米神が面の下で動いた。
「しかも喧嘩の原因はカカシにあるってやつだ」
ぴくぴく、と動くカカシの米神。
「恋人と喧嘩別れしたまま、任務に来たから機嫌が悪いのか」
大当たりだった。
「だってさ!」
堪忍袋の緒が切れたカカシが爆発する。
「別に喧嘩しようと思って言ったんじゃないのに!女の子から告白されて、その子が可愛いって言ったけど」
しら〜っとした空気が漂った。
「告白はすぐに断って、その子よりもイルカの方が可愛いって言いたかっただけなのに」
はあ、と息を吐いたカカシは切なそうに呟く。
「なのにイルカは聞いてくれなくて・・・。怪我しちゃったのに、どっかに行っちゃうし」
どうして、こんなことになっちゃったんだろ、と心配で堪らないといった風情のカカシだったが。
カカシの言葉を聞いて、場は静まり返った。
しーん、と長く。
その後、その場にいた暗部全員は一斉にカカシを指差した。
「デリカシーがない!」
ハモられた。
「そんなにダメだった、俺?」
ハモられたカカシは、しょぼんとしている。
こんなカカシは珍しい。
稀有とも言っていい。
初めて見るカカシの落ち込んだ姿に暗部の仲間たちは度肝を抜かれた。
人間離れしたカカシも、一応、人間だったんだと本人が聞いたら絶対に怒るようなことを思っていた。
口には出さなかったが。
「まあ、ダメだったな。ダメダメだ」
一人の暗部が言った。
恋愛経験が豊富そうな口ぶりだ。
「恋人は傷ついたこと間違いなしだ」
腕を組んで、自分で言ったことに頷いている。
「俺の失恋経験星の数、常に片思い状態で恋愛成就ゼロの俺から言わせてもらえれば」
「成就ゼロって参考になるの?」
落ち込んでいるがカカシは的確に突っ込んだ。
しかし、暗部は聞こえなかった振りをした。
「相手の立場になって考えてみろってことだ」
「イルカの立場?」
「そう」
自信たっぷりに暗部は、ひょいと目の前の暗部を指差した。
「例えば、あいつがイルカに告白したとする」
「イルカに告白?」
ぎろ、と指差された暗部をカカシが鋭い目で睨む。
「・・・俺を巻き込むな」
指差された暗部は、カカシに睨まれて及び腰になっている。
だが、話は続いた。
「だけど、告白を断るだろ」
「そりゃあ、もちろん。俺がいるもん」
「で、だ。カカシに『今日、暗部さんに告白されちゃった〜』とか報告されたら、どうする?」
カカシの答えは簡潔だった。
「暗部さんを闇に葬る」
「・・・まあ、それはいいとして」
「よくないだろ!」と巻き込まれた暗部は訴えたが誰も聞いていない。
「そんでもって、『告白してくれた暗部さん、超カッコよかった〜』って、うっとり惚れ惚れとした顔で言われたらどうだ?」
「暗部さん絶対抹殺」
「・・・その後に『告白は断ったし〜、カカシさんの方が超カッコいいです〜』って言われたら?」
「誰の口真似かは知らないけれど」
イルカは、そんな風に言わないと訂正を入れてからカカシは言った、きっぱりと。
「その暗部さん、ムカつくから」
ぐっと拳を握り締める。
「制裁決定。二度とイルカの前に現れないように」
めらめら、と例え話にカカシの嫉妬の炎は燃え上がっている。
任務前にテンションが上がったらしい。
いい傾向だ。
巻き込まれた暗部からは涙ながらの訴えがあった。
「例え話だからな、例え話!本気にするなよ!」
それがカカシの耳に届いたかどうかは定かではないが。
めらめら、と燃えていたカカシの嫉妬の炎が、やや鎮火した。
「でも」
カカシは自分が告白されたと話した時のイルカを思い出す。
イルカが指を切ってしまったのは、告白の話を聞いて動揺していたからかもしれない。
イルカが無表情だったのは、どうしていいのか解らなかったのかもしれない。
イルカは不安だったのかも・・・。
「俺、イルカにひどいことしちゃったんだな」
自分の言葉が胸に深々と突き刺さる。
ずきずきと胸が痛くなり、重く苦しくなってきたのだった。
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