金の切れ目が縁の切れ目9
「・・・カ、カカシさ、ん。」
腕の中のイルカはカカシに抱きしめられて硬直していた。
カカシの胸とイルカの胸が、ぴったりと重なってイルカの心臓の鼓動が伝わってくるのだが、それが、やけに早い。
鼓動は、どきどきという可愛いものではなく、どちらかというと、どっどっどっどどどどどど、という感じでイルカが極度に緊張状態であるのを示している。
「大丈夫?」
心配になったカカシが自分の腕の中のイルカを見ると、顔は表情を失くしていた。
青白い顔は生気がない。
囲った腕の中をイルカから、そっと外すとイルカは肩の力を抜いて大きく息を吐き出した。
ぎゅっと目を閉じて、自分の腕で自らの体を抱きしめるようにして気を落ち着けているらしい。
何回も息を吸って吐いてを繰り返してイルカは、漸く目を開けた。
カカシを見ると、弱弱しく微笑んだ。
「すみません・・・。」と項垂れる。
「いいけど、気分でも悪いの?」
「違います。」とイルカは首を振る。
「人に好意を示されて、こんな態度はいけませんよね。いけないとは思うんですが・・・。」
カカシがイルカを抱きしめたことを指しているようだ。
「なんだか人に触れられると、すごく緊張するんです。特に、その行動に好意が含まれていると思うときは。」
小さい声でイルカは告白した。
「自分でも理由は解りませんが・・・。」
悲しそうな顔になる。
そういえば、最初に肩を掴んだ時は身構えていたし、腕を掴んで家に引きずって行こうとした時は「触らないでください。」と言っていたような気がする。
今、思えばの話だが。
イルカは、ぽつりと思い出すように言った。
「父や母に抱きしめられた時は、こんなことなかったのに・・・。」
苦しそうにイルカは吐き出した。
いや、多分、苦しいにきまっている。
世の中には何年経っても抜け出せない悪夢というものもあるのだ。
その感情にはカカシも覚えがあるし、割り切ったつもりでも、今も時折、夢に見たりもする。
ただ、表に出さないだけだ。
多分、そのような者は多いだろうしイルカも今まで、そうだったに違いない。
カカシの前だからイルカが、その感情を露わにしたのかは分からないが切っ掛けはカカシだ。
こういう時、どうすればいいのか・・・。
抱きしめたいが、それもできない。
またしても答えの出ない難題にぶち当たってしまった。
イルカが可愛いとかイルカのことを抱きしめたいとか、この自分の中の感情はどうしたらいいのか。
まあ、答えが出ないときの方法は、ある程度、決まっている。
答えが出ないものは、放っておけばいいば、いずれ解るときが訪れるのだ。
そう考えたカカシは行動に移す。
「イルカ、買い物に行こう。」
無理矢理、本題に戻した。
「今日の夕飯は、美味しいもの作ってあげる。」
せめて、なけなしの料理の腕を奮ってやろうと思ったカカシだった。
夕飯は、少々手間が掛かるが混ぜご飯を作ることにした。
色々な食材が入ったご飯は出汁がしみ込んでいて美味いし、野菜も肉も入るし栄養も偏らない。
ついでに自分の好きなものも夕飯のメニューに加えることにした。
秋刀魚の焼いたのと茄子を使った、おかずだ。
カカシが夕飯を作っている間、イルカには風呂を洗わせて湯を張らせる。
夕飯が完成するまでに時間が予想以上に掛かったので、イルカに風呂に先に入らせた。
イルカは風呂好きらしく、カカシより入浴時間が長い。
風呂に温泉の素を入れてやると、乳白色の湯の色を見て大層、喜んだ。
どうやら風呂やら温泉やらが好きらしいイルカに、若いのに渋い趣味をしているなあ、とカカシは密かに思った。
イルカが風呂から上がってきたときには、夕飯は完成して食卓に並んでおり食べるだけになっていた。
ほかほかの体のイルカは、体から湯気を立ち上らせて上半身は裸である。
茹だった体は、ほんのりと桜色に色づいていて、若々しい肌は艶やかで綺麗だ。
肩から手首までのラインがカカシより細いのが、よく分かる。
項は後れ毛が垂れていて妙に色っぽく感じた。
イルカは体に触れられるのは苦手だが見られるのは一向に構わないらしい。
目のやり場に困る・・・。
そこまで考えてカカシは、はっとした。
イルカに見蕩れていた自分にだ。
ちょっと待て・・・。
心臓が早くなる。
今、何を考えていた、俺・・・。
内心、動揺するカカシを知ってか知らずかイルカは気軽にカカシに声を掛けてきた。
「すみません、お風呂、お先にいただいて。いいお湯でした。」と、ご満悦だ。
「そ、そう。」
カカシは自分の動揺を知られまいとして誤魔化すように、冷蔵庫から牛乳を取り出すとカップに注いでイルカに渡す。
「はい、牛乳!風呂上りの冷えた牛乳って美味いよね!」
「あ、どうもありがとうございます。」
訝しげにイルカは牛乳を受け取り、一気に飲み干した。
「ご馳走様でした。」
「あ、ご飯もできてるよ。食べよう!」
「はい、すみません。」
カカシに牛乳を飲み干したカップを取り上げられたイルカは上半身に上着を着て夕飯の席に着く。
いつものように「いただきます。」と手を合わせて食べ始めたのだがイルカの様子が、どうもおかしかった。
箸が進んでいない。
食卓に出された料理を食べてはいるが、食べるペースが遅いのだ。
もしかして、と思ってカカシは訊いてみた。
「美味しくなかった?」
「えっ。いいえ、すっごく美味しいです。」
そう言って笑ったイルカの笑顔には違和感がある。
僅かに引き攣ったような感のある、それはカカシの見間違いだろうか。
しかしカカシの作った料理をお代わりまでして全部、平らげたイルカは、いつものように元気に振舞っていた。
食後、風呂に入ったカカシが、風呂から上がるとイルカの姿が部屋には見えなかった。
風呂に入る前はテレビを見ていたはずなのに、テレビの前にイルカはいない。
「どこにいったんだろ。」
しかし探すまでもなく、すぐに、その姿は見つかった。
台所の隅、寝ている時のイルカの定位置で頭から布団を引っ被っていたのだ。
その外見の形からして寝ているわけではなく、膝を抱えて丸まっている感じだ。
「なにしてんの。」
呆れた声のカカシにイルカは布団の中で、びくりと動く。
「まだ寝る時間じゃないでしょう。それとも眠いの?」
イルカは答えない。
「いったい、どうしたっての?」
一緒に生活してみて、まだ二日過ぎただけだがイルカの行動は未知で予測ができない。
それゆえ面白いこともあるが扱い方が解らないことの方が多かった。
「話してごらん。」
優しく声を掛けるとイルカは布団越しに呟いた。
聞き取りにくい、その声は「カカシさん怒っている。」と聞こえる。
「俺が怒っているって・・・。」
思わぬことを言われてカカシは戸惑う。
「怒っているって言われても。」
何をだろう?
「俺のこと怒っている・・・。」
「怒ってなんていないよ。」
布団の上からなら平気だろうとカカシはイルカの頭と思しき場所を撫でる。
「なんで怒っていると思ったの?」
「昼間のことで、まだ怒っているのかなって。だって、夕飯、俺の嫌いなものや苦手なものばっかりだったから。」
イルカは混ぜご飯が嫌いで魚の骨が苦手だったと打ち明けた。
「え?」
「カカシさん、上忍だから俺の嫌いなもの、どこからか調べてきたのかなって。」
「え〜。」
だって、前に聞いたら嫌いな食べ物ないって言ったじゃない。
そう指摘するとイルカは力なく反論した。
「だって母が他所様の家で出されたものは例え嫌いなものでも、嫌いって言わずに残さず食べなさいって。」
それが礼儀だって厳しく言われたから、と言うイルカは、その教えを律儀に守っていたらしい。
「あー、もう。」
イルカは、ややこしくて頑固で、しょうがないことで悩んでいて、それでも。
それでも可愛いというか愛しく思えてしまう自分が悔しい。
「俺の前で遠慮は無用。思ったことは何でも言ってしまいなさい、絶対に怒ったりしないから。」
とうとう、半ば命令するように言ってしまった。
「分かった?」
イルカの返事が聞こえない。
だからカカシは強制的に宣言して決めた。
「守れなかったら罰金だからね。」
「ええ〜。」
そこでイルカは被っていた顔を出しカカシの顔を見たのだった。
金の切れ目が縁の切れ目8
金の切れ目が縁の切れ目10
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