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どこへいずこへ6



イルカ先生の気配は病室の前で暫く佇んだ後、静かに消えた。
俺のいる病室には入ってこなかった・・・。
声も出さなかった。
顔も見たかったし声も聞きたかったのに。
イルカ先生が病室に入ってこない理由は俺には心当たりがありすぎた。
俺が酷いことを言ったから。
イルカ先生を傷つけたから。
自分が悪いと十二分に分かっていた。



三日ほどすると声が出るようになった。
体もベッドの上で上半身、起こせるようになった。
でも点滴は外れない。
「こんにちは〜」
「元気〜?」
暢気な声を出しながら、例のくの一二人組みが俺の病室を訪れた。
紅とアンコだ。
「また来たのか」
思い切り顔を顰めるとアンコが、にっと笑った。
「元気じゃん」
「まあねえ」
紅が言う。
「ご挨拶ね、頼まれたから、わざわざ来てあげたのに」
恩着せがましい。
「べっつに〜、来てもらわなくてもいいんだけど」
嫌味を返すと紅が、ふふんといった感じで手に腰を当てて俺を見下ろす。



「あーら、そんなこと言っていいのかしら」
「何が?」
「せっかく、ちょっとだけ教えてあげようと思ったのに」
「何を?」
「あの人のこと、よ」
どきり、と心臓が跳ねた。
「あの人って?」
すごく聞きたい。
紅とアンコに俺を見舞うように頼んでいる人のことを。
「まあ話すのは私じゃなくてアンコだけどね」
言われてアンコを見ると今日もまた甘そうな団子を食べていた、ぱくぱくと。
本当に甘い物が好きなんだなあ。
ま、それは置いといて・・・。
アンコが話って何だろう?



「覚えているかなあ、カカシが任務に行く前の日に降っていた雨の日の夜のこと」
任務前の雨の夜・・・。
それは夜遅く俺の家を訪ねてきたイルカ先生に酷いことを言った日だ。
ごくり、と俺は唾を飲み込む。
そういえば、あの夜、俺に酷いことを言われているか先生は、あれからどうしたんだろう?
嫌な感じで急に胸が、どきどきとしてきた。
「その顔を見ると覚えているみたいだね」
いつものおどけた調子ではなく、持ってきた団子をその辺に置くとアンコは腕組みをして俺を見た。
見定めるように。
「あの夜さあ」
アンコは話し出した。
「私は任務で帰ってきたのが深夜だったんだよね、でもお腹空いたから深夜でもやっている甘味屋へ行こうと公園の前を通りかかったら」
そこで言葉を切りアンコは俺を、ちらと見る。
なんか怒っているようだった。
「公園のベンチに深夜、座っている人がいるじゃない。しかも雨の中だよ、ざあざあと降っている雨の中」
雨の中、という言葉は俺の胸に、ぐさりと突き刺さった。
あの激しい雨の中、イルカ先生を帰らせたのは俺だ。
追いかけもしなかった・・・。



「雨に濡れるのも構わずにベンチに腰掛けて俯いて、ひどく落ち込んでいるようだった」
俺は、それを聞いて何も言えなかった。
「もちろん、傘を差していた私は傘に一緒に入るように言ったんだけど断られて。じゃあ、甘味屋に行かないかと誘っても断られて」
アンコは淡々と話す。
「知らない人間だったら放っておいても良かったんだけど知っているやつだったし。何より、そいつは良いやつだって分かっていたしねえ」
紅は窓の外なんか見て話に入ってくる様子はない。
「性格も仕事も真面目一辺倒のやつだしさ、何か悩みがあったら訊くよ、って言ったわけ」
悩み・・・。
何て答えたんだろう。
「そしたら、そいつはやっと顔を上げて私を見て、ちょっと笑ったんだよ。笑って立ち上がって頭を下げて、ご心配お掛けしてすみませんって言って。でも哀しそうな笑顔だった」
俺を、じーっと見つめるアンコの視線が痛い。
何かを言いたそうにしているが言わないのが何とも居心地悪い。
「ここんとこ仕事も忙しくて帰りも深夜が続いているのに、休みもしないで頑張っているしさ」
そいつの頑張りを見ていると出来ることがあるなら協力してやりたいと思っていたところにカカシの見舞いを頼まれて、とアンコは肩を竦めた。



「ま、そーゆー訳よ」
「私もアンコから話を聞いて、ぴんときてね」
紅が口を挟んできた。
同時に二人は俺を見る、突き刺すような視線で。
「カカシとの間に何か厄介事があったんだなって」
「厄介事が何かは知らないけどね」
「それはカカシとあの人が解決する問題よね」
「話、終わり」
言ってアンコは団子の続きを食べ始める、黙々と。
そんなアンコを連れて紅は「またね」と病室を出て行った。
結局、あの人の名前は言わず。
病室には俺一人。
俺は考える。
紅とアンコが言う、あの人とは十中八九、イルカ先生のことだろう。
イルカ先生しか有り得ない。
イルカ先生が俺のことを心配して見舞いを紅とアンコに頼んだのだ、間違いない。
実はイルカ先生の気配は、ずっと続いていた。
深夜にばかり。
仕事が忙しくて帰りも深夜、とアンコが言っていたから、きっと仕事帰りに俺の病室に寄ってくれているのだ。
イルカ先生・・・。
会いたい・・・。
早く俺の体が動くようになったら、いいのに。
唇を噛みしめて俺は目を閉じた。



次の日のことだった。
声も出せるようになって、どうにかベッドから下りて歩けるようになっていた。
といっても壁伝いに忌わしい点滴は未だ外れず。
それでも何とか自力で歩行出来るまでになっていた。
走ることは出来ないけど、何かに捕まりゆっくりと歩ける。
イルカ先生に会いたい一心で回復に力を注いだ。
昼過ぎ、薬を飲んで、うとうととしていると不意に病室の外に気配を感じた。
イルカ先生の気配だ。
いつもは深夜なのに。
そういえば昨日の夜は来なかった。
やはり気配は病室の外に佇んだままで中に入って来ようとはしない。
でも俺は会いたくて。
呼んだ、イルカ先生の名前を大声で。
「イルカ先生!イルカ先生、そこにいるんですよね?イルカ先生!」



名を呼ぶと途端に身を翻して去って行こうとする。
追いかけたくて俺はベッドを下りた・・・、つもりだった。
どんがらがっしゃん、がたんごとごと、と大きな音がする。
俺がベッドから落ちた音・・・。
落ちるときに点滴とベッドの横のパイプ椅子を巻き込んで派手な音を立ててしまった。
その音が聞こえたのか、がらっと病室の扉が勢いよく開いた。
「大丈夫ですか!」
慌てたようにイルカ先生は俺に近寄りベッドに戻るのを手伝ってくれた。
慎重に俺に手を貸してベッドに座らせてくれて倒れた点滴もパイプ椅子を直してくれる。
最初に言った、大丈夫の他に何も言わず。
顔も俺から背けて。
終わると一礼して出て行こうとする。
ここで別れてしまったら、もう二度とイルカ先生に会えないような気がした。
「待って、イルカ先生」
俺の口から情けない声が出る。
「行かないで、ここにいて」
出た言葉も情けなかった。
だけども形振り構っていられない。
好きな人がどこへいずこへ行ってしまう、そんな気がする。
引き止めるのに一生懸命だった。



顔を上げたイルカ先生は俺を見た。
その顔は、その目は哀しそうで。
苦しそうで辛そうで。
疲れていて、やつれていて。
そんな顔をさせたのは俺なのだと思うと胸が、ぎゅっと縮こまり息が詰まりそうになる。
自分のしてしまったことに対して、猛烈な後悔と反省と罪悪感が襲ってきた。
俺はルルル〜と涙してしまったのだった。





どこへいずこへ5
どこへいずこへ7




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