断崖絶壁崖っぷち その三
結局、苦手な混ぜご飯を死ぬ気で三杯も食べた俺は偉かった。
と自分で自分を褒める。
カカシ先生と夕飯を食べて家に帰ってきた俺は、ぐったりとダウンしてしまった。
頭が痛いのはもちろん、体の節々が痛い。
それにだるい。
家に常備してある風邪薬を飲み、早々にベッドに潜り込んだ。
あたたかい布団に包まれて安心する。
風呂は明日の朝に入ろう。
目を閉じると夕飯の光景が脳裏に浮かんできた。
カカシ先生、嬉しそうってか楽しそうにしていたなあ。
終始、和やかな雰囲気でよかった。
カカシ先生も怖い顔じゃなくて穏やかな顔をしていたし。
苦手な混ぜご飯を食べた甲斐があったかな。
そういえば初めて食事をした時もカカシ先生、あんな穏やかな顔で笑っていたっけ。
いつも笑っていればいいのに。
そんなことを思っていると体が、ぶるっと震えた。
布団に顔を埋めるようにして深く潜り込んだ。
カカシ先生が楽しそうにするもんだから、つい勧められるままに酒を飲んだのも悪かったらしい。
体調の悪い時に飲む酒は体にくる。
くるっていうか、直に影響してダメージを与えるっていうか・・・。
つらつら考える。
体は辛いけど薬を飲んだから明日には治っているさ。
それに何よりカカシ先生といい感じになれたような気がする。
明日からは意地悪されたりしないだろう。
あれらが意地悪ならだけど・・・。
だんだんと思考が曖昧になっていき俺は眠りに落ちていった。
翌日の寝覚めは最悪だった。
頭が、ぼうっとして鈍くて重い。
あー、こりゃ完全に風邪引いたな、と感じるほどに。
体も頭と同じ状態で辛い。
喉も痛いような気がする。
仕事、行けるかなあ、なんて思いながら体を起こした。
ベッドから、そろりと下りる。
くらっと目眩がしたような気がした。
熱を計ってみたが熱はない。
喉は痛いが咳は出ていない。
だったら仕事に行けるよな、頑張れ、俺!
自分で自分を励ますと朝から熱い風呂であったまって、
あったかい茶を飲んで風邪薬を飲んで俺は出勤した。
因みに朝飯は食欲がなくて食べなかった。
出勤すると受付の仕事が待っていた。
今日はアカデミーの予定はない。
風邪を子供たちにうつさずに済みそうだ。
かといって受付に来る人にもうつしちゃいけないから話すのは必要最低限のことに止める。
受け付けの仕事をして時間が経つと風邪薬が効いてきたのか、体が楽になってきた。
朝、出勤した時は同僚に「顔色が悪いぞ」って言われたけど今は大丈夫な感じ。
スムーズに仕事をこなしていると見慣れた人が受付所に入ってきた。
それはカカシ先生。
すっごく眠そうな目をしている。
もしかして今から任務なのか?
とっくに朝の時間帯を過ぎているけど。
アカデミーを卒業した教え子たちの顔が思い浮かぶ。
・・・・・・カカシ先生に散々待たされてんだろうなあ、大変だなあって。
まあ、待つのも修行のうちだし頑張れよ、と密かにエールを送る。
迷うことなく俺のところに来たカカシ先生に任務の依頼書を手渡した。
ついで昨日の礼も言う。
昨日はカカシ先生に奢ってもらっちゃったからな。
「おはようございます、カカシ先生」
挨拶するとカカシ先生は僅かに頷いた。
「昨日はありがとうございました」
それに対しても僅かに頷くだけ。
あれ?昨日とテンションが違う・・・。
無言のまま俺を、じっと見つめてくる。
何かを言いたげしているような。
なんだろ?
だけどカカシ先生は何も言わず、くるっと背を向けると受付所を出て行ってしまった。
また無言に逆戻りか、悲しいなあ。
体調悪いのをおして、どうにかこうにか仕事をして気がつくと夕方になっていた。
同僚が俺を気遣う。
「イルカ、顔色が悪いから早く帰れ」
薬は、ちゃんと飲んでいたんだけどな。
でも飯は食欲がなくて碌に食べれなかった。
風邪引いたかも、と漏らすと同僚は顔を顰めた。
「早く医者に行け」と忠告してくれる。
俺は、うんと頷いて心配しれくれる同僚を心底、有り難く思った。
そして忠告に従って仕事を終わらせる。
夕方なので医者は、もうやっておらず明日の朝に行くことにして真っ直ぐ、家に帰ることにした。
玄関口に向かって一人で廊下を歩いていると不意に人影が現れた。
それはカカシ先生。
ほんと神出鬼没だなあ。
不思議な人だ。
「イルカ先生」
意外なことにカカシ先生は俺に話しかけてきた。
朝は無言だったのに。
「夕飯、一緒に食べませんか?」
誘ってくれたのは嬉しいけど、今日はちょっと断りたい気分だ。
なんたって風邪引いているから。
「イルカ先生、ラーメンが好きだって聞いてので」
カカシ先生はラーメンを食べに行こうと誘ってくれている。
多分、ナルトにでも聞いてきたのだろう。
「いえ、今日は・・・」
ラーメンは好きだけど今は食欲ないし、油っこいもの食べる気力も体力もない。
俺が力なく首を横に振るとカカシ先生は一歩、俺に近づいてきた。
あっという間に距離が縮まり俺は廊下の壁を背に負いつめられてしまっている。
逃げ場がない。
カカシ先生は俺の顔の両脇に手を突くと「ずるい」と拗ねたように言ってきた。
「ず、るい?」
何が、何で、どうして?
「ナルトたちとはラーメン食べに行くのに」
・・・・・・そんなこと言われても。
「俺だけ除け者にするなんて」
そんなことしてないし。
「そ、そんなことより」
俺は顔がくっ付きそうなほど近づいているカカシ先生の胸を押した。
「離れてください」
カカシ先生の胸と俺の胸は、もはやくっ付いているが。
くっ付いていると何か、どきどきする。
相手はカカシ先生なのに。
それともカカシ先生だからか?
無意識のうちに怖いと思っているからだろうか。
「いやですよ」
カカシ先生は俺の訴えを却下した。
「そんな意地悪しないで・・・」
俺はカカシ先生の体を両手で押してみたが、びくともしない。
風邪引いて弱っているからかな、力が出ない。
「意地悪なんてしていません」
カカシ先生の体を押していた俺の両手を、ぐいと掴み上げられた。
両手が壁に押し付けられる。
「あのねえ、イルカ先生」
耳元で囁くカカシ先生。
吐息が耳朶に吹きかけられて背筋が、ぞくぞくする。
風邪がひどくなってきたらしい。
早く帰らなきゃ。
「俺はですね」と、するりと俺の頬を撫でたカカシ先生の動きが止まった。
「ん?あれ、イルカ先生、もしかして熱が・・・」
その時だった。
「なーにしているんだ、こんなとこで?」
のんびりとした声が聞こえた。
カカシ先生と同じ上忍のアスマ先生だった。
「アスマ先生!」
天の助けとばかりに名を呼ぶ。
「あ?カカシにイルカじゃねーか」
大きな体が姿を現した。
ああ、まるで女神様のようだ。
カカシ先生は、ちっと舌打ちして「アスマか」と不機嫌そうに呟いている。
アスマ先生が現れたことによって一瞬だけカカシ先生に掴まれている手の力が緩んだ。
その隙を突いてダッシュする俺。
悪いと思ったけれど俺は、そのまま家を目指した、一目散に。
後ろで何やらカカシ先生が喚いているのが聞こえた。
「邪魔するな」とか「いいところだったのに」とか「二人の将来について話そうと思っていたのに」とか。
何のことやら皆目見当はつかなかったが俺はカカシ先生から逃げ出すことが出来た。
そして家路を急ぐ。
周りは既に薄暗く夕闇になっている。
俺の体は熱が出てきたのか外気温がひどく冷たく感じられた。
体が勝手に震えてきた。
急ぎ足で歩いていると、ふと俺の第六感か何かが後ろを振り向かせた。
虫の知らせに近いものかな。
で、振り向くと遠く後方に白い影が見えた。
夕闇に白い影が揺らめいているのが、はっきりと見える。
もしかして、ゆ、幽霊?
心臓が、ばくばくと勢いよく音を立て始めた。
早足で、そして駆け足になっても幽霊は、ぴったりと俺について来る。
どこまでもついて来た。
めちゃくちゃ怖い。
カカシ先生の時の怖さとは別物だ。
やっとのことで家に着き玄関を開けて中に入る。
急いで鍵を掛けた。
幽霊に鍵が通用するか解らないけれど。
家について一先ず、安堵した俺は風邪も相重なって玄関の扉に背中をつけたまま、
ずるずると滑り落ち床に座り込んでしまった。
完全に力が抜けてしまった。
どっと疲れが出てきてしまう。
風邪は悪化している。
俺は最後の力を振り絞って風邪薬を飲むとベッドに入った。
布団の中で幽霊だと思った白い影のことを思う。
そういや、カカシ先生の頭も白かったけ・・・。
もしかして、あれはカカシ先生のだったのかな。
しかし考える間もなく俺は深い眠りの闇に身を委ねたのだった。
その二
その四
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