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感情も時も止まってしまったような錯覚にイルカは陥った。
構うものかと、がさっと音を立ててカカシの前に姿を現した。
黒髪の人物は大人しくカカシの腕の中に収まって動く気配はない。
慌てていたのはカカシである。
「あっ!イルカ先生!」
カカシがイルカの姿を見とめて、ひどく驚いたように声を上げた。
そりゃあ、そうだろなあ。
イルカは人事のように心の中で思う。
恋人との逢瀬を誰かに見られたんじゃ慌てるよなあ・・・。
カカシの腕の中の人物が、もはやカカシの恋人にしか思えなかった。
「あのっ、イルカ先生、こっこれは・・・。」
カカシは慌てふためき、抱きしめていた人物から腕を放す。
そしてイルカの見えないように背後に隠した。
「ちっ違うんです、ちょ、ちょっと魔が差して練習していただけで他意はなく・・・。」
ひどく慌てているのか、カカシの言っていることは要領を得ない。
「俺、その、ええと・・・。」
口篭るカカシにイルカは何も言葉を発しなかった。
発することでできないといった方が正しい。
「イルカ先生!」
大きな声でカカシに名を呼ばれ、止まっていたイルカの感情も時も動き出す。
カカシは自分に恋人との仲を見せ付けるために自分を呼び出したのだろうか?
実はカカシ先生にとって俺は迷惑な存在だったのだろうか・・・。
親しくなっていたと思っていたのは自分だけで。
そんな思いが押し寄せてきて、イルカは。
ただただ・・・。
悲しかった。
馬鹿みたいだ、俺。
これ以上、恋人と一緒にいるカカシを見ていることが出来ずにイルカは、くるりと踵を返すとカカシに背を向けた。
そのまま歩き出し、いつしか早足になる。
一刻も早く、この場から去ってしまいたかった。
後ろからカカシの声がして、何かを言っていたが・・・。
その声がイルカに届くことはなかった。
早足で歩き受付所のある棟の入り口まで来た時に同僚とあった。
アカデミーでイルカの隣の机にいる同僚である。
イルカを探していたらしい。
「あ、イルカ、ここにいた。探したんだぞ。」
「悪い、どうかしたのか。」
「ああ、今日の受付はシフトが急遽変更になって明日入ってほしいってさ。」
「わかった。」
今日のイルカの受付所の当番変更を伝えにきてくれたらしい。
「イルカ?」
ふと同僚がイルカの顔を覗き込んできた。
「変だぞ、顔色が・・・。青白い顔だ。」
「そうか?」
自分で自分の顔に触れてみる。
血の気が引いているのか、氷のように冷たかった。
「朝、俺が余計なことを言ったせいか?・・・すごく悲しそうに見える。」
同僚が言ったのは失恋のか、ということだ。
今更ながら、本当のことになったので同僚を責める気なんてイルカには毛頭もなかった。
だが、一歩離れて同僚がイルカを見る。
「ごめん。」と頭を下げられた。
「気にしてないよ。だから、気にすんなって。」
イルカは同僚の肩を軽く叩くと「伝言ありがとな。」と笑ったのだった。
仕事がないとなると帰るしかない。
何も考えたくなかった。
一人になりたい、でも一人になりたくなかった。
頭の中が、ぐちゃぐちゃになっていて考えが纏まらない。
強く思ったのは、この世界から消え去ってしまいたい。
そんなことを思うほどイルカはダメージを受けていた。
カカシと恋人との衝撃的な現場を見てしまったこと・・・。
それがイルカの心を深く傷つけていた。
アカデミーの職員室へ置いてあった荷物を取りに帰ろうとした時に声を掛けてくる者があった。
「よう、イルカじゃないか。」
口にタバコを銜えたアスマが長椅子に座ってタバコを吸っている。
アカデミーの職員室へ戻ろうとして、偶然、喫煙スペースを通りかかったようだ。
「なんだなんだ、不景気な顔をしているなあ。」
アスマは気軽に話しかけてくる。
「どうしたんだ、何か心配事か?」
気軽さの中にも気遣いを見せてくるところがアスマらしい。
「いえ。」
力なくイルカが首を振るとアスマがタバコの箱を差し出してきた。
「一本吸うか?偶に吸うと気晴らしになるぞ。」
吸えないことないんだろ、と促されイルカはタバコに手を伸ばした。
今は吸っていないが二十歳の頃は興味本位で吸っていた時期がある。
「いただきます。」
そう言ってタバコを一本取り、アスマからライターを借りて火を点けた。
タバコを吸うようにしながら火を点ける。
火が点くとタバコの独特の匂いが立ち込めた。
口の中の煙をイルカは吸い込んだ。
そして吐き出した煙が、ゆるゆると上っては消えていく。
久しぶりに吸ったタバコの味は、ひどく苦かったのだった。
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