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店を出てカカシと別れて一人になったイルカは、とぼとぼと家路を歩く。
別れ際、カカシは大層、優しい声でイルカのことを気遣ってくれた。
「イルカ先生、大丈夫?」
訊かれてイルカは、顔を伏せる。
「・・・何がですか。」
問い返した声は暗くなってしまった。
「うん、あのね。」
自分の方を見ないイルカに、それでもカカシは辛抱強く話しかけてきた。
「お酒を急に飲みだしたり、俺の話も上の空みたいだったし・・・。」
原因は解らずとも、イルカが情緒不安定になっていたのをカカシなりに察していたのだ。
それから聞こえたカカシの声は不安げだった。
「もしかして体調でも悪いんですか?何か、心配事でも?だったら、今日、誘ったのは・・・。」
自分が悪い、と言いそうな気配だったので、イルカは急いで顔を上げた。
顔を上げると思ったより近くにカカシの顔があったことに驚く。
カカシの目は、しっかりとイルカを見据えていた。
「あの・・・。」
「はい。」
近い距離にあるカカシの顔に、どきりと心臓が音を立てる。
「カ、カカシ先生の所為じゃないんです、今日の俺の・・・。」
俺の・・・、何だろう?
ひどく胸が苦しくなった。
締め付けれるように息が出来なくなる錯覚に陥りそうになる。
とにかく、イルカは無理に笑った。
無理に笑うと心が、ちくちくと痛む。
「俺のことは気にしないでください。特に何でもありませんから。」
続いて口から思ってもみない言葉が飛び出した。
「カカシ先生には関係ありませんし。」
今は、自分のことは放っておいてほしい。
気持ちが整理できたら、いつものように、ちゃんと話せるようになるから。
そんなことを考えていたのに、全く別にことを言ってしまった。
イルカの言葉を聞いてカカシは片眉と、ぴくりと跳ね上げた。
「俺に・・・、関係ない?」
一瞬だけカカシから険悪な空気が流れてきたが、それはすぐに掻き消えた。
「イルカ先生。」
カカシの声は、どこまでも穏やかで優しかった。
「きっと、今日はお疲れなんですね。」
カカシは子供に言い聞かせるように言う。
「今夜は、ゆっくり寝てくださいね、明日も仕事ですから。」
そう言われて別れてきたのだ。
最後にカカシは「本当は家まで送って行きたいんですけどね。」と残念そうに言っていたのが印象に残っている。
けれども、イルカは。
カカシと別れて一人になって、ほっとしていたのだった。
胸の苦しさは消えなかったけれども。
次の朝。
眠れぬ夜を過ごしたイルカは、洗面所で鏡に映った自分の顔を見て呟いた。
「・・・ひどい顔だな。」
顔色も優れず、目の下には薄っすらと隈が出来ている。
何より目が兎のように赤い。
泣いたわけでもないのに。
そんな自分を見てイルカは自嘲する。
「一人で落ち込んでいりゃ、世話ないよなあ。」
冷たい水で、ばしゃばしゃと顔を洗った。
顔から垂れてきた滴を手の甲で拭うとイルカは自分を元気付けるように言ってみた。
「気持ちを切り替えないとな。もう大人なんだから失恋の一つや二つや、十や二十くらい・・・。」
ふと、そこで改めて自分の人生を振り返ってみると。
「仕事が忙しくて今まで恋愛の一つもしてないんじゃないか、俺。で、人生初めての恋愛とやらが、気づいていなかった片思いと気づいた直後の失恋のダブルセット、か。」
声に出して自覚してみると全然、元気の出ないイルカであった。
食欲もなく、朝食も食べずにアカデミーへと出勤する。
出勤したものの気持ちが落ち込み、書類を捲る手にも力が入らない。
頭の天辺で結っている髪が、その日はひどく邪魔に感じられた。
鬱陶しい。
「髪、切っちゃおうかなあ〜。」
そんなことを呟いたイルカに隣の席の同僚が面白げに声を掛けてきた。
「おっ、髪を切るなんてどうしたんだ?」
「べっつに〜。」
「失恋でもしたのか?」
その言葉にイルカは何も言えず、黙ってしまう。
「あ・・・。もしかして、図星?」
同僚が罰の悪そうな顔になる。
「すまん、つい調子に乗って・・・。」
「いや、いいんだ。」
イルカは態と素っ気無く、さらりと流した。
「もう終わったことだから。」
もう終わったこと・・・。
そうなんだ、とイルカは強く自分に言い聞かせた。
始まる前に終わってしまったことなんだ、と。
一日中、気が沈んだまま仕事をし、気がついたら夕方で受付所へと行く時間になっていた。
一旦、アカデミーの仕事に区切りをつけてイルカは受付所へと向かう。
その時に思い出した。
「あ、カカシ先生との約束・・・。」
時計と見ると約束の時間から五分ほど過ぎていた。
カカシと会うのは気が進まなかったが約束を破るのはいただけない。
会うだけだから・・・。
イルカは自分に説得する。
昨日のカカシの様子からは、何やら自分に話があるような素振りであったが。
「何の話だろう?」
わざわざ、二人きりで会うなんて。
「すぐ済めばいいけどなあ。」
はっきり言ってカカシと二人きりで会うなんて辛い。
重い足取りでイルカはカカシに指定された場所へと向かったのだった。
カカシとの約束の場所は人気がなく、受付所の建物から少し離れた所であった。
鬱蒼と木立が生い茂っている。
「カカシ先生、どこにいるんだろ・・・。」
うろうろ、と木の間をさ迷いカカシの姿を探すものの、中々見つからない。
いっそのこと名前でも呼んでみようか、とイルカが思った時、木立の奥の方からカカシの声が微かに聞こえてきた。
近づいてみると、誰かと話しているようである。
声のした方を木の陰から、そっと見てみると、そこには・・・。
カカシと、後ろ姿だけしか見えなかったが背の高い肩より長めの髪を下ろした人物が向かい合わせで立っていた。
黒髪が艶やかに光っている。
イルカの目には女性のように映った。
その人物にカカシが微笑み、手を広げた。
しっかりと、その人物はカカシの腕に中に抱き込まれていく。
優しく優しく抱きしめられていた。
抱きしめたカカシは幸せそうな顔になっている。
それは傍から見ていたイルカでさえも、カカシの幸せが伝わってくるような、そんな顔。
自分とではない誰かといて幸せそうなカカシ。
カカシに抱きしめられる誰か・・・。
多分、女性。
イルカの中で何かが音を立てて、がらがらと崩れ落ちていった。
カカシと築いてきた関係や思い出。
心の中にあった最後の砦とも言える大切なもの、失恋しても好きでいてもいいという気持ち。
それが呆気なく、総て無くなっていったのであった。
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