あなたへの言葉6
カカシと飲みに来たイルカは、すこぶる緊張していた。
上忍と二人きりという状況で、飲みに来たことなど一度もなかったのだ。
何を話せばいいのだろうか、とそわそわしてしまう。
そんなイルカの様子に気遣ってか、カカシは店に入ると手際よく酒と料理を注文した。
入った店の雰囲気も堅苦しいものではなく、イルカが日頃来ているような感じの店だったし、カカシは注文の際にもイルカに苦手なものがないか聞いてくれた。
注文した酒が来るとカウンター席に並んで座った二人は、かちんとグラスを合わて乾杯する。
「再会を祝福して。」
カカシが口上を述べた。
雰囲気に飲まれたまま、酒の入ったグラスを口にしながらイルカが、そっとカカシを伺うと無邪気に、にこりとされた。
「まあまあ、少しリラックスしてよ。イルカ先生のこと、取って喰ったりしないから。」
「・・・本当ですね。」
「うん。」
うん、答えながらカカシは今はね、という言葉を飲み込んだ。
嘘は言っていない。
ただ、正直に全部言ってないだけだけどね、とちょっと悪いことも考えていた。
そんなことを気取られないようにカカシはイルカに酒を勧める。
「さあ、もっと如何ですか?イルカ先生、明日は休みじゃないですか。」
下調べもばっちりだ。
「とりあえず、過去のことは一時置いといて、今は親睦を深めようじゃありませんか。」
言葉巧みに誘導する。
「なんたって、イルカ先生の教え子を、現在俺が教えているわけですから。教師同士の仲がいいことは子供たちにとっても良い影響になるわけですから。」
イルカの弱点も知っていた。
「そ、そうですね。」
子供たちのことを持ち出されるとイルカの警戒も緩んだ。
「子供たちもイルカ先生のことを、とても慕っていてよく話題に出ますよ。」
カカシはイルカのグラスに既に何杯目かの酒を注いでいる。
子供たちの話と酒の力で、すっかり緊張が解けてしまったイルカは、にこにことした顔になった。
「カカシ先生に子供たちを指導していただいて嬉しいです。」
そんなことも言っている。
「そうですか。」
カカシは、イルカを表情を見て自分に慣れてきたようだと思い、慎重に質問を開始した。
是非とも、聞きたかったことがあるのだ。
「ねえ、イルカ先生。」
「はい、なんでしょうか。」
頬が少し赤くなったイルカは上機嫌で答える。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「どうぞどうぞ。」
イルカはグラスの酒を、ぐびりと飲み干した。
すぐさまカカシは酒を注ぎ足す。
「どーんと、なーんでも聞いちゃってください。」
その言葉に甘えて聞いてみた。
イルカの耳元に口を寄せて、手で覆い内緒話でもするように小声で言う。
「昼間、もう自分は子供じゃないって言っていたけど。」
更に声を潜める。
「じゃあ、俺と二回目のキスをしてから何回キスしたの?」
低い声を出して、必要以上に甘い雰囲気を作り出した。
「三回目のキスは誰と、いつ、どこでしたの?教えて・・・。」
カカシの質問を聞いたイルカは、一瞬だけ動きが止まり、次に口に含んでいた酒を噴き出しそうになった。
辛うじて堪えて、酒を噴き出しはしなかったものの、変なところに入ってしまって激しく咳き込む。
「ご、ごほごほっ。な、何て事聞くんですか・・・。」
急いでイルカの背を擦っているカカシは悪びれた様子もない。
「だって、知りたかったんだもん。教えてくれたっていいじゃない。」
丸っきり子供の言い分のようだった。
咳が収まったイルカは少し酔いが醒めたようでカカシは、じろりと睨む。
「そんなこと教えられません。俺が誰と、いつ、どこでキスしようが自由でしょう。」
「え!・・・ってことは、もう何回もキスを経験済みなの?」
「あ、当たり前じゃないですか。あれから・・・何年経っていると思っているんですか。」
イルカは頬に酒精の所為ではない赤みが差した。
「そそ、そんなの、もう〜、何回も経験してますって。数え切れないほどの回数ですよ・・・。」
明らかに動揺しているイルカを観察しながらカカシは酒を口に運ぶ。
イルカが言ったことは、見え見えの嘘のような気がする。
いい訳めいたことをイルカは更に付け足した。
「だ、だからカカシ先生としたキスのことは、余り記憶にありません。」
「ふーん、そうなんだ〜。」
射抜くようなカカシの視線を受けてイルカは居心地悪くなったのか、カカシから顔を背ける。
「あ、そういえば。」
話の流れを変えるためにか、イルカは別の話題を振ってきた。
「カカシ先生。来春、ご結婚されるんでしょう?」
「・・・・・・・・・は?」
「噂で聞きましたよ。好きな方がいらっしゃって、男として責任を取るために結婚するって。生涯を誓った仲だとかって。」
まさに耳に水である。
イルカに言われてカカシは古い記憶を探ってみた。
遥か昔・・・といっても今よりもう少し若い頃、告白された女性に、そのような断り方をしたのを思い出したのだ。
好きな人がいるかも、責任取らなきゃいけないとかなんとか言ったような気がする。
しかし、その内容がものすごく誇張されている。
噂が勝手に一人歩きした結果だった。
「そんな方がいらっしゃるのに、俺とのキスがどうこう言っていたら、相手の方が気を悪くされますよ。」
イルカは親切で言ったのだろうが、カカシは目の前のイルカに言いたかった。
その噂の相手ってイルカ先生ですよ、と大声で言ってみたかった。
そしたら、イルカはどんな反応をするだろうかと、ちょっと、わくわくしてしまう。
だが、そこは大人として、ぐっと我慢して念入りに訂正だけしておくことにした。
「あー、それね。大嘘ですよ。」
「嘘?」
イルカが首を傾げる。
「でも、みんなが言ってますよ。来春のカカシ先生の結婚は、木の葉の教会で、披露宴は木の葉会館で、仲人は火影さまで、新居は木の葉マンションの最上階総てだって。」
噂って恐ろしい。
カカシはしみじみと痛感した。
軽々しい発言は今後、慎もうと心に誓った。
「あのですねえ。」
カカシはイルカの顔を自分に向けさせて、しっかりと目を見ながら、はっきりと言った。
「それは全部、嘘の噂です。当の本人が言ってるんだから、間違いありません。」
「でも・・・。」
「でもも、しかしも、ありませんて。それは総て事実無根ですよ。」
「はあ。」
「だいたい俺より噂を信じるんですか、イルカ先生?」
「いえ、カカシ先生がそう言われるのなら。」
イルカはカカシの、きっぱりとした言い方に強い自信を感じて信じることにしたようだ。
「なら、よかった。」
カカシはイルカの誤解が解けたようなので安心する。
「じゃ、改めて乾杯しましょう。」
「そうですね。」
グラスを、もう一回、合わせると二人は仲良く飲みだした。
結局、イルカの三回目以降のキスをしたのか、しないのか分からなかったけれども。
その後、結構なペースで飲んだ二人は、結構な酔っ払いになって店を出た。
ふらりふらりとイルカは歩いている。
「家まで送りますよ。」
イルカに比べると、まだ酔っていないカカシが肩を貸すとイルカは機嫌良く寄り掛かってきた。
「すみません。」
笑顔が絶え間ない。
なんだか恋人のようだと錯覚してしまう。
「俺ね〜。」
月を見ながらイルカは、子供が夢を語るように言った。
「初恋の人とファーストキスをして、その初恋の人と結婚するのが夢だったんですよね〜。」
ことりとカカシの肩に頭を乗せる。
「でも、駄目だったんですよね〜。」
残念、と呟いて寂しそうな顔になった。
思わず、カカシは「駄目じゃないよ。」と言ってしまった。
「え?」
イルカは聞き返してくる。
「いいえ、なんでもないですよ。」
カカシは誤魔化すようにイルカの頭を撫でた。
そして聞こえないようにもう一度言った。
「駄目じゃないよ、イルカ先生。」
あなたへの言葉 5
あなたへの言葉 7
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