また雨の日
また雨の日、イルカ先生に出会った。
また、びしょ濡れだった。
対して俺も雨具の準備をしてなかったので体中、濡れている。
今度は逃がさないように、がっちりと腕を掴んだ。
やはり、イルカ先生の体は冷たく、凍えている。
なんとなく、あっためてあげたいと思った。
「うちに風呂に入りに来なさいよ」
そう言うとイルカ先生は、明らかに嫌そうな顔をした。
「この前も言ったはずですよね、俺、人のものって嫌なんです」
それに、とイルカ先生は言った。
「ここからなら自分の家の方が近いです」
「あ、そう」
あっさり俺は結論を出した。
「じゃあ、イルカ先生の家に行きましょう」
「は?」
「俺をあっためてください」
「・・・なんで?」
イルカ先生が不可解そうな顔をしていたが知らない振りをする。
「さ、早く」
イルカ先生の腕を引っ張ると、ものすごく困った顔をされた。
・・・困った顔。
前回に続いて、またしても意外な一面を見てしまった。
この人の困った顔なんて、初めて見る。
いつも、笑っている顔しか見たことない。
あとは怒った顔。
イルカ先生の心底、困った顔なんて誰も知らないに違いない。
俺だけが見た・・・。
非常に興奮を覚えたってか、優越感。
「やめて・・・もらえませんか?」
「え、何を」
イルカ先生が俺が掴んでいる腕を引っ張り返した。
「人のものが嫌ってことは、人に触られるのも嫌なんです」
・・・我が儘。
「何、言ってんの。アカデミーでは子供たちと触れ合っているじゃない」
「子供は別です」
・・・へ理屈。
「俺を子供たちを同じだと思えばいいでしょ」
「無理です」
即答だった。
むっ、何それ。
納得がいかない。
「苦手を克服することは大切です」
「人生は諦めが肝心です」
言い合いになっている。
そうこうするうちに、イルカ先生の忍服はどんどん冷たくなってきた。
掴んでいる腕の部分は大量に雨水を吸って重くなってきている。
体も相当冷えているだろうに。
言い合っている時間がもったいない・・・。
「あー、もう、面倒」
ほーんと、面倒な人だ。
だけど・・・。
放っておけない。
ここでイルカ先生を放ってしまったら、負けのような気がする。
自分自身に負けるような気がした。
「面倒って・・・。面倒だったら、放っておいてください」
俺の心を読んだのか、イルカ先生はそんなこと言う。
「うん、面倒なんだけどね」
言いながら俺は腕を引き寄せ、体を引き寄せ。
「よいしょ」
イルカ先生の体を担ぎ上げた。
「わっ!え?な・・・」
俺の突然の行動にイルカ先生絶句。
「イルカ先生、重〜い」
からかい半分冗談半分に言うと耳を引っ張られた。
「いてっ、痛い痛い。ごめん、うそうそ」
実は、そんなに重くはない。
むしろ軽い方なんじゃないのか、俺と同じくらいの身長なのに。
「行きますよ」
「え、どこに?」
「俺の家に」
「俺の家って・・・」
「俺の家は俺の家」
ここからイルカ先生の家の方が近いと言うが、俺の家だって言うほど遠くない。
全速力で走れば、すぐに着くはず。
俺は実行した。
「到着〜」
言ったときには俺の家の中にいた。
玄関だ。
俺とイルカ先生の体から水滴が、ぽたぽたと落ちて玄関を濡らす。
「あー、早く風呂に入らなきゃ」
あったまらないと駄目だな、こりゃ。
「いいです、帰りますから」
担いでいたイルカ先生が往生際悪く、暴れ始めた。
「はいはいはい」
ここで下ろしたら、逃げてしまうな。
俺は下足を脱ぐと風呂場へ直行した。
歩くと濡れているので俺の足跡が、ぺとぺとつく。
洗面所兼脱衣所でイルカ先生を下ろした。
「風呂は沸いています」
俺んちの風呂は便利で、タイマーセットが出来る。
帰ってくる時間を計って、沸かしておいた。
「逃げようたって無駄ですからね」
棚の上のタオルを渡す。
「着替えは後で持ってきます」
脱いだ服は洗濯機に入れるように指示した。
「よーく、あったまってらっしゃい」
不服そうだったイルカ先生が、ふと俺を見た。
俺の顔を。
「・・・俺が先にですか?」
にやっ。
「一緒に入りたいの?」
まあ、俺はそれでも構わないけど。
うちの風呂は広いし、男二人くらい入っても余裕。
そう言うとイルカ先生は、ぶんぶんと首と振った。
ちっ、期待したのに。
男心が、ちょっぴり傷ついた。
「ま、俺はイルカ先生の次に入りますから」
「はい」
イルカ先生は観念したようで。
俺がタオルを一つ手にして、洗面所兼脱衣所を出ると同時に服を脱ぐ気配がして、風呂場の戸が開く音がした。
出てきた俺は濡れた服を脱いで、一箇所に纏める。
持っていたタオルで体を拭いて一息。
「ふ〜」
やっぱり、家はいい。
窓の外を見ると雨が土砂降りになっていた。
窓ガラスに打ち付ける雨粒は大きい。
今晩は雨は止まず、朝まで降り続きそうだ。
まずは服を着て、と。
ラフな服に着替えた。
んで・・・。
「イルカ先生のは〜」
何がいいかなあ。
タンスの中やクローゼットをがさごそ漁る。
「人のものが嫌、とか言っていたからな〜」
何を着せたらいいんだろ。
幸い、下着とかは新しいのがあったからいいとして。
「うーん、難しい・・・」
新しい服がない、困った。
「これでいいかな?」
押入れの一番奥に眠っていた服に辿り着いた。
「どうだろ、これ」
びらーん、と目の前に翳してみる。
「いいんじゃないかな、あんまり着てないし」
くん、と匂いを嗅いでみる。
ずっと押入れに入れっぱなしだから黴臭かったらヤバイと思ったけど、大丈夫だ。
少し湿気っぽいけど、まあ、ご愛嬌ってことで。
見つけた服に満足した俺は洗面所兼脱衣所に行くと中に声を掛けた。
「着替え、ここに置いておきますね!」
「あ、はい」
中から慌てたような小さな声が聞こえたので安心する。
ついでに洗面所兼脱衣所の外にあった濡れた俺の服を洗濯機に突っ込んだ。
イルカ先生の服は入っていたから、そのまま洗濯洗剤を入れてスイッチポン。
洗濯から乾燥までやってくれるコースにした。
後は待つだけ。
俺もイルカ先生が風呂から出るのを待つだけ。
ビールでも飲んで待つことにした。
「・・・遅くない?」
イルカ先生が風呂に入って、そろそろ三十分が経過しようとしていた。
俺が飲んでいるビールも三缶目。
飲み終わりそうだ。
「長湯で上せたとか?」
まさか、風呂場で倒れているとかないよな。
心配になって、洗面所兼脱衣所の引き戸をそろそろ開けると、そこにイルカ先生はいない。
ということは、まだ風呂?
帰ったということはないよな、服もないし。
念のため、呼びかけた。
「イルカ先生?上せてない?」
「は、はい、今、出ます」
ざぶん、と湯の溢れる音が聞こえる。
湯船に浸かっていたようだ。
「急がなくていいからね」
安心して俺は洗面所兼脱衣所を後にした。
「すみません」
急いで風呂から上がってきたと思われるイルカ先生はタオルで髪を拭いていた。
「遅くなってしまって」
ぺこ、と頭を下げる。
「長湯なんですね」
そう言うとイルカ先生は上気した顔で頷いた。
「温泉とか好きで」
「へえ、そうなんだ〜」
新発見。
若いのに温泉が好きだなんて珍しい。
「ビール飲みます?」
冷蔵庫を開けて冷えたビールをイルカ先生に手渡す。
その際に、手が触れたのだけどイルカ先生の手は、すごく温かくなっていた。
ちゃんと風呂であったまってきたみたい、よかった。
「じゃ、俺もちゃちゃっと風呂に入ってきますんで」
「ちゃんと温まってきてください」
「はーい」
風呂から上がったイルカ先生は・・・。
風呂に入ってリラックスしたのか砕けた様子で、だいぶ俺に慣れたみたいだった。
服も嫌がらずに着ていたし。
しかも、その服はよく似合っていた。
目に焼きついて離れない。
イルカ先生の浴衣姿が。
妙に色っぽかった・・・。
風呂であったまって上がると、イルカ先生が正座してビールを飲んでいた。
こんなときも先生みたい。
風呂から上がった俺は、もう一本ビールを冷蔵庫から取り出した。
イルカ先生の前に座る。
正座なんて行儀いいものではなくて、胡坐。
プルタブを開けて、勝手にイルカ先生の飲んでいるビールと乾杯。
「お疲れさまでした」
お互い任務だったしね。
ごくごくと飲む風呂上りのビールはうまい!
「うまい!」
思わず、口に出てしまった。
「そうですね、美味しいですね」
ごく、とビールに口を付けたイルカ先生の喉が嚥下する。
喉を通過したビールはイルカ先生の胃の腑に落ちていくのだろう。
見蕩れてしまった。
「どうかしましたか」
イルカ先生の顔は不思議そう。
「えー、いや、何でも」
ビールを飲んで誤魔化した。
浴衣ってさ、胸元が開いているから鎖骨も見えちゃうんだよね。
喉、鎖骨、胸って・・・。
イルカ先生が飲んでしまって見えないのに、ビールを目で追ってしまった。
「変な人ですね」
そのとき、イルカ先生が微笑んだ。
おかしそうに。
変な人だなんて言われてしまったけれども、俺はその微笑みに見蕩れてしまった。
遠くからは見たことがあるイルカ先生の笑顔。
間近で見ると迫力が違う。
魅せられるっていうか、惹きつけられる。
しかも、この微笑みは俺だけのもの。
飲んでいたビールの缶を置いて、俺はイルカ先生の方に身を乗り出した。
「イルカ先生!」
「はい」
ぱちぱち。
イルカ先生の目が瞬く。
「俺、断然、イルカ先生に興味が沸いてきちゃった!」
首を傾げるイルカ先生。
「もっとイルカ先生のこと知りたいな」
一度、興味を持つと、とことんまで極めるタイプだ。
全部、総て知りたくなる。
「今夜は語り明かしましょう」
窓の外は土砂降りから季節外れの嵐に変わりつつある。
イルカ先生が自宅に帰るのは、早くても明日だ。
帰ろうとしても帰れない。
帰らせない。
「俺はいいです」
イルカ先生はつれない。
「雨が弱まったら帰りますので」
また帰るか〜、ったくもう。
俺に慣れたんじゃなかったのか?
人のものは嫌でも、俺は嫌じゃなくなったんじゃないのか?
じゃなかったとしたら・・・。
「いいじゃないの、親交を深めましょうよ」
にこにこしながら詰め寄る。
絶対、逃がさん。
今夜はイルカ先生のことを知ると共に俺に慣れてもらおう、そうしよう。
今後のためにも、そうしよう。
勝手に決定。
「ね、イルカ先生?」
イルカ先生の手に自分の手を重ねると・・・。
びくっと震えて、面白い反応をしてくれた。
もっと意地悪したくなる。
この感情は何なのだろう?
「俺は優しいよ」
目を細めてイルカ先生を見つめると、可愛く見えたのは・・・。
きっと目の錯覚だろう、と思いたい。
雨の日
雨のち晴れ
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