雨のち晴れ
「あははは〜」
何故か、陽気に笑っていた。
外は陽気とは間逆の天気なのに。
「イルカ先生、酒、強いですね」
俺とイルカ先生の間には飲んだビール缶が所狭しと転がっていた。
完全に二桁はいっている。
「こんなに飲んだの久しぶりです!」
酒を飲むのが楽しい。
それはイルカ先生のお陰なのかもしれない。
話し相手がいて飲むのは一人きりで飲むのと随分違う。
「強いって」
困惑したようなイルカ先生の声。
イルカ先生は、きっちりと正座していて足を崩していない。
痺れたりしないのだろうか。
「これ、飲んだの俺じゃないですよ?」
イルカ先生は両手で最初に俺が渡したビールの缶を大事そうに持っている。
「俺、まだ一缶目ですし・・・」
「そうでしたっけ?」
プシュ、と俺は新しいビールの缶を開けた。
ごくごく飲んで、そのまま飲み干して空ける。
「ペース早くないですか・・・。大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ〜」
「お水、持ってきましょうか」
心配そうなイルカ先生。
「いりませ〜ん」
ほんと大丈夫、これくらい何のその。
「摘まみでも作りたいところですが」
ちら、とイルカ先生が俺の冷蔵庫を見る。
「冷蔵庫にはお酒だけしか入っていませんでしたね」
俺の家には食料が何もなかった。
「お酒だけというのは」
イルカ先生は眉を潜めている。
「だってですね」
新しいビールに口を付けながら俺は言った。
「家には、ほとんどいない状態ですし。疲れて帰って来て、何も作る気起きません」
正直に言うとイルカ先生は頷く。
「それもそうですね」と。
「その気持ち分からなくもないです」
・・・そういや、イルカ先生も俺と同じ独身だ。
でも。
「イルカ先生って摘まみ作るって料理出来るの?」
ごく自然な疑問。
「え?俺ですか」
唐突に質問を振られてイルカ先生は、びっくりしたようだ。
まるで、俺がイルカ先生に関心ないとでも思っていたみたいに。
「少しはしますよ。一人暮らしですから」
そうだよね、一人暮らしだもんね。
「と言っても簡単なものばかりですが」
「ふーん」
何の気なしに口にした。
「食べてみたいなイルカ先生の料理」
イルカ先生は俺の発言を聞いて、更にびっくりした顔になった。
「ところでさ」
ビールをぐびぐび飲みながら俺はイルカ先生に言った。
ちょーっとだけ思考が散漫なので話題が飛んでしまう。
「イルカ先生、言っていたよね。人のものが嫌い、人に触れられるの嫌いって」
イルカ先生の表情が僅かに硬くなる。
「そんなこと・・・」
ビールを一口、ゴクリを飲んでイルカ先生は突き放したように言った。
「関係ないじゃないですか」
どうでもいいでしょ、みたいな感じで。
・・・まあ、普通の状態の俺なら「あ、そ」で、多分終わらす。
けれども、今はビールを飲んで酒が入っている状態。
まあ、気分は少しハイかな〜。
なので、イルカ先生に絡んでしまった。
「関係ないなんて冷たいなあ、俺とイルカ先生の仲じゃないですか〜」
「どんな仲です」
イルカ先生はつれない。
「ほとんど話したこともなくて、挨拶くらいしか・・・」
まあ、今まではそうだったけど。
「今、たくさん話したでしょ」
挨拶だけとは言わせない。
俺は持っていたビールの缶を置いた。
ついでにイルカ先生が握っていたビールの缶も置く。
そんでもって、礼儀正しく正座したままのイルカ先生の方へと両手と両足をついたまま近づいていった。
俺の両手はイルカ先生の膝のすぐそばで、体はイルカ先生の方へと乗り出している。
もう少しで体がくっ付きそう。
「あ、あの・・・」
身を引こうとイルカ先生はしたが、そうはさせない。
ぐ、と腰を掴んだ。
「ん〜、何か嫌なことでもあったの?それで、人が嫌になったとか」
それは考えられる。
「だから、人と触れ合いたくないの?」
む、とイルカ先生が俺を睨む。
迫力ないけど。
「言う必要ありますか?」
挑むような目つき。
強気なイルカ先生。
・・・・・・面白い。
楽しくなってきた。
「教えてよ、誰にも言わないから」
耳元で囁いて懐柔作戦。
しかし、イルカ先生には効かなかった。
「言いたくないの?」
「そうです」
そう言われると、否が応でも聞き出したくなるのが人の性。
「教えてくれないのなら・・・」
どうしよっかなあ〜。
顔が、にやにやしてしまう。
にやあ〜りって。
「腕尽く?押し倒しちゃう?」
「そんなの卑怯です」
イルカ先生が猛抗議してきた。
「力の差は歴然なのに。相手を自分の意のままにしようとして、力に訴え出るなんて」
「まあ、そうねえ」
「弱者に対して強者がやることじゃありません」
・・・弱者って。
・・・・・・強者って。
「そんなことしたら見損ないます、嫌いになります」
「冗談だけどね」
ちょっとした冗談だったんだけど。
「そんなにむきにならなくても」
「言っていい事と悪い事があります」
イルカ先生は本気で、そう思っているようだった。
「すみません、調子に乗りすぎました」
素直に俺は謝った。
「俺も言い過ぎました・・・」
むきになって恥ずかしくなったのか、イルカ先生が俯く。
俯くと、イルカ先生を見上げている俺を見下ろすような形になって、顔と顔がすっごく近くなった。
近くで見るイルカ先生の目は真っ黒で睫が長く、顔に翳を落として微妙な陰影と作っている。
なんか見蕩れてしまった。
イルカ先生も俺の顔に見蕩れていたようで暫くしてから、はっとしたような顔になる。
「俺って、いい男?」
そう聞くとイルカ先生が「全然です」と可愛くない返事が返ってきた。
「俺も大人げなかったです」
イルカ先生は顔を赤らめた。
「むきになったりしてすみません」
俺のように素直に謝ってくる。
「まあ、いいでしょう」
俺は尊大に寛容に鷹揚に頷いた。
「許しますから、俺も許してくださいね」
ふっとイルカ先生が笑った。
あ、いい顔。
「ユニークな人だったんですね、カカシ先生って」
あ、俺の名前。
そういえば、呼んでもらってなかったな〜。
「うん、そう。俺といると退屈しないよ」
「そうみたいですね」
「うんうん、そうそう」
目を細めたイルカ先生が俺の頭を撫でてくれた。
自然と、アカデミーで子供にするように。
大人の男が大人の男に頭を撫でられるって、考えてみれば奇妙な図だけど。
そのときは深く考えなかった。
ただ、イルカ先生の手が気持ち良くて。
もし、俺が猫だったら、ごろごろと喉を鳴らしていただろう。
それくらい、イルカ先生に俺は短時間で心を許してしまっていたのだろう。
イルカ先生に寄りかかって、頭を撫でられて目を閉じる。
人の体温って久しぶりだ。
風呂とは違うあったかさで、落ち着く。
体温て不思議。
とても気分が良かった。
「俺も意地を張りすぎました」
頭を、ゆっくりと撫でる手。
「人のものが嫌いとか触れるのが嫌だとか。それは時々、無性に人との接触や関係が煩わしくなってしまって、一人になりたくなるんです」
静かな声が部屋に響く。
「いつもは他の人には普通に接することが出来るのに、何でかカカシ先生の前だと嫌だと言ってしまったり」
ああ、それはね、イルカ先生。
俺、知っている、その感情・・・。
「今日も大変、ご迷惑をお掛けしてしまいました」
迷惑なんかじゃない。
むしろ、好都合。
「服は洗ってお返ししますね」
遠くから、ピーッと音が聞こえた。
洗濯機の音だ。
洗濯から乾燥まで終了した音。
「今日はありがとうございました。もう、雨は止んだみたいです」
そう言われれば雨の音がしない。
あんなに降っていたのに。
「こんなところで寝ないで、ちゃんと布団で寝た方がいいですよ」
イルカ先生の声が優しく聞こえる。
「疲れがとれませんから」
体を揺すられるが起きたくないってか、この体温と・・・じゃないイルカ先生と離れたくない。
「ほら、カカシ先生」
また、名前を呼んでくれた。
「手も離して、ね?」
俺の手は、いつの間にかイルカ先生の腰に回っていた。
イルカ先生の膝に体を乗り上げている。
「かたっ、外れない〜」
がっちりと俺の手はイルカ先生の腰で固定されていて、離れない。
イルカ先生の力じゃ、外れないと思う。
「困った人ですね」
再び、俺の頭を撫で始めたイルカ先生。
余りにも気持ちよくて、そのまま眠って熟睡してしまった。
目覚めはよかった。
ぱっちりと目を開けると、そこはベッドの上で布団も掛けられていた。
見渡すと綺麗な部屋。
昨夜、飲んだビールの缶なんて残ってない。
イルカ先生の痕跡なんて欠片もなかった。
「夢?」
夢だったのか、それとも幻?
とも思ったのだが夢でも幻でもなかった。
洗濯機で乾燥までした俺の服が、きちんと畳まれて置いてあったから。
イルカ先生が総てやったんだな。
空き缶の片づけから、服を畳むのも。
俺が寝ている隙にイルカ先生は帰ってしまったけれども。
「ま、いっか」
イルカ先生に会いに行けば。
会いに行くことができるんだから。
会って、手料理をおねだりしてみよう。
カーテンを開けると、日光が部屋に降り注いできた。
陽光が眩しくて、目を細めてしまう。
今日はいい天気、晴れている。
気分は清々しくて。
すっきりしていて、爽やか。
「イルカ先生効果かなあ」
すー、はーと息を吸って吐いて。
雨の日ばかりイルカ先生に会っていたから、晴れの日に会ったらどんな顔するかな?
楽しみだ。
それに・・・。
イルカ先生は言っていた「見損ないます」とか嫌いになります」とか何とか。
裏を返せば、それって俺を好きだってことかなあ。
俺は、もうイルカ先生が好きだけどね。
うーんと伸びをして、俺は晴れの日に相応しく晴れやかに笑った。
この先の、未来の幸せを予想して。
終わり
また雨の日
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