雨9
次の日の朝、イルカ先生は受付け所にいた。
受付け所にいる姿を見るのは久しぶりだ。
勿論、俺はイルカ先生から七班の任務依頼書をもらったのだが、その際にイルカ先生の顔色が冴えないのが気に掛かった。
昨日、雨に打たれた所為で風邪でも引いたんじゃないか、と。
依頼書を受け取ってから訊いてみる。
「イルカ先生、顔色が優れないようですが大丈夫?」
イルカ先生は俺の顔を見上げたが微妙に視線を逸らした。
「はい、大丈夫です。」
にこやかに応対してくれるが、何か違和感がある。
「ご心配ありがとうございます。」
そう言った声で分かった。
イルカ先生の声が掠れている。
喉が痛いんじゃないだろうか、それって風邪の引き始めだよな・・・。
「イルカ先生・・・。」
余り無理をしない方が、と俺は言いかけたのだが受付け所が混んできて、それ以上イルカ先生と話すことは出来ず、心残りであったが俺は一先ず受付け所を後にした。
イルカ先生が気になりながら七班の任務を、なるべく早く終わらせて夕方、受付け所に行くとイルカ先生の姿はなかった。
風邪が悪化して帰ったのか、と思ったのだが訊いてみると午後からはアカデミーの方へと行ってしまったとのこと。
そうか・・・。
ちょっとだけ、ほっとしたんだけど今のイルカ先生の具合が、やっぱり気に掛かる。
とても心配だ。
こういう時、もしも恋人だったら遠慮なく帰宅を促すことができるのかもしれない。
会いに行きたいけどイルカ先生の仕事を邪魔するのは躊躇われて仕方なく、イルカ先生のアカデミーの仕事が終わる時間まで本を読みながら上忍の控え室で待つことにした。
ふと、読んでいた本から目を上げて時計と見ると、結構な時間が過ぎていた。
遅い時間になっている。
もしかして、イルカ先生もう帰っているんじゃ、と慌ててアカデミーの職員室へと忍んで行くとイルカ先生が自分の机に座って、片手に書類のような紙、もう片手に赤ペンを持って難しい顔をしているのがドアの隙間から見えた。
テストの採点でもしているのか、仕事をまだしている。
やはり顔色は余り良くない。
時々、口元を押さえている様子から咳も出ているようだった。
職員室にイルカ先生以外いないのを確認してから俺は職員室の引き戸を、そっと開けた。
・・・そっと開けたつもりだったのに立て付けの悪い職員室の引き戸は、がたぴしと騒々しい音を立てる。
お陰でイルカ先生に俺がいるのがバレてしまった。
音に気がついたイルカ先生が俺の方を見る。
「・・・・カカシ先生。」
俺の名を呼んだと思うが声が、しゃがれていて聞き取り辛かった。
これは完全に風邪を引いているなあ。
イルカ先生は手を振って、近寄るなと俺に示す。
「風邪うつります。」と言うのが辛うじて聞こえた。
やっぱり風邪を引いたんじゃないか・・・。
俺は職員室の入り口から少し大きな声で言った。
「イルカ先生、昨日の雨で風邪を引いたんですね。今日は、もう帰って養生した方がいいですよ。」
よかったら俺が看病してあげたいくらいだ。
イルカ先生の口が、また動いた。
「昼に薬を飲んだので平気です。」
それでも、じっと見ているとイルカ先生は机の上を、ぱぱっと片付けてカバンを肩にかけて立ち上がった。
入り口の方に来る。
つまりは俺のところにだ。
一緒に帰れるかな、と淡い期待が生まれる。
でもイルカ先生は俺の二、三歩手前で止まった。
咳を抑えているのか口に手を当てている。
その手の下から、くぐもった声が聞こえた。
「風邪がうつったら大変なので、俺に近寄らないでください。」
それは最もだけど、具合の悪いイルカ先生を放って帰るのは嫌だった。
できれば家まで送っていってあげたいんだけど。
そのことを告げるとイルカ先生は首を横に振る。
「今日は、カカシ先生とは一緒に帰りません。」
「え・・・。」
ショックだった、イルカ先生に拒絶されたことが。
「なんで?イルカ先生、風邪引いてるけど余り近寄らないようにするから・・・。それでも駄目?」
イルカ先生は黙って、もう一回、首を横に振った。
「そう・・・。じゃあ、アカデミーの玄関まで一緒に入ってもいいですか?」
ショックを引き摺り、やっとのことで、それだけ言うとイルカ先生は漸く、頷いた。
それからアカデミーの玄関までイルカ先生と一緒に行ったのだけど、外に出ようとして小雨が降っていることに気がついた。
音もなく霧のように降る小雨は性質が悪い。
任務とき、じわじわと体温を奪い、最も体を冷やす。
イルカ先生は確か、アカデミーに置き傘をしているはずだ。
俺がイルカ先生を見ると、イルカ先生は既に小雨の降る外にいた。
声を出さずに口だけで「お先に失礼します。」と言うのが読み取れる。
そして俺に頭を下げるとイルカ先生は雨の中、走って行ってしまった。
アカデミーに置いてある傘も使わず俺を残して、雨の中、イルカ先生は去って行ってしまったのだった。
雨8
雨10
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