雨3
「あったあった。」
イルカ先生が自分の机の下から出してきたのは蛇の目の唐傘だった。
大きくて重い傘だ。
そんなのを置き傘にしているってのがイルカ先生らしくて、ちょっと面白い。
随分、使ってないのか少々埃を被っていた。
その埃を丁寧に払うとイルカ先生は俺に「さて、帰りましょうか。」と促した。
蛇の目の唐傘を広げ、その下に二人で入る。
唐傘は先日、イルカ先生が使っていた傘より広く大きく男二人で入っても余裕でスペースが余っていた。
ううむ、と俺は心の中で唸る。
・・・つまらないって。
だって、折角の相合傘にも関わらず、密着度が低いからイルカ先生と肩が触れ合わない。
傘の下という限られた空間にいるのにイルカ先生が近くて遠いなんて、ちょっとな〜、と思った俺は急遽、策を練った。
そして思いつく。
「イルカ先生、傘は俺が差しますよ。」
さり気なく言って、傘を持っているイルカ先生の手に触れた。
「えっ・・・。いいですよ、そんなの。」
イルカ先生は、ひどく遠慮したけど俺は傘をイルカ先生の手から優しく取り上げる。
「いいからいいから。食事に行く店は俺が案内しなきゃいけないし、だいたい、今日はお礼のつもりで食事に誘ったんだから傘くらい持たせてくださいよ。」
下手に出ながらもイルカ先生が断れないような理由を言うと、イルカ先生は「すみません。じゃあ、お願いします。」と傘の柄から手を離した。
当然、傘を持つのは俺になる。
・・・となるとイルカ先生が濡れないようにしなければならず、イルカ先生の方へ俺が近寄ってもいい訳で。
傘を差した俺は不自然にならないくらいの距離を保ちつつ、イルカ先生と肩を触れ合わせて歩くことに成功したのだった。
楽しく和やかに食事を終えた俺とイルカ先生が店から出ると雨は既に上がっていた。
空は晴れて星が煌いているのが見える。
雨が降った後の空気は清清しく、しっとりとしていた。
星を見ているイルカ先生は嬉しそうにしている。
お酒も飲んだからなのか、ほろ酔い加減だ。
「星が綺麗ですよねえ。」
「そうですね。」
俺は、どちらかというと星よりイルカ先生を見ていたいけど。
うーん、とイルカ先生は伸びをした。
「食事も酒も美味かったし、明日も仕事が頑張れそうです。」
俺を見て、ぺこりと頭を下げた。
「今日はご馳走様でした。」
酒のせいで、ほんのりと赤く染まった頬が可愛く見える。
「カカシ先生とご一緒させていただいて楽しかったです。」
嬉しいことも言ってくれた。
俺の頬も緩む。
決して酒のせいだけはない。
「俺、実は。」とイルカ先生は酒の勢いなのか、躊躇いながらも言ってきた。
「カカシ先生って、もっと怖い人かと思っていて・・・。」
中忍試験のこともあったし、と語尾が濁る。
あの件は、一応、一件落着したと思っていたので、ちょっと驚いた。
イルカ先生は、見かけによらず繊細なのかもしれない。
ただ表面には出さず、人には見せないだけで。
「こんなことなら、もっと早く食事とか俺の方から誘えば、よかったなあ。」
俺の心臓が、どきんと大きく脈打った。
「カカシ先生といると楽しいし、それに傍にいると落ち着くし。居心地よすぎて、まるで・・・。」
これって、もしかして・・・。
酔った所為で自分の気持ちを言い過ぎたと思ったのかイルカ先生は、はっとして口元を押える。
「えっと。じゃ、今日はこれで。」
照れかくしのように早口で言うと、イルカ先生は走って行ってしまった。
追いつく暇もなく、その姿は、あっという間の闇に紛れる。
「あーあ、行っちゃった・・・。」
残念だったが、嬉しくもあった。
イルカ先生は「まるで・・・。」の後に何て続けようとしたんだろう。
恋人のようとか好きな人みたいだとか、そんな言葉だったらいいなあ。
別れ際のイルカ先生の発言に希望が沸いてくる。
イルカ先生に気持ちを告白すれば俺の望んだ関係になれるかもしれないって。
それに、と俺は手に持った傘を見詰めた。
傘を忘れていったのだ、イルカ先生は。
蛇の目の唐傘を見て俺の気持ちは高鳴った。
傘を返すという名目でイルカ先生に会う口実ができた、と。
ふふふ、と笑いが漏れてしまう。
上機嫌で俺は、一人、家路を歩き出したのだった。
雨2
雨4
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