雨宿り8
「あのー、カカシ先生。」
混乱しているイルカは話を整理するところから始めた。
今までの話の流れからしてカカシがイルカに何らかに好意を持っていることは明らかだった。
好意の種類についても、ある程度、見当はつき始めていたが今はそれを考えたくはない。
「カカシ先生は、どうして・・・。」
イルカは大きく息を吸い込んだ。
「どうして、その。」
言いにくい単語を口にする。
「恋、人なんて俺に言うんです、か。」
「おかしい?」
「おかしいって言うか。」
逆に切り返されてイルカの方が困ってしまう。
「だって、カカシ先生は。」
今までのことがイルカの脳裏に蘇ってくる。
「受付でお会いしても何も仰いませんし。」
いつも無口であった。
「時折、俺のこと睨んでいたでしょう?」
険しい目でじっと見つめられたことは一度や二度ではない。
「それに俺に対して怒ってらっしゃったようで。」
カカシはイルカに対して友好的な態度をとったことがなかった。
「それなのに。」
カカシの今までの態度を思い返すとイルカは少し悲しくなる。
「・・・それなのに、恋人だとか言われても。」
全然、実感が沸かないというか、現実味がなかった。
「どうして、そんなこと思ったんですか?」
イルカは心からの疑問を口にした。
「えー、だってですねえ。」
カカシは何事かを思い出すように薄く目元を染めながら話し出した。
「だってイルカ先生、優しかったから。」
「え、俺が?」
優しかった、って・・・。
いつカカシ先生に特別に優しくしたっけ、と記憶を探ってみる。
「ほら、上忍師になるっていうんで、その引継ぎに行ったでしょ。」
「はい。」
「その時、マンツーマンで俺に懇切丁寧に子供たちにこと教えてくれたじゃないですか。」
マンツーマン・・・。
それは本来の引継ぎの時にカカシが任務で不在だったために、後で来訪れたカカシにイルカが一人で引継ぎをしたのだ。
「その引継ぎの後に昼飯にも誘ってくれたじゃないですか。」
嬉しかったなあ、とカカシは思い出して頬を緩めているが、それは引継ぎが終わった時間が昼にかかっていたこととカカシが、どのような人物が知りたいがための打算的な目的で昼飯にイルカが誘ったのだ。
ちなみに、その時の昼飯はアカデミー付属の食堂で平凡な日替わりランチなるものを食べたような気がする。
イルカにとっては、どれも普通のことであった。
打算的な目的を除けば。
「それでね、俺。」
カカシは目を細めてイルカを見る。
それはそれは愛しげに。
「ああ、イルカ先生って優しくていい人だなあと思って。」
それから俯いてカカシは言う。
「いい人だなあと思うと同時にイルカ先生のことが、すっごく気になっちゃって。」
ベッドの上で布団の上に、のの字を書いている。
「気になって気がついたら・・・。」
カカシは次の瞬間、イルカのすぐ目の前にいた。
鼻先が触れるほど間近で、しかもイルカの両手を握っている。
「好きになっていたんです!」
カカシの目には恋の炎が宿っていた。
めらめらと燃えているのがイルカにも見えた。
「じゃあ、受付で何も言わなかったのは・・・。」
「緊張していたんです!」
「俺のこと睨んで見ていたのは・・・。」
「好きな人のことは気になるじゃないですか!」
「怒っていたのは・・・。」
「怒っていたんじゃなくてイルカ先生を見ると、どきどきして何もできなかったんです!」
訊いてみれば説明がつくことであった、カカシにとっては、だけれども。
「・・・そうだったんですか。」
イルカは深い深い溜め息をついた。
言われてみれば、なるほど、と思うようなことばかりである。
カカシの立場になってみれば容易に想像できた。
「イルカ先生。」
両手を掴んでいたカカシの手の片方は、いつ間にかイルカの腰に回っていた。
何だかベッドの上で、これから何が始まるのか、といったようは色めいた雰囲気を予感させる。
「ねえ、イルカ先生は。」
イルカの目を見てカカシは熱を込めた視線を送ってきた。
「イルカ先生は俺のこと嫌い?」
甘えるような強請るような言い方はイルカに否を言わせない感じだ。
カカシは耳元で囁いた。
「俺はイルカ先生のことが好き。」
低く絶妙なタイミングで言われた言葉はイルカの体を突き抜ける。
心にも、がんと響いた。
「俺のことも好きって言ってよ。」
イルカの心臓は生きていた中で一番、早く鼓動していた。
どきどきどきどき・・・。
心臓の鼓動が止まらない。
カカシ先生、カッコいい。
そのカッコよさに危うく流されそうになったイルカだったが、辛うじて踏みとどまった。
「ちょ、ちょっと!ちょっと待ってください。」
イルカは、ぜいぜいと息切れしながらカカシから体を離した。
これ以上、くっ付いていると雰囲気に流されそうだ。
流されて、好きだと言ってしまいそうになる。
息を整えながらイルカは言った。
「カカシ先生のことは嫌いじゃありませんけれど。」
嫌いじゃない、でも・・・。
「俺はカカシ先生のこと、余り知りませんし。」
人柄を知らない人のことを好きとか嫌いとか言えない。
「今、ここで、その、す・・・。」
また、苦手な言葉にぶち当たった。
「す、好きとか言われても。」
返事に、かなり困る。
「だ、だから。」
どきどきする心臓を宥めながらイルカは目を瞑って叫ぶように言った。
「お友達からお願いします!」
束の間、沈黙が落ちた。
どきどきしながらイルカが、そっと目を開けると・・・。
カカシが微笑んでイルカを見ていた。
顔には、降参、と書いてあるのは気の所為か。
「分かりました。」
カカシはイルカに手を差し出してきた。
「お友達からお願いします。俺も、もっとイルカ先生に自分のこと知ってもらえるように努力しますから。」
「ああ、はい。」
ほっとしてイルカは差し出されたカカシの手を握った。
よかった、カカシ先生、解ってくれたみたいだ。
しかし、微笑んだままのカカシは言葉を付け足す。
「恋人を前提とした友達付き合いでお願いしますね。」
有無を言わせない口調であった。
あれから。
カカシは受付所や他の場所でイルカと会っても何も話さないということはなくなった。
けれども、その会話は少々的外れな感もあった。
「イルカ先生。」
受付所で話しかけられたカカシに強い視線で鋭く見つめられて、それを睨まれたと周囲に勘違いされたり。
「後で話があるから。」
必要なこと以外、人前では口にしないので同僚らに上忍に何かされるのでは心配されたり。
イルカは、その度に違うと訂正しているのだが。
カカシの好意は、すこぶる解りにくかった。
二人きりの時は、全然違うのになあ、と思う。
二人きりの時のカカシは。
イルカに、とてもとても優しくて。
一緒にいると幸せそうな顔をしている。
手を握られたり肩を寄せ合ったりしても嫌ではない。
むしろ近頃では安心してしまったりする。
俺、多分・・・。
最近、イルカはカカシといると常々、思っている。
カカシさんのことが好きになってきているんだなあ。
呼び方もカカシ先生からカカシさんへ。
イルカがカカシに好きだと伝える日も。
きっと、そう遠い日ではないのであった。
終わり
雨宿り7
雨上り1
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