憧れの人22
結局、イルカはカカシに、あんなことを言ったのを後悔していた。
激情に駆られて、かっとして言ってしまったが言うべきではなかった。
反省する。
しかし、一度口から出た言葉は戻らない。
「カカシさんは悪くないのに。」
完全に俺の八つ当たりなのに。
ごめんなさい、と、この場にはいないカカシに心の中で謝る。
もう許してはくれないだろうなと思いながら。
「酷いこと言ったのは俺で、悪いのは全部俺だしなあ・・・。」
人生で初めて人を振ってはみたけれど全く気持ちは、すっきりせずに後悔ばかりが先に立つ。
正に後悔先に立たずことは、このことだ。
おまけに別れるとか言っておきながら、カカシを好きだと言う気持ちは変わらない。
嫌いになることなんて出来やしない。
やっぱり好きなのだ、カカシのことが。
上忍控え室を飛び出したイルカは暫く、里中を彷徨っていたのだが、結局、自分の家へと帰ることにした。
とぼとぼと自分の家の方角に歩いていくと、やがて家が見えてくる。
イルカの家には明かりが点っていた。
その明かりを何気なしに眺めていたのだが、はっとなる。
誰かが自分の家にいる!
歩みを速め玄関のドアを開けようとしたとき、家の中の気配が誰であるか解った。
ドアを開けようとする手が止まる。
どうして、この人がここにいるんだろう。
俺の家に。
今、会ったら何を言えばいいのか・・・。
ぐるぐると考え始めると止まらない。
玄関のドアを開けて家の中にいる人物に会う勇気が出ず、イルカは自分の家なのに入るのを諦めた。
今夜は、どっかで時間を潰そう。
消極的な考えからイルカが自宅の玄関前から踵を返そうとした時、玄関のドアが開いた。
「あ・・・。」
出てきた人物を目が会う。
カカシだった。
カカシはイルカを見ると手首を掴んで家の中に引き入れた。
「ずっと待っていたんですよ。どこに行っていたんです?」
「えっと・・・。」
何事もなかったように普通にカカシは話している。
「玄関の鍵が開いてましたよ。危ないじゃないですか、不審者が侵入してきたらどうするんですか?」
勝手にイルカの家に入ったカカシは不審者ではないのか・・・。
戸惑うイルカを余所にカカシは、どんどん話を進める。
カカシはイルカを引っ張って居間に連れて行く。
居間には食事の準備がしてあり、それらが美味しそうな匂いを漂わせ、温かそうな湯気を立ち上らせて食べられるのを待っていた。
「イルカ先生、中々、帰ってこないから俺、腹ぺこぺこですよ。」
どうやらカカシが食事を作ってくれたらしい。
「あの・・・。」
「イルカ先生も夕飯まだでしょう?」
その問いに頷くとカカシはイルカに手を洗ってくるように促した。
「その間に御飯やらお味噌汁やら装っておきますからね。」
促されるままにイルカは手を洗い、ついでに顔も洗った。
「これでいいのかな・・・。」
まるでイルカの記憶を失う前のカカシとの生活が戻ってきたようで。
今の今まで夢を見ていたような錯覚に囚われた。
「イルカ先生〜、まだ?」
カカシの呼ぶ声がする。
「あ・・・。はい。」
返事をするとイルカは急いで居間に戻った。
食事の間中もカカシは至って普通だった。
「イルカ先生の家の冷蔵庫、何もなかったですよ〜。」
「・・・そうですか。」
「だから色々、俺が勝手に買ってきちゃいました。」
後で冷蔵庫の中を見たら、びっくりするくらいにね、とカカシは言う。
「御飯、美味しいですか?味はどう?」
「美味しいです。」
「そう、良かった。」
カカシは微笑んだ。
「イルカ先生、疲れているだろうから消化にいいもの作ったんですよ。あと、好きなものね。」
「ありがとうございます。」
カカシがイルカの家にいて目の前で普通に話して笑ったりしている。
そしてイルカの体を気遣ってくれたり、好物を作ってくれたりして・・・。
そんなことをされると、なんだか幸せな気持ちになってきてしまう。
食事が終わるとカカシは食器を手早く片付け始めた。
「ここは俺が片付けますから、その間にお風呂に入ってきたら?イルカ先生。」
「あ、はい。」
「俺はイルカ先生を待っている間に先にお風呂、いただいてしまったんで。」
既にカカシは風呂に入ってしまっていたらしい。
カカシの言われるがままにイルカは風呂場に向かった。
湯船に浸かってイルカは、ほうっと息を吐く。
湯の中は温かくて気持ちが、とても穏やかになる。
柔らかな入浴剤の匂いもイルカをリラックスさせる。
「この入浴剤、俺の好きな匂いのやつだ・・・。」
ぽつりと言ったイルカの声は浴場では、よく響いた。
「カカシさんが選んで入れてくれたのかな。」
イルカのためを想ってカカシが色々としてくれていたのだとしたら?
「怒ってないのかな、俺のこと・・・。」
それに。
「嫌いになってない、のかな。」
もしかして俺は夢を見ていて、この出来事は全部、夢の中のことなのかも・・・。
風呂から上がったらカカシさんはいなくなっているかもしれない。
ずきっと胸が痛んだが、それを誤魔化すようにイルカは、さぶりと体全体を湯に潜らせた。
温かい湯がイルカの全身を包み込む。
イルカは温かい湯の中で気持ちを落ち着けたのだった。
風呂から上がるとカカシはイルカの家の、ちゃんといた。
ほかほかの体でカカシを見ると幻ではなく本物だということが、よく解る。
「イルカ先生。」
敷いた布団の上に転がって本を読んでいたカカシはイルカの名を呼ぶ。
起き上がって布団の上の胡坐を組み、にこりとした。
「こっちにおいでよ、イルカ先生。」
イルカは呼ばれるままにカカシの傍に行き、屈んで膝を突く。
すると、いきなりカカシの腕が伸びてきてイルカを捕らえた。
ぎゅっと抱きしめられる。
「イルカ先生、帰ってきてくれてよかった。」
イルカを抱きしめたカカシは低く囁く。
「また、イルカ先生を抱きしめられた。」
それから率直に言われた。
「好きです、イルカ先生。」と。
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