憧れの人21
カカシに指定された場所、上忍の控え室に行くと中でカカシが長椅子に座って本を読んでいた。
時間も遅いので控え室にはカカシしかいない。
イルカは声を掛けるのも躊躇われて、コンコンとノックだけをする。
カカシが入り口のイルカを確認し、ぱたんと読んでいた本を閉じると、ちょいちょいとイルカを手招きした。
そして自分の横の長椅子の上を、とんとんと叩いてイルカに自分の隣に座るように促す。
恐る恐る控え室の中を歩いて、イルカはカカシの横に座った。
少し距離を置いて。
しかし、その距離が不満だったのかカカシがイルカとの距離と詰めて、肩が触れるくらい傍に来た。
近い距離からではカカシの整った目鼻立ちが、よく見えて、どきどきしてしまう。
イルカは必死で冷静になるように自分に言い聞かせた。
取り乱すな、落ち着け、冷静になれ。
心頭滅却、と暗示を掛ける。
そんな中、静けさを破るようにカカシの声がした。
「ねえ、イルカ先生。」
自然に話しかけてくる。
その呼び方は、イルカのことを忘れる前と同じだ。
「はい、なんでしょう。」
その呼び方に安心してイルカも返事をした。
「うん、あのさ。」
カカシは何を言おうか迷っているようだった。
「えーと・・・。ああ、まず最初、に遅くなりましたが入院している間のお見舞いありがとうございます。」
「いえ・・・。」
「それから、この前、ぶつけた頭の怪我、大丈夫ですか?」
「はい。・・・あの時は、こちらこそありがとうございました。」
イルカも治療してくれた時の礼を述べる。
そこで会話は、ぷっつり途切れてしまった。
二人とも、ぎこちなく上手く会話が続かない。
しんと控え室は静まり返る。
イルカは今、この場にカカシだけだと言うのが頭では分かっているのだが「カカシさん。」という一言が出てこない。
カカシと一緒にいて嬉しいのだが、先ほど受付所での気持ちを少し引きずっていた。
「あのですね。」
痺れを切らしたようにカカシが話し出した。
堰を切ったように。
「俺、今、イルカ先生の記憶がありませんけれど。」
その言葉に心臓が、どきりとしてしまう。
やっぱり、イルカのことは忘れているのだ。
「病院で見た時から気になっていたんですよね、イルカ先生のこと。」
黙ってイルカはカカシの話を聞く。
「気になってイルカ先生のことを子供たちに詳しく聞いたら、以前にも同じ質問してきたとか言ってくるし。」
子供たちとはカカシが受け持っている七班の下忍の子供たちのことだろう。
「周りの人の態度もどことなくおかしいし、日を追うごとにイルカ先生のことばっかり考えてしまうし・・・。」
イルカは、その言葉に目を瞬かせた。
「この前は階段から落ちて怪我したイルカ先生を医務室に運ぶとき、抱き上げた感触が腕にしっくりくるし・・・。」
えー、治療しようとする意外に他意はありませんでしたから、とカカシは強調する。
「まあ、治療終わった後に、どさくさに紛れて手を触ってしまいましたがイルカ先生も起きていたし、セーフかなと。」
ごほごほと慌てたようにカカシは咳払いをした。
慌てたときに咳払いが出てしまうのは何でだろう。
関係ないことをイルカは考えていた、あることを思い出しながら。
「で、俺も考えました。」
つつ、とカカシがイルカに近づいた。
近い距離だったのが更に近くなり、二人の肩が触れ合う。
「さっき受け付けでイルカ先生を見た時、お持ち帰りしたい衝動に駆られましたが辛うじて我慢しました。」
余り感情を出さないようにして、とカカシは付け加える。
だからカカシは受付で素っ気無かったのだ。
イルカの膝の上で握られている手に、そっとカカシは触れた。
「なんでイルカ先生のことを俺が好きなのか、勘違いしたではないかと思わず自分を疑ったりしました。実を言うと、心のどこかで同性なんて好きになる訳ないと思っていたりしたんですよね。」
重ねたイルカの手を、そっと握る。
そして話を続けようとした。
だが、それは意外な人物によって遮られてしまう。
イルカに手を振り払われたのだ。
「イルカ先生?」
カカシの手を振り払ったイルカは立ち上がり、カカシを見下ろした。
目がカカシを貫くように鋭い。
次いで鋭い声が発せられた。
「なら、好きにならなければいいでしょう!」
イルカは燃えるような目をしていた。
「俺なんて、どうせ・・・。」
声のトーンは落ちていく。
燃えるような目は伏せられた。
「俺、思い出しました。あの人は俺の友達が好きだったのに俺は気がつかなくて、周りの人は気づいていたみたいなのに。俺ばっかり浮かれて馬鹿みたいだった。」
「あの、イルカ先生?」
「好きだなんて、きっと勘違いなんですよ。・・・本当は、きっと。」
「落ち着いて、イルカ先生。」
カカシの言葉の、どれかがイルカの琴線に触れたらしい。
「もう、いいんです。」
イルカは叫んだ。
「もう・・・。もういい、俺、カカシさんと別れます!」
「え・・・・・・。えええっ!」
さよなら、と言い放ちイルカは上忍の控え室から走り去ってしまった。
後には一人取り残されたカカシ。
イルカがカカシの名を叫んだ瞬間、立ち所に記憶が戻ってきていた。
「ええええっ!」
記憶が戻ってくると同時に、イルカに別れを切り出されていて、つまり振られてしまっていた。
そして、自分がイルカにした行動が思い出される。
「俺って、イルカ先生のトラウマを抉るような行動ばっかしているじゃん・・・。」
悪気はなくともイルカにした仕打ちを思い出すと動けない。
おまけにイルカは本気かどうか判らないが、カカシと別れるなんて言っていた。
「な・・・に、これ。」
がくり、と肩が落ちた。
イルカの琴線に触れたのが何だったのか、今は解る。
あの勘違いとか、好きなる訳がないとかだ。
「・・・こんなのありかよ。」
カカシの呟きが空しく響く。
最悪な記憶の戻り方だった。
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