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憧れの人20



夕方、アカデミーの仕事が終わって受け付けの応援に来たイルカは黙々と仕事をこなしていた。
必要最低限以外のことは話さず、ただ、ひたすらに仕事に没頭する。
考えなければいけないことがあったり、自分から行動を起こさないことには何も起きないことなど分かっていたのだが、何かをとすることに疲れてしまっていたのだ。
いつもの自分らしくない、とイルカは自分でも思っていた。
当たって砕けて駄目なら駄目でいいじゃないか、と自分を励ましてもみたりするのだが、どうにも気持ちは浮上しない。
ここ数日間は、そんな考えばかりで自分で自分が嫌になってもいた。
俺って、もっと前向きな性格じゃなかったけ・・・。
自己嫌悪に陥ってしまう。



イルカが思っている当たって砕けろとは勿論、カカシのことだ。
名を呼べばイルカの記憶が戻るとカカシは言っていたけれど、もしかして戻らないかもしれない。
その考えは日を追うごとにイルカの中で大きくなっていく。
・・・もしも俺の記憶が戻らなくても、それでもいいじゃないか。
イルカは自分を励ました。
だってカカシさんは生きているし、これから、また関係を構築していけば、親しい知り合いくらいにはなれるかもしれないし。
それに・・・、とイルカは思い出す。
俺にとって、元々、カカシさんは憧れの人だった、それが元の憧れの人に戻るだけで。
答えの出ない堂々巡りな考えを何回も繰り返す。
その度にイルカは寂しくなり、尚のこと、優しくてあたたかくて、自分を抱きしめてくれたカカシの腕の温もりが恋しくなっていた。



「これ、お願いします。」
悶々と考えているイルカの前に、すっと報告書が出された。
「あ、はい。」
イルカは受け取ってから聞き覚えのある声に、はっとなり顔を上げる。
そこにはカカシがいた。
カカシは片手をポケットに入れたまま、自分を見つめて立っている。
何日かぶりのカカシの姿に、ついイルカは見蕩れてしまった。
カカシさん、帰ってきていたんだ。
元気そう、と寂しかった気持ちが、ちょっとだけ温まった。



そんなイルカに水を差すようにカカシの声がする。
「報告書、お願いできますか?」
極めて冷静な声だ。
「すみません。」
あわてて報告書に目を通し、チェックした。
「不備はありません。大丈夫です。」
受付の定番となっている言葉を言うとカカシは「そう。」と頷く。
それから、事務的な口調でイルカに告げた。
「話したいことがあるので後で時間を貰えますか。」
・・・話したいこと?
イルカが虚を衝かれ、返答に困っているとカカシはイルカに場所と時間を告げると、さっさと受付所を出て行ってしまった。



そんなカカシを見送りイルカは不安になる。
話したいことって何だろう・・・。
激しく気になってしまうが受付の仕事は待ってくれない。
次に並んでいた人間がイルカに報告書を出してきた。
「お願いします。」
女性の声だ。
くの一だろう。
報告書を受け取りながら、どこかで聞いたことがある声だ、とイルカは、ぼんやりで思った。
カカシさんといい、今日は聞き覚えのある声に遭遇する日だなあ、と。
しかし、報告書の処理を優先した。
「大丈夫ですよ。不備はないです。」
そう言って顔を上げ、何気なく報告書を出した女性の顔を見たのだが、その瞬間、イルカの顔は僅かに強張った。
注意してみなければ分からないくらいに、僅かにだ。
相手はイルカの変化に気がつく様子もなく、報告書の提出を終えると受付所を出て行ってしまう。



あの人は・・・。
イルカは苦い気持ちに襲われる。
思い出しくなかったが、本人が目の前に現れてしまったので否が応でも思い出してしまった。
・・・・・・俺の友達のことが好きだった人、だよな。
あの時のことを思い出すと胸が、ちくりと痛んだ。
長期の遠方の任務に行って里にはいないと聞いてはいたが帰ってきていたのか。
相手はイルカのことなんて眼中になく、すっかり忘れているようだった。
イルカに酷いことを言ったことも忘れているに違いない。
でもイルカは忘れらなかった。
忘れようとはしたけれど。



『なんで、あなたのことを私が好きだと勘違いしたのかしらね。あなたのことなんて好きになる訳ないじゃない。』
言った本人に会ったことで、鮮明に思い出してしまった。
言われた時の冷たい口調も呆れたような声も明確に。
でも言った本人は忘れているのだ。
いや、覚えていても、だからどうしたなんだけどね・・・。
なんだかなあ〜。
心の内でイルカは溜息が止められなかった。
それでなくてもカカシさんのことでダメージを受けている俺に、更なるダメージが与えられるなんて・・・。
神様の意地悪、とイルカは思った。



そして受付の仕事を終えたイルカは暗い気持ちと重い足取りで、カカシに指定された場所へと向かったのだった。





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