憧れの人18
忙しい日を送ったイルカは、その日、ようやく帰宅できたものの家に着くなり眠ってしまい、朝まで目を覚まさなかった。
次の日、けたたましい目覚ましの音で目が覚めたイルカは呟いた。
「・・・もう、朝?」
これでは、家に寝に帰ってきただけのよなものである。
おまけに疲れも残っているような感じがした。
「俺も若くないよなあ・・・。」
イルカは溜息をつき、冷たい水で顔を洗う。
ふと鏡に映った自分と目が合った。
この鏡に映った自分の後ろに、何故かカカシが立っていることがよくあったっけ・・・。
「・・・・・・カカシさん。」
鏡に向かって言ってみる。
もちろん、返事はなかった。
職場へ行ったイルカは今日も一日、忙しくなりそうだと気を引き締めて仕事に勤しんだ。
忙しい一日は、あっという間に過ぎていく。
夕方になってアカデミーで仕事をしていたイルカは同僚に頼まれごとをされた。
「イルカ、これさ。火影様の部屋まで運んでくれないか?」
「いいよ。」とイルカは気軽に引き受け同僚から手渡された大きめの木箱を少々、よろけながら受け取る。
「すっごい重たいけど、これ何?」
「ああ、それねえ。」
同僚が肩を竦めた。
「なんでも火影様が何年か前にポケットマネーで旅の行商人から買われた、幸せを齎す壷だとかなんとか・・・。」
「・・・へえー。」
もしかして、それって、さあ、とイルカは思いかけたが、余り深く追求しない方がいいような気がする。
火影様のポケットマネーだし、とイルカは、この件に関してスルーすることにした。
「でも、何だって今頃?買ったのって何年か前なのに。しかもアカデミーに置いてあるなんて・・・。」
当然のイルカの疑問に同僚は再び、肩を竦める。
「さあねえ、知らん。急に思い出したんじゃないか。」
「ふーん。」
興味なさそうな同僚にイルカも興味なさそうな相槌を返した。
「ただな。」
同僚はイルカに注意を与える。
「その壷、幸せ云々の真偽の程はともかくとして、すっごい高い壷だから割るなよ。」
「すっごい高いのか?」
「ああ、すっごい高いそうだ。」
俺たちの給料の十年分らしい、と同僚は出所不明の未確認情報をイルカに伝える。
イルカはついつい、それを信じてしまう。
「そっか、分かった。」
重々しく頷き、壷を火影の部屋まで運ぶことになった。
アカデミーから火影の部屋までは幾つか階段を昇って下りてを繰り返す。
不法な侵入者に対して迷路みたいな造りになっているのだ。
イルカは箱を大事に抱えながら慎重に階段を昇り下りしていた。
もう直ぐで火影の部屋だというところまで来たイルカは、最後の階段を昇っている。
一歩一歩、昇って最後の一段を昇れば、そこは火影室をいうところでイルカは突然、声を掛けられた。
「あの、イルカ先生。」
階段の上からイルカを名を呼び、ひょっこりと顔を出したのはカカシだった。
「あ、カカ・・・・・。ああっ!」
今日は一日忙しく、カカシのことをゆっくりと考える時間もなかったイルカは何の前触れもなく現れたカカシに激しく心を取り乱した。
要するに、もの凄く動揺したのである。
まさか、こんなところでカカシに会うなんて、と心の準備のなかったイルカはカカシの名を呼ぼうとしたのだが・・・。
重たい壷を抱えていた所為もあり、その上、階段なんて不安定な場所で動揺し重心を崩して、有ろう事かイルカは階段から足を滑らせた。
階段の最後の段を踏み外してしまったのだ。
階段から忍者らしくもなく見事に階段から落ちていくイルカは、まず自分より抱えていた壷のことを考えた。
「ああ、火影様の壷が!」
すっごい高い壷が割れてしまう〜、給料十年分の集大成の壷が!
イルカの願いが聞き届けられて、壷は割れなかった。
イルカの言葉を聞いたカカシが壷をキャッチしてくれていたのだ。
しかしイルカは階段から落ちて器用にも、床に後頭部を打ちつけ瘤を、どこかに額に擦って擦り傷を作り失神してしまっていた。
「・・・あー、うーん。」
唸りながら目を開けたイルカは後頭部が何かに冷やされているのに気がついた。
手を当てて確認してみると冷却材があるようだった。
額にも違和感を感じて触ってみると絆創膏が貼られている。
はっとして起き上がるとイルカは医務室のベッドの上だった。
「ここは?」
きょろきょろと周囲を見るとベッドの横にカカシが立っているのが目に入った。
「もう〜、大丈夫ですか?」
カカシが焦れったいような声を出した。
「びっくりしましたよ。あんなとこから転げ落ちるなんて・・・。」
「あ、そういえば。」
階段から落ちたことをイルカを思い出す。
一応、俺、忍者なのに恥ずかしい、と階段から落ちたことも反省した。
「すみません。」と小さくなりながら、だがしかし、いの一番に気になることを訊いてしまう。
「あの、壷は?」
心なしか声まで小さくなってしまった。
カカシは、ほうっと息を吐く。
「火影様の壷が、って叫んでいたので俺が運んでおきました。」
「ありがとうございます。」
イルカはますます、小さくなってしまう。
「なかなか目を覚まさないから心配しましたよ。全く、もう〜。」
顔を顰めるカカシに、なんだか怒られているような感じだ。
カカシはイルカのいるベッドに腰掛けた。
距離が、ぐっと近くなる。
イルカの瞳を覗き込みならカカシは低い声で言った。
目がイルカを睨んでいる。
「思わず死んだんじゃないのかと・・・。ほんと、死んだと思ったりしたんですよ?」
それくらい心配してくれたらしい。
「生きていて良かったです。」
カカシは言って、さり気なくイルカの手の甲を撫でた。
「なんでかイルカ先生のことが気にかかるんですよね〜。」
俺、とカカシは微笑んだ。
「あ・・・。そ、そうですか・・・。それは申し訳ありませんでした・・・。」
それに対して、はは、と乾いた笑みを浮かべたイルカだったが、それは瞬く間に消えた。
「イルカ先生?」
様子が何やら、おかしいイルカをカカシが覗き込むと、ふいと顔を背けられた。
「俺、もう行かないと仕事があるんで・・・。」
ベッドから下りたイルカは傍らにあった額宛やらを鷲掴みにすると、カカシの顔も見ずに一礼すると医務室を出た。
歩きながら額宛をする。
「あー、もう俺って最悪。」
イルカの眉間には皺が寄っていた。
「折角、名前を呼ぶチャンスだったのに・・・。」
そしたらカカシに自分のことを思い出してもらえたかもしれないのに。
なのに、思い出してしまった。
過去に言われたことを。
カカシに心配されて言われた言葉が、どことなくシンクロしたのだ。
『あら、死んだんじゃなかったの?もう、死んだと思っていたのに。』
あの時、言われた言葉がイルカの中で甦ってくる。
そして言われた時に感じた、自分の酷く荒んだ気持ちも思い出してしまった。
そんな気持ちのまま、カカシの顔も見れずに逃げ出してきてしまったのだ。
「カカシさんは悪くないのになあ・・・。」
ついてないというか、タイミングが悪いというか。
「俺って馬鹿だなあ。」
今日もカカシの名を呼べず、イルカは肩を落としてしまった。
ちょっと弱気なイルカだった。
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