憧れの人12
夕方。
「ただいま〜。」とイルカの家の玄関先からカカシの声がする。
先に帰って来たイルカが夕飯の準備をしてカカシの帰宅を待っているとタイミングよく帰って来たのだ。
「お帰りなさーい。」
玄関までイルカが出迎えるとカカシは、いきなりイルカのことを抱きしめてきた。
ぎゅーっと抱きしめて何も言わない。
何も言わないのだがカカシの抱きしめる手が温かく、愛しいというカカシの気持ちが伝わってくる、とイルカは思った。
でも何も言わないので少し不安になる。
「カカシさん?」
どうしたんですか、と言ってもカカシは玄関先でイルカを抱きしめるばかりだ。
「何かあったんですか。」
心配そうに訊くとカカシは、漸くイルカを離した。
そしてイルカの顔を見る。
「何もないよ。」
言ってから、にこりと笑う。
「ただ、イルカ先生のこと抱きしめたかったの。」
何の前触れもなくストレートに、そう言われてイルカは「そうですか。」と言うのが、やっとだ。
カカシの言葉が、例えて言えばイルカの心臓を直撃していた。
くるり、と踵を返すとイルカはカカシの顔も見ずに、すたすたと奥へと行く。
どうにもカカシの顔が見れなかったのだ。
帰ってくるなり抱きしめて理由を問うと「ただ、抱きしめたかった。」なんて言えるなんて、ただ者じゃないと今更ながらに思った。
カカシに背を向けながらイルカは言う。
「夕飯できてますから。・・・食べましょう。」
そんなイルカの背後で、にやっとしたカカシが「はーい。」と素直に返事をしていた。
夕飯を食べ終わったカカシは満足そうに「ご馳走様でした。」と言って箸を置いた。
「イルカ先生の料理は、いつも美味しいですね。」
そんなことを言ってくれる。
美味しいと言ってくれれば嬉しいが特別にイルカは料理が上手いわけでもないので、言われると擽ったい様な感覚に陥った。
「カカシ先生も料理作ってくれるじゃないですか、俺はカカシ先生の方の料理が好きだなあ。」
「そうですか?」
カカシが顔を緩ませて「なら、これからも頑張って作りますね。」と微笑んだ。
そして「ねえ、イルカ先生。」とイルカの横へと、つつと寄ってきた。
イルカの横に、ぴったりとくっ付く。
「ねえねえ、イルカ先生。」
ちょっと甘えた風の声を出した。
そんなカカシを子供みたいだなあ、と微笑ましい気分でイルカは見詰め、思わずカカシの頭を撫でてしまう。
しかし、カカシは何を思ったのかイルカとの距離を詰めてきた。
イルカを押し倒す勢いでカカシはイルカに詰め寄ってくる。
今日のカカシは、なんかおかしい。
そう感じたイルカは内心、首を傾げた。
もしかして任務で嫌なことでもあったのかなあ、と。
イルカの心と裏腹にカカシはイルカの両手を握って視線を合わせてきた。
視線が妙に熱っぽい。
カカシさん、もしかして暑いのかな、とイルカは心の隅で考える。
「イルカ先生。」
とりあえずカカシは、ものすごく真剣な顔だ。
「俺、イルカ先生に言いたいことがあって・・・。」
声も、ここぞとばかりに低く甘く響き魅惑的で、とっておきの声を出しているようだった。
さっきのカカシさんは、子供みたいだったのに。
・・・言いたいことって何だろう?
何やらカカシは真剣で、ちょっとだけ怖い。
「あのね。」と、ごくりと唾を飲み、緊張した面持ちのカカシは口を開いた。
「俺はね・・・。」
その時イルカは、あることを思い出した。
「あっ、分かった。」
にこっと笑って、そう言うとカカシはひどく、びっくりしたような顔になる。
「何が分かったんですか?」と聞き返してくるのでイルカはカカシの腕を、するりと擦り抜けて台所にある冷蔵庫へと向かった。
ついでに食卓の上の食べ終えた食器も洗い場へ運んでしまう。
イルカは、にこにこしながら冷蔵庫から、あるものを持ってきた。
「じゃーん!」と自慢げにカカシに見せる。
「カカシ先生の飲みたいって言っていたビール、今日、帰りに買ってきたんです!」
どうぞ、とイルカは元気よく、ビールを差し出してくる。
「・・・どうも。」
カカシは一言、言ってイルカからビールを受け取った。
イルカに言おうとしてことに対して、完全に気が削がれてしまっていた。
飲みたいと言っていたビールを覚えていて買ってきてくれたのは嬉しいが・・・。
そしてイルカに聞こえないように呟く。
「全然、分かってないじゃないですか・・・。」
覚悟を決めて言おうとしたのに。
イルカのことが好きだと・・・。
イルカ先生って、手強いかも。
そんなことを思いながらイルカがカカシのために買ってきてくれたビールを苦い思いで飲み干したのだった。
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