The Three2
呆然としたまま、イルカはふら付く足取りで受付け所に引き返した。
書類を渡すのを、すっかり忘れている。
受付け所に戻ってきたイルカだったが、様子がおかしいのを同僚が見咎めて聞いてきた。
幸い、まだ受付け所は閑散としている。
「イルカ、どうしたんだ?書類は渡してくれたか?」
イルカは、同僚の言葉が耳に入らないのか、すとんと近くの椅子に座った。
「イルカ?」
同僚が、手の平をイルカの顔の前で、ひらひらと振っているが反応はない。
「おい、イルカ。本当にどうしたんだよ。」
とりあえず、イルカの隣りの椅子に座った同僚が顔を覗きこむと、くわっと目を見開いたイルカが顔を上げた。
「えっ?なに?」
驚く同僚にイルカは言った。
「今、上忍控え室に言ったら、俺、すごいこと聞いちゃったんだ!」
「すごいこと?」
「うん。」とイルカは頷き、唾をごくりと嚥下する。
「なんと・・・。」
「なんと?」
「カカシさんに恋人がいたんだ!」
たっぷり十秒は黙っていた同僚だったが、聞いてから実に奇妙な顔をしてイルカを見つめた。
そして言った。
「で?」
「でって、カカシさんに恋人がいたんだぞ!」
イルカは興奮している。
「だぞ!って言われても。」
今、イルカと話している同僚は付き合いも長く、若かりし頃トラップを仕掛けにイルカとカカシの隊に赴いたことがあったりしたので、イルカとカカシのことは、それなりに把握していた。
勿論、特別な間柄だということを、だ。
カカシがイルカを大事に思っていることも知っていたし、イルカがカカシに絶大な信頼を寄せているのも知っている。
それらを日常的に目の当たりにしている同僚はカカシに、今更、イルカ以外の別の恋人がいるなどと全く思っていなかった。
「俺、どうしよう。」
イルカは、しょんぼりと肩を落として声も小さくなる。
「今、カカシさんと住んでいる家も出なきゃ。引越し、いつがいいと思う?今日?明日?明後日?」
「まあまあ。」と同僚はイルカの肩を軽く叩いて落ち着かせようとした。
「一足飛びに、そんなこと考えなくても。だいたい、本人には確認したのか?」
「確認なんて・・・。できないよ。」
イルカは、力なく首を振った。
「だって本当に、そうだったら俺、立ち直れない・・・。」
「でも、話し合わないと分からないこともあるだろう?」
同僚は優しく諭す。
その同僚の言葉にイルカは思い出した。
俺が中々、人から向けられる好意を受け入れられなかった時に、カカシさんは俺のこと、好きだって言ってくれた。
大好きだって、今までも、これからも、いつまでも。
告白された時のことを思い出してイルカは幸せな気持ちになる。
自分に、こんな幸せな気持ちを齎してくれたカカシさんのことを信じないで、どうするんだ。
そうだ、先ず、カカシさんと話して、事実を確認しなければ、とイルカは自分を勇気付ける。
「俺、カカシさんと話してみる。」
力強く、拳を握ったイルカに同僚は、ほっと安堵の溜め息を吐いた。
良かった、こじれなくて。
はたけ上忍ってイルカが大事過ぎて、時々、周りが見えなくなるからなあ。
その時、とばっちりを受けるのは傍にいる者達である。
「でも、さあ。」
さっき決心したばかりなのにイルカは、その決心を、あっという間に翻した。
「でも、心の準備が必要なんだよなあ、今日、カカシさんと話し合うのは無理かも・・・。なあ、今日の夕方から、任務だったよな?」
イルカは同僚に話しかけた。
「ああ。そうだけど?」
「その任務、交代してくれよ。頼む!」
手を合わせてイルカは頼み込んでくる。
「暫く、里を離れて、落ち着きたいんだ。それから、カカシさんと話すから。」
「駄目だ駄目だ。」
同僚は首を、ぶんぶんと横に振った。
「時間を置いたら、絶対に話し合う気、失くすだろう、イルカの性格からして。自己完結して、そのまま、はたけ上忍と別れるとか突っ走ったこと言うに決まっている。」
「誰と誰が別れるのかな〜?」
ひんやりとした空気が漂って、いつの間に受付け所に来たのかカカシが笑顔で、そこにいた。
だが、しかし、ちっとも目は笑っていない。
同僚は、すさささっとイルカの傍から離れた。
これ以上、イルカの傍にいると危険だ。
カカシに笑顔で見つめられて、イルカは本能的な危機感を感じて一歩、後ろへ下がった。
「俺、い、今から任務に行くので。」
笑顔のまま、カカシはイルカの肩を片腕で掴んだ。
がっしりと絶対に離さないという意思表示のように。
「へえええ。でも、俺は行かす気ないなあ。」
だって、本来、そこの君の任務でしょう?と同僚を指差す。
いったい、いつから話を聞いていたのだろうか?
「そうです、俺が行きますから。」
同僚は激しく首を縦に振る。
「だってさ。」
にこ、とカカシは無邪気に微笑んだ。
「イルカ。」と穏やかにイルカの名を呼ぶ。
「俺達、話し合うこと、た〜くさんありそうだね。」
「・・・カカシさん。」
「ね、俺の仔猫ちゃん。それとも仔兎ちゃん?いやいや、仔鹿ちゃん?」
穏やかにイルカに呼びかけてはいるが、今日のカカシは、とっても怖い。
イルカは顔色が悪くなってきた。
もしかしてカカシさん、怒っている・・・。
カカシがイルカに怒ったことなんて、一緒に住んでから一度もなかった。
初めての局面、カカシが怒っていることに、イルカはどきどきしてしまう。
対処の仕方が皆目、検討がつかない。
「いやあ、この場合は、やっぱり仔羊ちゃんが最適かな。」
にやり、とカカシが笑った。
どちらかと言うと邪悪な感じで。
羊って、俺、生贄?
つつつ、とイルカの背筋に冷たい汗が流れ落ちたのだった。
The Three1
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