15歳 2
「あー、ちょっと」
あれから三ヶ月。
季節は八月になっていた。
八月初めの暑い日のことだ。
カカシは相変わらず、暗部で働いており、部隊も変わっていなかったので同じ隊長の元にいた。
同じ隊長とは以前に『仔鹿』の通称名を持つ忍から情報を一緒に受け取りに行った隊長のことだ。
「はいはい」
カカシは、わくわくしながら隊長の命令を待つ。
「なーに、なんでしょう?つか、アレ?」
「変なやつだなあ」
妙に機嫌がいいカカシに若干、引きながら隊長は言う。
「三ヶ月前に行った、あの場所覚えているよな?」
「もっちろん!」
「じゃあ、今日の同じ時刻に行って例のアレを受け取って来い」
「りょうかーい」
仔鹿と会えるのか、とわくわくする。
例のアレとは情報が詳細に記されている巻物のことだろう。
カカシは期待に胸を高鳴らせていたのだが、隊長がその期待を見事に打ち砕いた。
「あ、それからなあ」
「ん?なに?」
「ヤツは忙しくて来れないんだと。例のアレは、その辺に隠してあるから持っていけって」
「ええー」
カカシは不満の声を上げた。
「なら、行かない」
仔鹿に会えないなら意味がない。
「すっごく強くなったら仕返ししてやろうと思っていたのに」
「やめろって、返り討ちにされるのがオチだって」
文句を言うカカシを、さらりと交わす。
その辺りが若いけれど暗部の隊長たる所以なのかもしれない。
「じゃ、頼んだからな」
それだけ言って隊長も忙しいのか、どこかに行ってしまう。
「ちぇっ」
つまらなそうに舌打ちしたカカシは渋々と行動を起こした。
「ああ、あったあ〜」
カカシは疲れた声を上げた。
隠された巻物を探し当てるのに一苦労どころか十苦労くらいしていた。
「もー、仔鹿ってば、なーに考えてんだよー」
ついつい、愚痴も出てしまう。
「見つからないように隠すのは、いーんだけど、トラップの数が多すぎなーい」
溜め息を一つ吐き、カカシは巻物二つを懐に仕舞いこんだ。
「えげつないトラップばっかり。危うく死にそうになったじゃんか」
カカシでなければ本当に死んでいたかもしれない。
どうやったら、こんな仕掛け思いつくのか、仔鹿の頭の中を見てみたいと心底思ってしまった。
だが、その相手は今はいない。
「おーい」
いない相手に向かってカカシは呼びかけた。
「次は、ちゃああんといろよー」
人の気配はない。
森の中は風ばかりが吹いていた。
それから三ヵ月後。
八月から三ヶ月経ったので暦は十一月になっていた。
肌寒くなってきている。
カカシは再び、隊長に呼び止められた。
「あー、ちょっと」
「はーい」
三ヶ月前と同じことを言われる。
「あの場所を覚えているよな、今日の同じ時刻に行って例のアレを受け取って来い」
「いいけど」
「けど?」
言い淀んだカカシを隊長が不審そうに見る。
「何か問題あるのか?」
「別にないよ。たださあ」
「ただ?」
「ヤツは来るのかなあって」
とりあえず、どこで誰が聞いているか分からないので通称名は伏せて聞く。
「ああ、そうだなあ」
んー、と隊長は考えるように顎に手を掛ける。
「よく分からん。来るか来ないかは状況次第と連絡を受けている。事務連絡は特にないから、お前だけでいいかと思ったんだが」
「ふーん、そう」
「なんだ、一人じゃ心細いのか?」
「そうじゃないよ。いいよ、分かった、行って来る」
「頼んだぞ」
「りょーかーい」
カカシの様子に首を傾げたものの、カカシを信頼をしていた隊長は特に心配はしていなかった。
「いっるのかな〜、いっないのかな〜」
節をつけて小声で歌いながらカカシは、あの場所である待ち合わせ場所に赴いた。
「ん?」
ふと足を止める。
何かの気配が微かにした。
敵かもしれないと自分の気配は、すぐさま総て消してしまう。
「これは・・・」
そろっと足を進めると待ち合わせの場所の一角の空間が歪んでいた。
よくよく目を凝らさないと分からないくらいの歪みであったが。
森に溶け込むようにして結界が張られているのが解った。
手を伸ばすと侵入者を拒むように、ぴりぴりとした感触が伝わってきた。
これ以上、無理に結界を破ろうとすると、きっと好ましくない何かが起こる。
おっそろしいトラップとかね・・・。
対仔鹿で学習していたカカシは結界破りの印を結ぶ。
少しの時間は掛かったが結界の一部を消すことはできた。
そこから体を滑り込ませると中にはカカシが再会を待ちわびていた人がいた。
「こじか」
呼びかけても反応がない。
仔鹿は膝を抱えて、そこに顔を埋めて動かなかった。
眠っているのだろうか?
頭には何も被ってはいなかったが、肩より長い髪が顔を覆いつくして、顔は全く見ることができなかった。
動かない仔鹿をカカシはいい機会だと、じっくり観察することにした。
今回も一般人の格好をしており、手首より袖丈のある黒い長袖のティシャツにくすんだ色のズボンを履いている。
「あれ?」
カカシは仔鹿を覗き込んだ、注意して。
顔は髪が覆っていて見ることはできなかったが、項は髪が左右に垂れているせいで見える箇所があったのだ。
その箇所に目が止まった。
白い布が首に巻かれている。
包帯のようだった。
そういえば・・・。
カカシは、くんと匂いを嗅いだ。
上手に匂いを消してはいるが、ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ病院の匂いがした。
消毒薬の匂いだ。
どうやら、それは仔鹿の体から発しているものらしかった。
もしかして。
カカシは推測する。
仔鹿は怪我をしている、それも体の大部分を。
それにだ。
なんだか仔鹿は痩せたような気がした。
といっても、最後にあったのは六ヶ月も前だ。
記憶も危うい。
だけどもカカシは顔も碌に見たことがない目の前の相手が痩せたような気がしてならなかった。
初めて会ったときに足を吊り下げて、相手の体を持ったのでだいたいの体重は予測がつく。
そっと髪に触れてみた。
見た目通りの髪で、しっとりとして手触りが良い。
そのとき、声がした。
「背が伸びたな」
仔鹿の声だった。
「え?」
思い切り動揺して触れていた仔鹿の髪を掴んでしまう。
「痛い」と仔鹿から抗議され、もったいなかったがすぐさま離す。
確かに身長は六ヶ月前に比べると格段と伸びた。
成長期でもあるから。
「どんくらい伸びた?」
顔も上げずに仔鹿が聞いてくるのをカカシは、いつになく素直に答えてしまう。
「どんくらいって。十センチ以上は伸びたけど」
「ちっ。負けた」
仔鹿が悔しそうな声がする。
顔は伏せているので声が篭って聞こえる。
「それより、どうして背が伸びたって分かったのさ?」
わけが分からずに聞いてみると仔鹿は端的に返答された。
「足のサイズが大きくなっている」
「ああ・・・」
確かに背も伸びて足のサイズも大きくなった。
顔を伏せている仔鹿から見えるのはカカシの足だけなので、それから推理したに違いない。
しかし。
「アンタ、そんなとこも見ていたの?」
カカシは呆れたように言葉を発した。
六ヶ月前に初めて会った相手の足のサイズを覚えているなんて余りない。
余りじゃなくて、ほとんどない。
「隊長は?」
「今日は来なかった」
「そうか」
はあ、と仔鹿から疲れたような溜め息が漏れた。
「じゃあ、これ」
また、どこからか取り出したのか仔鹿が巻物を二本、カカシの寄越した。
「渡しておいて」
「うん」
受け取ってカカシは巻物を仕舞う。
「あのさあ」
ちょっと不機嫌そうな声を出した。
「受け渡しときも人の顔も見ないって、それってどうよ?」
ちょっと怒っている。
最初から今まで仔鹿は体勢を崩していない。
膝を抱えて座ったままだ。
仔鹿は、くすっと笑ったようだった。
「何がおかしい?」
「だって」
顔を伏せたまま、仔鹿は言う。
「アンタたち、面を被っているのに人の顔を見るも見ないもないだろう」
「そりゃあ、そうだけど」
「終わったなら帰れ」
もう用はないとばかりに仔鹿は言い放つ。
「アンタは?」
「俺は・・・」
仔鹿は本当は疲れているのかもしれない。
声が掠れている。
「もう少しだけ、ここにいる」
抱えていた足を引き寄せて体を小さくする仔鹿。
何があったのか、カカシには分からないが。
「だったら付き合うよ」
そう言って傍らに座ったカカシを仔鹿は咎めなかった。
やがて寝息を立て始めた仔鹿は、よっぽど油断したのか隣に座ったカカシの肩に頭を持たれかけさせた。
はらり、と顔を覆っていた髪が落ちる。
そのときに初めてカカシは仔鹿の顔を見たのであった。
15歳 1
15歳 3
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