ただ愛しいだけなのに7
「ふ、ふふふふふふ〜」
本で顔を隠して不気味に笑うカカシを紅とアンコは、思い切り不審な目で見た。
「朝から何よ、カカシ」
「変な声出して気持ち悪いよ」
「いいよいいよ、何言われても」
二人に何を言われてもカカシはご機嫌だった。
「俺は無敵だから、愛の力は偉大だから」
意味の分からぬ返しをしている。
「なに言ってんのよ・・・」
「そうだよねえ〜。・・・あ!」
ぴんときたアンコがカカシに言った。
「昨日、いいことあったの?」
「昨日?」
首を傾げた紅に対して、カカシは頷いた。
覆面の下で、にやりと口角を上げて。
「まあねえ」
「上手くいったんだ?」
アンコが興味津々とばかりに目を爛々と光らせる。
「何を指して上手くいったか、聞いているのは分からないけど。俺的には十分満足のいく結果となりました」
「ああ、そう。なら、よかったじゃん」
アンコが、ほっとしたように肩から力を抜く。
「どうなることかと思ったけれど、やるときにはやる男だね」
「・・・ちょっと誤解を招くような言い方やめてくれる?」
「イルカの耳に入ったら困るから?」
からかうようにアンコが言うとカカシは深く首を縦に振った。
「それよりさ〜」
ぱたんと本を閉じたカカシが恨めしそうな目になった。
「知っていたなら教えてくれればよかったのに〜」
「何が?」
「イルカ先生の周辺に起こっていたこと・・・」
「ああ」
紅とアンコは同時にため息を吐いた。
「何度も忠告したじゃないの」
「そうだよ〜、気づかないのが悪いんだって」
「そう言われてもさ」
カカシは、がくっと肩を落とした。
「まさか、俺が任務で里に不在の間に全く知らない女たちがイルカ先生に嘘を吹き込んでいたなんてさ」
そんなこと思ってもみなかった。
「一度も見たことも話したこともない人間が無いこと無いことイルカ先生に言っているなんて」
その所為でイルカが、とても悩んでいたなんて。
思いつめていたなんて考えてもみなかった。
「俺が至らぬばっかりにイルカ先生に辛い思いをさせていたなんて」
落ち込んでいる。
「そりゃあね」
はっと紅が呆れたように両手を広げる。
「カカシってばイルカ先生しか見ていなかったじゃないの。イルカ先生以外は目にも入ってないようだったし」
イルカだけを追っていて周りの状況が見えてなかった、というよりイルカ以外に興味がなかった。
「だってイルカ先生が目の前にいるのに、なんで他のものを見なきゃいけないわけ?」
カカシは語る。
「イルカ先生に会ってから三年余り。遠くから陰日なたなく、じっと気づかれないように気配を消して眺めているだけだったのに」
でも、そんなことをしなくてよくなった。
イルカが目の前にいるから近づいて話しかけて、姿を見て声を聞いて、仲良くなって優しくして、そして。
やっと恋人の地位を手に入れた。
関係を揺るぎないものにした。
愛しい人を自分だけの人にした。
「あのさあ」
カカシの言い分を聞いていたアンコが、ずばり指摘した。
「それって、一歩間違うとストーカーってやつじゃない」
「え、そう」
そんなつもりは一分もなかったけれど。
「イルカに知られぬように隠密に行動して、イルカの生活を逐一観察していたんでしょ」
「まー、そうなるかな」
「危ないやつねえ」
紅が疲れたように、ふうと息を吐き出す。
「それでさ」
カカシの目が剣呑に光ったような気がした。
「手っ取り早く教えてほしいんだけど、イルカ先生につまらないこと言っていたやつらって誰と誰と誰?」
にっこりと微笑んだカカシは、ちっとも微笑んでいなかった。
「これからの俺の幸せな未来のためにも、ぜひとも制裁駆逐しなくちゃねえ」
ほのぼのとした雰囲気を醸し出しながら、言っている内容は正反対だ。
「イルカ先生が辛い思いをした分、たっぷりお返ししたいから」
語尾にハートマークが付きそうな言い方が余計に怖い。
「俺のイルカ先生をいじめてくれたから、俺が仕返ししたいんだよね」
並々ならぬ、やる気がカカシが感じられた。
同時に足元から、ひんやりとした冷気も立ち上ってくる。
殺気だ。
「本来ならば、既に進展しているはずのイルカ先生との大事な時間を奪われた訳でしょ。俺の人生で一番バラ色になっていた時間を邪魔された訳でしょ」
カカシは本気だ。
「イルカ先生が傷つかなくていいのに傷ついた訳でしょ。哀しい思いをした訳でしょ」
ゆっくりとカカシは言葉を発した。
「許さない」
当事者ではないのに背筋が凍るほど、ぞっとした紅とアンコであった。
「ま、まあ、ちょっと落ち着きなよ、カカシ」
「そうよ」
気を取り直した紅とアンコがカカシをいなす。
「言わなかったのは悪かったけどイルカと約束していたからさ〜」
「それにカカシがいない間、私たち出来るだけイルカのフォローをしていたわよ」
ふっとカカシの気配が和らいだ。
「それについては感謝しているよ」
「それにね」
今度は紅が「ふふふふ」と不気味に笑った。
「もう何も心配することないわ」
「どういうこと?」
尋ねると紅が凄い笑みを見せた。
「あんまり陰険で陰湿で卑怯なことをするからね、私が死線を彷徨う程度に締め上げておいたわ」
「紅が?」
「そう」
楽しそうに頷いた紅の美しい顔が、いつもより壮絶に美しいのは紅も忍だからであろうか。
「女には女のやり方があるのよ、だってカカシだったら」
ちらとカカシに流し目をくれる。
「殺しちゃうでしょ?」
「うん、殺す」
カカシは、あっさりと言い放つ。
特に殺すことに対して悔いや蟠りはないようで。
「だって、いなくなっても困らないからね〜」
のんびりとした口調であった。
「じゃ、俺、イルカ先生迎えに行くから」
すっとカカシは立ち上がる。
「今日は一緒に帰る約束しているし、夕飯もどこかで食べていくんだ〜」
とっても楽しそうである。
「手も繋いでいいし〜」
今にもスキップしそうである。
「イルカ先生、もう俺のことだけを信じてくれるって言ってくれたし、今まで最後には俺との付き合いを諦めなきゃいけないと思って俺との接触を断っていたんだって〜」
もはや、言っていることは惚気だ。
「告白してから離れていた分、今日から・・・。昨日から、たくさんくっ付くことにしたしねえ」
本当にカカシは嬉しそうだ。
「あー、分かった分かった」
あっち行けという風にアンコが手で追い払う。
「もう、いいよ。早くイルカのとこに行けば?」
「聞いているだけで胸焼けするわ」
「うん、じゃあねえ。色々、ありがとね〜」
言うだけ言うとカカシは即効、イルカの迎えに行ってしまった。
「放出しているチャクラが甘いわねえ、何あれ。イルカ先生にでれでれじゃないの」
「そうだねえ」
相槌を打ったアンコは、ぐーっと伸びをした。
「甘さにやられて、逆に甘いもの食べたくなっちゃった」
お汁粉食べに行こーっと、と言ったアンコに紅は「じゃあ、私も」と連れ立って甘味処へ行き、二人して甘味三昧したのであった。
「イルカ先生」
受付所へ顔を出すとイルカがカカシを見て嬉しそうに笑みを浮かべた。
もう俯くことない。
カカシの視線を避けることはない。
昨夜、イルカは総てカカシに打ち明けてくれた。
カカシが胸に抱きしめると、ぎゅっとイルカの方からも抱きついてきて離れなかった。
終わるのが怖かった。
本当かどうか、真実を尋ねて頷かれたら終わりになるであろうと恐怖があった。
「カカシさんが好きだから」
好きだから。
だけども。
やがて別れがきても諦めがつくように、カカシと触れることはしなかった。
「一度、触れ合うと駄目だと思って」
離れられなくなると思って。
苦しい胸の内をイルカは明かした。
「できるだけ長くカカシさんの傍にいたかったんです」
抱きついてきたイルカを包み込むように大事に抱きしめて。
優しく優しく抱きしめた。
背を撫で、髪を撫で、耳朶に唇で触れる。
身体的にも精神的にも疲れていたのか、イルカはカカシの手に安心して抱きついたまま眠ってしまった。
そのイルカを抱きしめてカカシも、また眠ったのである。
朝、起きたときイルカは照れていたけれどもカカシはイルカを放さなかった。
「これから、ずっと一緒ですよ」
そう言うとイルカは頷いた。
「聞きたいことがあったら俺に何でも聞いてくださいね」
「はい」
起き抜けのイルカの顔が可愛く目じりにキスをするとイルカは、くすぐったそうに肩を竦めた。
それが昨夜から今朝にかけての出来事だ。
「まあ、あれですね」
イルカの横を歩きながらカカシは、うんうんと自分を納得させていた。
もちろん、イルカと手を繋いでいる。
「なんです?」
イルカが首を傾げる。
「いやあねえ」
にこっとカカシが笑う。
「俺たち、コミュニケーション不足だったんだなあって」
繋いでいる手に力を込めた。
「好きあっているんだから、もっと会って、たくさん話をしていればよかったんですよ」
「そうですね」
イルカも応じた。
「関係が壊れるから怖いと思っているばかりじゃ何にも進みませんね」
「そうですよ〜」
カカシはイルカの手を引く。
「俺の一番はイルカ先生なんです。イルカ先生が何を言っても何を聞いてきても、怒ったりはしませんから。ましてや、別れるなんて以ての外です」
「・・・はい」
「この世界で愛しいのはイルカ先生だけなんです」
「俺も・・・」
カカシさんが、と言うイルカの手をカカシは引っ張った。
イルカの体がカカシに引き寄せられて、お互いの距離が近くなる。
「そう、俺を信じてください」
「信じます」
微笑んだイルカが、そっとカカシの手を握り返した。
「他の人の言うことに、もう惑わされたりしません」
「うん、俺もイルカ先生の言葉だけを信じますから」
キスはしなかったが、顔を見合わせたカカシとイルカは見詰め合って、花が綻ぶように微笑した。
恋人同士は言葉がなくても一緒にいれば、それだけでいい。
二人でいれば、それで十分。
愛しい人が世界の総て。
愛しい人が自分の総て。
だから幸せ。
「イルカ先生、何食べたいですか?」
「カカシさんと一緒なら何でもいいです」
「じゃー、俺のお勧めの店があるから行きましょう」
繋いでいる手を離さずに歩く二人。
後ろ姿は、とても満ち足りていたのであった。
終わり
ただ愛しいだけなのに6
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