台風少年20
しかし、カカシは水の中に姿を消す前に、さすが上忍と思える素早さでイルカの肩を掴むと、その腕で力いっぱい抱きしめた。
「イルカ、必ず帰ってきて。死なないで。」
「・・・カカシ。」
「さっきは流されちゃったけど、イルカのことが好きなんだ。」
体が消える短い時間の中で上忍の面目躍如たる行動でイルカを抱きしめたまま、抗う暇がないくらいの速さで強く口づける。
そのまま唇を首筋に移動させて、是非ともやってみたかったことをした。
「なに?痛いっ!」
イルカが小さく悲鳴上げるほど首筋に噛むように吸い付き、濃い跡をつける。
「これは俺の印だよ。好きだっていう証のね。」
「な、なななんってこと・・・。」
口を、ぱくぱくとさせて言葉を失っているイルカを目に焼き付けるとカカシは本当に水の中に姿を消した。
水の中は温かく総てを包み込むように、緩く水流が巡回していた。
その中でカカシは忘れていた記憶を視ていた。
疾うの昔に逝ってしまった者たちとの哀しい記憶。
過ぎ去ってしまった過去の中の辛い記憶。
視たくない、とカカシは心の中で叫んでいた。
胸が押し潰されて死にそうだった。
「カカシ!おい!」
体を揺さぶられて目を開けると見知った顔が自分を見ていた。
「・・・・・・アスマ。」
低くカカシは呟く。
「ここは・・・。」
ほっとしたように肩の力を抜いたアスマは答えた。
「木の葉の里だよ。水渡りの術は成功したようだな。」
その言葉にカカシは機敏に反応する。
目を見開く。
「成功?」
カカシの体は水で、びっしょりと濡れていた。
「成功だって、あれが!」
寒さだけではない震えがカカシの体に走る。
「あんなものを視ること自体が、もう術は成功じゃないよ。」
あんなもの、と思い出してカカシは口元を押さえた。
喉奥から吐き気がしている。
本当に吐きそうだった。
「あんなに哀しくて寂しくて辛くて・・・。一番忘れていたかったものを思い出させる術なんて術じゃない。ただの拷問だ。」
カカシの目から涙が流れ出る。
「イルカ。」と自然と名前が零れ出た。
「術を使う度に、あんなものを視るんなら気が狂ってしまうよ。今だって俺は苦しくて苦しくて、しょうがないのに。なんでイルカは笑っていたんだ・・・。」
「お前を助けたかったからだろ。」
傍で聞いていたアスマが顔を歪めている。
「もういい、カカシ。お前は混乱している。今は休め。」
「でも!」とカカシは声を上げて抗議をした。
「最初に術を使ってイルカは死にかけたんだろ?あれを視たイルカが死にそうなったって言ったのが、よく解った・・・。」
大粒の涙がカカシの目から、ぽたりと落ちる。
地面に落ちた透明な涙は土の色を変えて、地面に沁み込んでいった。
「あんなのって酷いよ。酷すぎる。」
イルカは自分を助けに来る時、どんな気持ちで術を使ったのだろう。
術を使う度に残酷な記憶を視るのは解っているのに、それでも果敢に助けに来てくれたのだ。
「・・・・・・イルカ。」
イルカに会いたかった。
会って抱きしめて慰めたかった。
自分の胸に、ぽっかりと空いた何倍もの苦しいものをイルカは抱えているに違いないから。
そこまで考えて頭が、くらくらとしてきたカカシは、その場に倒れてしまった。
心の中でイルカの無事を祈りながらカカシは目を閉じる。
強力な精神安定剤に含まれていた催眠の成分が効いてきたのであった。
台風少年19
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