カラフルライフ 2
逃げてえ、この場から。
アスマの背に大量の冷や汗が流れ落ちる。
紅が激しく憤り、カカシとイルカが痴話喧嘩にも見えるが大間違いな甘い恋人ワールドを展開、上忍の控え室内は体感温度氷点下。
ここ場にいたくない。
しかし前方にもカカシとイルカ、後方には紅。
いうなれば前門の虎、後門の狼である。
一刻も早く、この場から逃げたいアスマの気持ちを余所にカカシとイルカの痴話喧嘩らしきものは続いていた。
「それを言うならカカシさんだって」
今度はイルカが疑わしげな目でカカシを軽く睨んだ。
「カカシさんこそ、オレに飽きてしまったんじゃないですか?」
「・・・・・・・・・は?」
イルカの言葉を聞いてカカシが固まった。
カチンコチンに。
金槌で叩けば、ぱきーんと粉々に砕けそうであった。
それほどまでに硬直している。
イルカの言った言葉の意味が解るまで、かなり時間が掛かったのであろうか。
たっぷり一分以上経ってからカカシが、ぱちぱちと何度か目を瞬かせた。
そして、もう一度。
「・・・・・・・・・え?」
言われたことを反芻する。
「え?え?え?ええ?えええ?ええええ?えええええ?」
カカシは動揺を通り越して、いつもの冷静さを失っている。
アスマは滅多にないカカシの様子に「『え』を十八回も言ってどうするんだ」と突っ込みたくもなったが、なんだか可哀想になってきた。
対して紅は何故か瞳を輝かせ始めていた。
声には出さないが、わくわくしているのが伝わってくる。
「なになに、カカシが何かしたの?」と言いつつ「イルカにひどいことをしていたら許さないわ」と矛盾したことを言っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください、イルカ先生」
カカシの手から逃げていこうとするイルカの手をカカシは掴みなおして必死に言う。
なおかつ、イルカの腰にも手を回して逃げられないように先手を打っている。
「ななななな、なんで、そんなこと言うんですか?オレ、何かしましたか?」
「覚えてないんですか?」
イルカの静かな声音にカカシの焦りはひどくなる。
「覚えてないっていうか、なんていうか、その、あの、つまり・・・」
しどろもどろだ。
「忘れてしまったんですか?」
さらに問い詰められるとカカシは困惑している。
「イルカ先生のことは、いつでも朝も夜も一日中、忘れたことはありません。いつも心のどこかでイルカ先生のことを想っています、忘れたりしません」
聞きようによっては熱烈な愛の告白だ。
アスマの隣の紅は美しい顔を歪めて砂でも吐きそうな形相になっている。
「なによ、あれ!胸焼けするわ」と自らの希望で訊いていたのに、そんなことを言っていた。
「ええっと、そのですね」
カカシは、どうにかして自分の気を静めたのかイルカの腰に回していた手でイルカを引き寄せて自分の隣に座らせた。
大人しく座ったものの、イルカの顔はそっぽを向いている。
見ようによっては今度はイルカが拗ねているようだった。
「あの、イルカ先生」
話しかけてもイルカは黙っている。
「オレがイルカ先生に飽きるなんてことは天地神明にかけて天地がひっくり返ってもありえませんから。どうして、そんなことを思ったのか話してくれませんか」
宥めるが如く、やわらかく言葉を紡ぎ出すカカシはとても優しかった。
「オレが悪かったのだったら謝りますから。ね?」
何度か乞われてイルカは背けていた顔をカカシに向け、ようやく言葉を発した。
「あ、の・・・」
「はい」
「え、と・・・」
「うん」
見ているだけで背中がむず痒くなるような二人だった。
現にアスマは背中がむずむずとしている。
「あの、やっぱりいいです」
イルカの顔が、ぱっと赤くなって立ち上がってカカシから逃げようとした。
「考えてみたらオレが子供っぽいというか、どうでもいいことで怒っていたみたいなので」
「待ってください、イルカ先生」
当然、カカシは逃がさない。
立ち上がろうとするイルカを押さえて諭すような口調になる。
「こういうことは、きちんと話しておかないとお互いの気持ちの擦れ違いの原因になってしまいます。イルカ先生が、どうでもいいと思ってもオレにとっては、そうじゃないかもしれない」
話してください、と真っ直ぐなカカシの視線に晒されたイルカは赤い顔を俯かせた。
「絶対に怒りませんから」
ここまでカカシに言われて、ついにイルカは折れた。
「朝・・・」
声が小さい。
「カカシさんがカップ割ったから・・・」
「あ!」
カカシは何事か思い出したようだった。
「ご、ごめんなさい」
ひどく慌ててカカシはイルカに謝った。
「あれは、わざとじゃなくて手が滑って。本当に本当に手が滑ってしまったんです」
「いいんです」
イルカは首を振った。
「オレの方こそ、つまらないことでカカシさんに言いがかりをつけてしまって。朝も謝ってくれたのに」
「あ、いや、そんなこと。オレが悪いんですから」
「形あるものはいつかは壊れると解っていたんですけど。あのペアカップ、カカシさんが初めてくれたものだったから」
思い出深かったんです、とイルカは続けた。
「カカシさんがわざと割ったんじゃないと思っていても、すごくショックで」
ごめんなさい、と、しょげたイルカは子供が叱られたような様相だった。
「つまらないことでカカシさんを困らせて」
変な話し、見ていたアスマはイルカを庇いたくなってしまった。
よしよしと頭を撫でて慰めてやりたくなるような・・・。
紅は、と見ると苦い顔をしている。
「つまらなくなんかないですよ」
カカシはイルカの頭を撫でて慰めていた。
「そんなにイルカ先生がオレのあげたカップを大事にしてくれていたなんて嬉しいですよ」
「カカシさんがくれたものは全部、大事に思っています」
「ありがとう」
人目を意識してかカカシはイルカの頬にではなくて、握っていたイルカの手の指先に唇で触れた。
「オレもです」
そして、なんとなく二人は見つめあい微笑んだ。
「でも一番、大事なのはイルカ先生ですから」
カカシが、そう言うとイルカが照れたように頬を染めた。
つまり、恋人同士の二人は他人から見たら他愛もないことで、もめていたのである。
アスマが見ていたのは、そこまでであった。
何やら苦い顔をしている紅に控え室の外に連れ出されたのである。
アスマの腕を、ぐいぐいと引っ張って歩く紅は、どうしてか憤慨していた。
「あれだけ焦らして結局、ハッピーエンドなの!」
「ハッピーエンドじゃ駄目なのか?」
アスマが訊くと紅は振り向き、きっとアスマを睨みつけた。
「ハッピーエンドでいいに決まっているじゃないの!」
訳が解らない。
いったい紅は何を望んでいたのか・・・。
女心は理解不能だぜ、とアスマは心の中で密かに涙を流す。
その夜。
アスマは紅の酒に付き合いながら、篤と女心について語られた。
それは終わることなく朝まで続いたのであった。
終わり
カラフルライフ 1
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