好きじゃなくてもいい、嫌わないで 9
カカシは物の数分で、あっという間にイルカを見つけた。
単に人けの無い場所に当たりをつけただけだったが。
イルカは誰かといた。
その誰かはカカシと直接の面識はないが上忍であることは知っている人物だった。
イルカは、その人物と二人きりだ。
急いで、近づいて行くと二人の会話が聞こえてきた。
「カカシと友達なら・・・」
自分とも友達になれるだろう。
「友達になってほしい。それから、いずれは大人の付き合ってほしいと思っている」
口説き文句に他ならない。
イルカは困った顔をしつつも明確な拒否はしていない。
「いいだろう?」
そこで、イルカの手を取り握った時点でカカシは二人の元に到着した。
二人の間に割り込んで行く。
イルカの握られている手を無理やり、離して剥がした。
イルカがカカシ以外の人間に触られているなんて腹立たしい。
「全部、お断り!」
カカシはイルカを口説いていた相手を睨みつけた。
「イルカ先生には俺がいるから、今後、絶対にイルカ先生に近づかないように」
しっかりと釘を刺すとイルカの手を掴むと強引に引っ張っる用にして、その場を急いで離れた。
「カカシ、さんっ」
半ば、引き摺られるようにイルカは引っ張られている。
「カカシさん!」
「うるさいです」
振り返らずに、とにかくイルカを引っ張って行くカカシ。
イルカの位置からカカシの顔は見えなかったが、どうやら怒っているようだった。
「カカシさん、手が痛い・・・」
イルカの訴えが聞こえたのか、掴んでいたカカシの手の力が多少は緩んだ。
しかし、強く握られていることに変わりはない。
「どこに行くんですか?」
イルカの問いには答えず、カカシはずんずん歩いて行く。
「カカシさん・・・」
何度目かのイルカの呼びかけで、やっとカカシは足を止め振り返った。
握った手は、そのままに。
「イルカ先生」
イルカの名を呼んだカカシの声は低く、顔は険しい。
何より雰囲気が怖かった。
気がつくと誰もいない場所に来ていた。
「・・・はい」
今まで聞いたことのないカカシの声にイルカは竦みあがる。
カカシは明らかに怒っている。
怒っているとしたら、自分が原因だろう。
自分の行動が原因に違いない。
どうしよう、カカシさんが怒っている・・・。
その事実はイルカを打ちのめした。
思わず、カカシに握られた手を引く。
しかし、カカシの力の方が遥かに強く、逆に引っ張り返されると、よろめいて。
カカシとの間の距離を縮める結果となった。
どん、とイルカはカカシの胸に、ぶつかった。
「イルカ先生」
カカシの声がして、見上げるとカカシの顔が、すぐそこにある。
「前に言ったでしょ、俺」
「え・・・」
「もしもイルカ先生に付き合おうって人が現れたら、その人がイルカ先生に相応しい人かどうか、俺が見極めてあげますって」
友達付き合いを当初、カカシがイルカに言った言葉だった。
カカシは恐ろしく腹を立てていた。
自分でも分かる。
イルカが他の人間に触られたりしているのを見て、頭に血が上ったのだ。
イルカが自分ではなく、別の人間といただけでもムカムカとしてくる。
しかも、二人きりで。
手なんて取られて握られて。
そんなことを考えると、激しくイライラもしてきた。
苛立って、しょうがない。
イルカもイルカだ。
自分というものがありながら、なんで、あんなやつと・・・。
怒りはイルカに向かってしまい、心の中で理不尽な八つ当たりをしてしまっている。
イルカの手を力任せに握って引っ張って、一刻も早く、ここから離れなければ、と気が急いて。
「カカシさん、手が痛い・・・」
悲鳴のようなイルカの声が聞こえて、はっとなり力を緩めた。
緩めたけれど、離す気はなく。
何も言わず、ただ歩きカカシは怒りをイルカに、ぶつけぬようにと気を静めることに専念した。
ようやく、怒りが静まり、気持ちが落ち着いてきたカカシは足を止めると振り向いた。
そこにはイルカがいる。
「イルカ先生」
カカシの口から出た声は意図せずに低かった。
地を這うような、とまではいかないが、普段の声より数倍低い。
きっと顔も強張っているに違いない。
名を呼ばれてイルカは怖かったのか、身を竦ませている。
「はい・・・」
小さい返事が聞こえる。
自分を見て怖がっていると思われるイルカを見て、収まった苛立ちが再燃しそうになるのを、どうにか抑えた。
イルカを怖がらせてはいけない。
だけども、カカシが何に対して、このような行動をとったのかは解っていないようであった。
小さく返事をしたイルカは、ぐっと捕らえられている自分の手を引っ張った。
反射的にカカシは、その手を引っ張り返す。
引っ張られてイルカは、よろめいてカカシの胸の中に落ちてきた。
カカシのところに戻ってきた。
そのことに、ほっとした。
背に腕を回すと、その抱き心地の良さに心から安堵する。
自然と口から言葉が出てきた。
「もしもイルカ先生に付き合おうって人が現れたら、その人がイルカ先生に相応しい人かどうか、俺が見極めてあげますって」
その言葉に嘘偽りは一切ない。
一切ないが、見極めるだけだ。
付き合いを後押しする気は、これっぽちもなかった。
「さっきの人は駄目です」
カカシは見上げてくるイルカに、きっぱりと言い切った。
「イルカ先生に相応しくないです」
相応しいのは自分だ、と言いたい。
「友達になるのも、付き合うのも駄目です」
イルカは呆然とカカシの顔を見つめている。
その顔を見つめ返した。
「だいたいなんで」
そこで一旦、言葉を切る。
大きく息を吸い込んでからカカシは言った。
「イルカ先生には俺がいるのに、あんなやつに、のこのこと付いていったんです?」
もしも何かあったら、どうするのだろう。
相手は上忍。
イルカの力を侮っている訳ではないが、腕力に訴えられたら中忍のイルカでは勝てる確立は低い。
そんなことを考えて、カカシは内心、身震いした。
「何かあったら、どうするんです」
「何か・・・って?」
漸く、言葉を発したイルカはカカシ言っている意味を、ちっとも解ってないようであった。
「何かって、それはですねえ・・・」
間近で見るイルカの黒い瞳に圧倒されたカカシは言葉を濁す。
その澄み切った瞳はカカシが持っている危機感を微塵も感じていないようだ。
人を疑うことを知っているけど、知らないような・・・。
「それは、まあ・・・。おいおい説明します」
とりあえず、曖昧にカカシは誤魔化す。
デリケートな事柄は今、ここで言わなくてもいいと判断した。
「俺が来なかったら、さっきのやつと友達になるつもりだったんですか?」
少し言葉の調子を和らげて訊く。
「イルカ先生は、あいつと友達になりたいの?」
イルカは首を縦に振ることはない。
「イルカ先生には俺がいるでしょ。何が不満?」
「不満なんてありません」
「じゃあ、どうし・・・」
「だって」
カカシの言葉を遮ったイルカの目が強い光を帯びた。
「だって、しょうがないじゃないですか」
なにが、しょうがないのだろう。
「自分でも気が付かないうちに、どんどんどんどん、カカシ先生・・・、カカシさんのことが好きになっていって」
光を帯びた目が伏せられた。
「友達だって解っているのに、違うような気がして」
イルカは混乱しているようだった。
だが、しかし。
カカシは内心、嬉しさがこみ上げてくるのを押さえられなかった。
イルカの言っていることはカカシがイルカに対する気持ちを同じ種類の気がする。
「友達なのに、好きになっていく自分が怖くなってきて。それに、こんなに好きなのにカカシさんに嫌われたら、どうしようって」
イルカの告白は続く。
「だから、他の人と付き合って他の人を好きになれば、カカシさんをそんなに好きじゃなくなるかもしれないから嫌われないかもって思って」
「あのね、イルカ先生」
ぶっ飛んだイルカの考えにカカシは苦笑した。
要するに他の人間を好きになれば、カカシへの好きが減ると考えたらしい。
まさか、そんな考え方をしていたとは・・・。
「それは違いますよ」
丁寧に否定しておいた。
「イルカ先生は俺が一番好きなんだから、他の人間を好きになって、それは変わりませんよ」
「・・・・・・・・そうでしょうか?」
重い沈黙の後にイルカは呟いた。
「そうですよ」
カカシは自信たっぷりに頷く。
「好きは減ったりしません、増えて大きくなるだけです」
「カカシさん」
意を決したようにイルカが訊いてきた。
「俺のこと・・・」
「はい」
「好きじゃなくてもいいから、嫌わないでいてくれますか?」
この人は・・・。
「まったく、もう」
カカシはイルカを、ぎゅううっと抱きしめた。
「イルカ先生のこと、さんざん好きだと言ったでしょう。大好きだって」
いったい、今まで何を見てきたのか、と問い詰めたくなる。
「イルカ先生、大好きです」
大好き大好き、大好きです。
そう言いながら、カカシはイルカを抱きしめる。
「カカシさん・・・」
「イルカ先生も俺を好きでしょう?」
今更、嫌いだなんて言わせない。
言わせるつもりもない。
「はい・・・」
カカシの腕の中のイルカは赤くなりながら頷いた。
「カカシさんが好きです」
その返答を聞いてカカシの顔が、にんまりとする。
「合格です、イルカ先生」
誰にもイルカは渡さない。
イルカはカカシだけの人だ。
「で?」
その後の顛末を紅に尋ねられた。
イルカのことを教えてくれたのは紅だ。
「間に合ったの?」
「まあねえ」
カカシは上忍の控え室にて頬杖をついている。
「めでたしめでたしってとこ?」
「そうかも〜」
その割にはカカシは浮かない顔だ。
「あら、どうしたの。嬉しそうじゃないわね」
「嬉しくないわけじゃない」
「じゃ、嬉しいのね」
カカシの返事はない。
「イルカ先生といい関係を築けたんでしょ」
紅が言う、いい関係とは恋愛事含むものだ。
「う、それは・・・」
言葉に詰まったカカシが渋い顔をする。
「それは、まだ」
「まだあ?」
紅が、素っ頓狂な声を上げた。
「なんで、まだなのよ?もうすぐ、アスマが任務から帰ってくるから話して上げようと思っていたのに」
「話さなくていいから・・・。なんつーか、イルカ先生にとって俺は友達なの」
「友達?なんでよ」
「気持ちは通じているんだけど、友達から今、一歩前進してないの。イルカ先生は友達付き合いが心地好いみたいで」
「ふーん」
「つまり、俺は友達という名の恋人なわけ」
カカシとイルカは、お互いを好きだという気持ちはあるが。
依然、友達の範囲内、枠の中にいる。
友達と恋人の境目が、はっきりとしていない。
「イルカ先生が、俺のことを恋人だって自覚するまで待つつもりだけどね」
しかし、カカシにも忍耐に限界はあるわけで。
「待てなかったら、優しく穏やかに強攻策に出てもいいかなとも思うけど」
ちょっと不穏な発言もあるが。
それはイルカへの愛ゆえで。
「好きじゃなくてもいいから嫌わないで、なんて言われたけど」
にや〜っとカカシは笑う。
「すごい殺し文句だよねえ」
そう言ったカカシは、とても幸せそうに見えたのだった。
終わり
好きじゃなくてもいい、嫌わないで8
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