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白く輝く月 1



十月の末日。
任務帰り、イルカは森の中を歩いていた。
夕暮れ時で辺りは薄暗い。
木が多い茂っている森の中は、更に暗い。
いつもと変わらない森の中なのに、今日に限って薄気味悪い空気が漂っている。
「早く里に帰ろう」
帰ろうっていうか、帰りたい。
心細くなってきたイルカの頭に優しい恋人の顔が思い浮かぶ。
恋人も任務に出ており、帰還は今日。
イルカと一緒だ。
ひゅるると風が吹いてきて、ぶるっとイルカは震えた。
心なしか、吹く風も冷たくなっている。
「ん?」
ふと気がついた。
前方に何か動くものがある。
・・・人?
小さな影は、えっちらおっちらと動いていた。
背中に大きな荷物を抱えているようであった。
こんな森の中に人がいるなんて。
森の中の同じ道を何回も通っているが、同じ里の忍以外で人に会うのは初めてだ。
それに。
今の今までいなかったはず。
忍なので嗅覚、視覚、聴覚は鍛えられており、一般人よりも鋭い。
それなのに忍のイルカは何も感じていなかった。
不気味なものを感じたのだが。
前方の人物は大荷物を背負って難儀そうだ。
困っている人を放っておけないイルカは早足で追いつくと声を掛けた。
「もしもし。荷物をお持ちしましょうか」と。



「おやおや」 イルカが声を掛けた人物は振り返った。
「こんなところに人がいるとはねえ」
ひひひ、と笑ったのは、しわくちゃな老婆であった。
「私が見えるのかい?」
不思議なことまで聞いてくる。
「はい、見えますけど」
イルカの目には、はっきりと老婆は映っており、声も聞こえていた。
まさか、幽霊とかじゃないだろうな・・・。
するとイルカの心を読んだのか、老婆はにやりと笑って言う。
「幽霊じゃないよ、私は」
「そ、そうですか」
イルカの心臓が、どきりと大きな音を立てた。
幽霊じゃないとしたら、何なのだろう。
人の形をしているが、人ではないような気がする。
「それじゃあ」
老婆はイルカに構わず、背中の荷物を下ろした。
「せっかくだから、持ってもらうとするかねえ」
背中の荷物を渡してくる。
荷物の一部からは箒の柄の部分が突き出ていた。
「あそこの小屋まで運んでおくれ」
老婆が指差した先には古びた小屋がある。
あんな場所に小屋なんてあっただろうか。
覚えがない。
里の近くの森の中の地理は周知しているはずなのに。
しかし、それを考えている暇はなかった。
老婆が歩き出したのだ。
歩き方は、ゆっくりなのにイルカは小走りだ。
荷物も見た目と大きさの割には非常に重かった。
ずっしりと両腕に重さが掛かってくる。
ともすれば、見失いそうになる老婆の後をイルカは必死で追いかけた。



小屋に到着したときにはイルカは肩で息をしていた。
はあはあ、と息切れをおこしている。
近くに見えたのに、こんなに遠いなんて。
森の木々の間から見えた小屋は、すぐ近くに見えたのだが、その実、結構遠かったのだ。
老婆は木々の間の道なき道を、うねうねと歩いて、イルカは既に帰り道が解らなくなっていた。
何回、道を曲がって折れたのかも覚えていない。
複雑な道順であった。
「さあ、着いたよ」
振り返った老婆はイルカから荷物を受け取った。
そして感心したようにイルカを見る。
「よく、私について来られたねえ」
まるでイルカが迷うことを想定していたような物言いだ。
「ふむふむ」
しわくちゃな老婆は目を細めて、イルカを品定めでもするかのように上から下まで眺めた。
「案外、苦労しているんだねえ。でも、今は強力な守護星を持っている人が傍にいて護ってくれているんだねえ」
珍しい人間もあったもんだ、と妙なことを言われている。
「しかも守護星が月だなんて、これまた稀なこと。千年に一度、あるかないかだよ」
「はあ、そうなんですか」
最早、イルカには老婆が何を言っているのか、さっぱり理解できなくなっていた。
「まあ、そんな人間を惹きつけるのも自分が持って生まれた力のお陰だね」
力とは何を指すのか・・・。
力を持っていたら、中忍じゃなくて上忍になっていたんじゃないかとイルカは密かに思う。
「力ってのはね、目に見える力だけじゃないんだよ」
またまたイルカの心を読んだのか、老婆に言い当てられた。
「人の内には未知なる力が潜んでいる、様々なね。人間は気がつかないだけで」
そこで老婆の口元が歪んだ。
笑っているらしい。
「気がつかない人間の力を私たちは年に一度、こっそりと使わせてもらうんだけどね」
今夜が楽しみだ、と老婆は言う。



「さあさ」
老婆は握っていた手の平をイルカの前で広げた。
いつの間に持っていたのか、手の平の上には見たこともない木の実が乗っかっている。
木苺のような形の毒々しいほどの赤い木の実。
その赤は血の色を連想させた。
「荷物を運んでくれたお礼と面白いものを見せてくれたお礼だよ」
どうやら、イルカに食べろと言っているらしい。
「それに一年の内の今日に会ったにも何かの縁だ。今夜、会いたいけれど、もう会えない人に会わせてあげよう、一瞬だけどね」
会いたい人・・・。
もう会えない人・・・。
ぱっとイルカの脳裏に浮かぶのは恋人の顔と亡き両親の顔。
恋人には里に帰れば会うことが出来る。
だけど両親は、もういない。
まさか、イルカも亡き人に会えるとは思ってはいない。
だけども・・・。
この目の前の妖しい老婆の興に乗るのもいいかもしれない。
少しでも、会えるかも、と夢を見るのもいいかもしれない。
こんなこと滅多にないことだ。
もしかしたら、不思議なことが本当に起こるかもしれないのだ。
少しだけ、わくわくした。
普段は絶対に不審な物は口にしないが、この時ばかりはイルカは言われるままに木の実を口に入れてしまった。
口に入った木の実は、しゅわしゅわと口の中で融けていく。
すっぱくて、甘くて、塩辛い。
何とも言えない味がした。
そして、木の実が融けてなくなった時だった。
ぐらぐら、くるくる、ふわふわ。
周囲の景色が回って。
ふらふらと足元が覚束なくなってきて。
不意に気が遠くなってきた。
すーっと体が溶けていくような感覚。
遠くから老婆の声が聞こえた。
心に直接、入ってくる。
「このまま、送ってあげよう。そうそう、言い忘れていたけど魔法を使うには代償というものがあってだね」
魔法の代償?
「なあに、代償だって大したもんじゃない。子供の頃の姿に戻って声が出なくなるだけさ」
どこが大したものじゃないんだろうか?
「誰かが正体を見破って、自分の名前を呼んでくれれば元の姿に戻る」
それだけさ、と。
気が遠くなっていく。
その中でイルカは思った。
もしも見破ってくれる人がいなかったら、どうなるんだ、俺・・・。
イルカの意識は真っ暗闇に落ちていった。


白く輝く月 2



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