真実と嘘5
混乱に乗じてイルカを抱きしめるカカシを置いといて綱手はイルカに説明した。
「カカシはイルカに掛けられた、おかしな術の効果は受けていないよ。」
「え、そうなんですか?」
「そうなんです。」
傍らでカカシは、うんうんと頷く。
「仮にも上忍なんで。」と言ったのだが、それはイルカの耳に届いていたかどうかは定かではない。
「記憶は?」
イルカの問いに綱手は顰め面で答えた。
「カカシが自分で自分に暗示を掛けて、記憶を曖昧にしたのさ。」
「ど、どうして?」
「そうさねえ。」
綱手の視線を受けてカカシが、にやっと笑う。
「だって、その方がイルカ先生に素直に甘えられて、自分の気持ちが伝えられそうだったし。」
作戦ですよ、とカカシは言った。
「作戦て、何で、そんなことしたんですか?」
イルカの疑問は尽きない。
「それに、カカシ先生が目覚めて俺に言ったことって、俺に術を掛けた敵方の忍の言っていたことに、そっくりなんですよ?」
火影様もメロドラマとかなんとかって怒っていたじゃないですか、と言ってみた。
綱手は益々、顰め面を酷くする。
「あのなあ、イルカ。」
ショックと受けるな、と前置きをしてから綱手は言った。
「そんなことカカシは、お前の与り知らぬところで言いまくっていたよ。」
イルカが知らないだけで周囲には駄々漏れだったけど、と衝撃的なことを告げられた。
「・・・・・・え?」
危うく倒れそうになったイルカであったが、そこはカカシの腕の中だったので倒れるのを免れる。
「ええーっ!」
一拍、置いて叫ぶイルカを気の毒そうに見るとイルカを抱きしめながら、にこにこと笑顔の尽きないカカシに向かって綱手は言った。
「さあさ、私はもう少し仕事があるんだ。後は自分で何とかしな、カカシ。」
そう言って退出するように扉を指す。
「明日は、朝一で私のところにイルカを寄越すんだよ。分かったね?」
綱手に強く念を押され、カカシはそれを約束するとイルカを抱きしめたまま、半ば引き摺るようにして火影室を後にした。
「訳が分かりません。」
二人きりになったところでイルカはカカシに問いかけた。
未だ、カカシの腕の中なのだが、気が動転していて、そこまで気がつかないらしい。
「まあまあまあ。少し、落ち着いて。」とカカシは何だか、適当に宥めている。
そして、いつの間やらカカシの家に連れてこられていた。
そこで、カカシはやっとイルカを自分の腕から開放すると、手早く茶の支度をして湯気の立つ茶碗をイルカに差し出した。
「まあ、お茶でも飲んでくださいよ。」
「はあ。」
カカシの勧めに従って、お茶を飲むと気持ちも自然と落ち着いてきた。
そして、お茶を飲み干す頃にはイルカの気持ちも平常に戻ってきていたのである。
そんなイルカの様子を見計らってカカシは話し出した。
「えーとですねえ。記憶のことは火影さまの言うとおり、自分で暗示を掛けて曖昧にしました。」
お茶のお代わりを貰いながらイルカはカカシの話しに耳を傾ける。
取り敢えずはカカシの話を聞いたほうがいいと判断した。
「イルカ先生、突然、いなくなったでしょう?」
カカシが首を傾げる。
確かに、おかしな術を掛けられてから直ぐにイルカは里を離れた。
「火影様に聞いても、ちっとも教えてくれないし、俺はイルカ先生に会えなくて死にそうだし。それでも火影様は俺に任務に行けって言うしさ〜。」
口を尖らせて、カカシは眉を顰めている。
「渋々、任務に行ったら、その帰り道、一緒にいた忍犬が『イルカ先生の匂いが微かにする』って言い出してね。」
で、とカカシは一口、茶を啜った。
「西の山に立ち入り禁止って命令が出ていたので、俺はピンときたね!理由は分からないけど、この山にイルカ先生がいるって。」
カカシは、にやっとする。
「千歳一隅のチャンス到来だとね。」
嬉々としてカカシは話していた。
「でも、立ち入り禁止の山に入ると火影様に怒られるから、逆にイルカ先生に見つけて貰って、イルカ先生が俺のことを自ら山に入れてくれれば問題ないと思って。」
「それで、沢で倒れていたんですか?」
やっと話しが見えてきた。
「そうですそうです。」とカカシは嬉しそう頷いた。
「水場には絶対来るだろうなと思ったし、俺が倒れていたらイルカ先生は見捨てるような真似はしないって分かっていたしね。」
作戦成功!とカカシは、Vサインを出したのだがイルカの顔は、それに比例して険しかった。
「カカシ先生。」
声も低く、怒っているようだ。
「怪我もして、あんなに冷たくなって倒れていて、万が一、何かあったらどうするんですか!」
激怒していた。
「どんなに俺が心配したと思っているんですか!」
「イルカ先生。」
「それに。」
はあっと息を吐き出したイルカのトーンは急速に下がった。
「一時でも恋人になってほしいとか性質が悪すぎます。」
カカシに恋人になってほしい、と言われて、その時の胸の痛みが、ぶり返してきた。
胸がちくりとではなく、ずきずきと痛む。
「・・・・・・ひどい。」
酷い痛みになってしまった胸をイルカは押さえた
何だろう、この痛みは。
茶碗を両手で包んで、立ち上る湯気を無心に見つめていると、くいっと顎を持ち上げられた。
カカシがイルカの顎を持ち上げて、自分の方に視線を向けさせたのだ。
「あのねえ、イルカ先生。」
思いのほか、カカシの顔は真剣だった。
「ここまで聞いて、まだ、分からないの?」
「・・・分からないって、何がです。」
「俺の気持ちとあなたの気持ち。」
「カカシ先生の気持ちと俺の気持ち・・・。」
「そうだよ。」
カカシの顔がイルカの顔の直ぐ傍、鼻先まで近づいてきた。
「俺は記憶が曖昧でも自分の気持ちには正直だよ。いつも、真実の気持ちはここ、にあるんですよ。」
ここ、とカカシは自分の胸を指差す。
「イルカ先生の真実の気持ちも、ここにあるでしょう。」
つんつん、とイルカの胸を突っつく。
「もう、焦らさなくてもいいんじゃない?」
「焦らす、なんて。」
空恐ろしいものを感じて身を引こうとしたイルカだったがカカシが、それを許さず肩を掴んで引き寄せられた。
「記憶が曖昧になっていた俺にイルカ先生は頭を撫でて優しくしてくれた。それ以前にも、飲みに行ったり食事をしたり、休みは一緒に過ごしてお互いの家に泊まりに行ったり来たりして。」
「それは親しい間柄だから・・・。」
「親しいにも色々あるでしょう?俺は親しいだけじゃ嫌だから、関係を進めたかったのに、どんだけ接近してもイルカ先生は俺の気持ちに欠片も気づいてくれないんだもん。」
親しいだけじゃ駄目だったのか。
じゃあ、どうすればよかったのか。
不安そうなイルカの顔色を読み取ったのかカカシが、ふと目を細め、雰囲気を和らげる。
「恋人になるのに男同士でも構わないって言ったでしょう。好きでもない人とイルカ先生は、嘘でも恋人になるなんて言わないでしょう。」
カカシに言いくるめられている感があるが、言っていることは的を得ていてイルカは反論できない。
「そ、そうかもしれません。」
やっとのことで、それだけ言った。
しかし、カカシはそれで満足したようだった。
優しく微笑んだカカシはイルカの唇に自分の唇を重ねると、そっとキスをしたのだった。
後日、イルカは気になっていたことをカカシに尋ねた。
「そういえば、あの時、何で火影様に額を弾かれて記憶が元に戻ったんですか?」
綱手がカカシに放った、でこピンのことである。
「ああ、それね。」
思い出してカカシは肩を竦めた。
「少しの刺激で記憶が戻るように脳に仕掛けをしていたのを火影様は見破ったんでしょう。」
少しの刺激でいいのに、でこピンなんてしやがって、とカカシは少し憤っている。
そんなカカシを見てイルカは吹き出した。
「カカシさん、子供みたい。」
くすくすと笑うイルカを見てカカシは嬉しそうに見つめる。
「まあ、結果として可愛い恋人を手に入れた訳ですから、いいんですけどね。」
その言葉を聞いて、笑っていたイルカが、ぱっと赤くなる。
何かを言おうとして口を開けるが、言葉が出てこないらしい。
「ほらね、可愛い。」
そんなイルカの頬に、ちゅっとキスして更に顔を赤くさせてカカシは幸せそうに笑ったのだった。
終わり
真実と嘘4
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