正体不明 2
店を出てから、ずっと俺は考えていた。
この目の前にいる上忍のことを。
上忍が言った数々の発言の内容を。
だけど、やっぱり思い出せなかった・・・。
上忍は、ご機嫌で俺の手を引いて、迷うことなく歩いている。
この道は俺の家に通じる道だ。
俺の家に本気で住む気らしいが。
「あの、あのっ」
このままでは本当に上忍が宣言したとおり、俺の家で同棲生活とやらが始まってしまう。
その前に、はっきりさせておきたかった、色々と。
「ん?なあに?」
上忍が振り向いた。
立ち止まると手を引かれているものだから、上忍も自動的に立ち止まることになる。
「あのですね」
勇気を出して言ってみた。
「あなたと俺は・・・」
上忍の声は微妙に聞き覚えがある・・・・・・気がする。
気がするだけでは解らない。
「どこで、お会いしたのでしょう?」
どこで会って、なんで命の恩人?
恋人とか婚約者は、ちょっと置いておいて。
それよりも命の恩人の方が気になって、しょうがなかった。
「え?あー・・・」
上忍は少し戸惑ってから、俺の手を引いてない方の手で頭を、がしがしと掻いた。
「あー、そういえば意識があるイルカと会うのは初めてだっけ」
・・・・・・ん?
「会ったことはあるけど、いずれも助けた時、イルカは意識がなくて気を失っていたからねえ」
ってことは、つまり。
「俺が一方的に会ったことがあるだけで、イルカは俺の存在を知らなかったもんね」
俺は、この上忍を今の今まで知らなかったということで。
初対面で正しい、でいいのか?
「ん〜、最初に会ったのはねえ」
俺の当惑には気が付かないようで、上忍はぺらぺらと話す。
「あの日が最初かな。里が災厄に見舞われた日、俺は救護を担当していて倒れていたイルカを助けた」
余り思い出したくないけど確かに、あの日、俺は混乱に巻き込まれて怪我をして力尽きて、目を覚ました時は病院にいたのを覚えている。
「次に会ったのは、つい最近。イルカ、あの子を庇って背中に傷を負ったでしょ?タイミングよく、里に帰ってきた俺がイルカを病院に連れて行ったんだ〜よ」
・・・そうだったのか。
それが本当なら、上忍は命の恩人といっても過言ではない。
知らなかったとはいえ、恩人には違いない。
「そうでしたか・・・。遅くなりましたが、助けてくれてありがとうございました」
深々と頭を下げる。
助けてくれてなかったら・・・。
もしかして俺は、あの日に命を落としていたかもしれない。
それに、最近もある事件で背中に傷を負い、目を覚ました時は病院にいて治療が終わっていた。
それも、この人のお陰だったのか。
「知らない間に助けていただいて・・・。知らずにいて、本当にすみません」
感謝だ。
「いいのいいの」
上忍は気さくに手を振る。
「イルカが助かって、ほんと良かったよー」って・・・良い人だ。
俺は、じーんとしてしまった。
助けたことに対して、偉ぶることなく当たり前のようにする上忍。
さすが上忍。
尊敬に値する。
上忍になる人は人格者でもあるんだなあ〜。
感動していると、それをぶち壊すような発言を上忍はしてくれた。
「まあ、助けた時にイルカに意識のないのをいいことに、あれこれ約束させたんだけどねえ」
上手くいったみたい、と上忍は照れたように微笑んだ。
・・・俺の感動を返せ!と真面目に思った俺だった。
「いいですか!」
俺は怒っていた。
恩人に対して怒るのは、どうかと思うが怒らずにはいられない。
この辺が教師魂たるが所以かもしれない。
「俺を助けてくれたのは大変に感謝していますが、そのドサクサに紛れて自分の希望を達成させようなんていけません」
「希望っていうよりは欲望なんだけど」
畏まって正座した上忍は俺を見上げて、ぽつり呟く。
「もっといけないじゃないですか!」
ぴしっと言うと上忍は、しゅんとなった。
場所は俺の家。
衝撃発言をした上忍を連れてきて、懇々と言い聞かせている最中だった。
「それに、約束って何ですか?」
何を約束したのだろう、考えるとすごく不安になる。
「あー、それはね」
上忍は、にこにこしながら説明してくれた。
「再会したときにイルカは背中に怪我を負って、気を失っていたでしょう。顔の傷と変わらない髪形から、あの日、助けた子だって、すぐに判って」
・・・嫌な予感がしないでもない。
「最初に助けたときに運命を感じて腕に抱えて運ぶときに『助けた代わりに何でも言うこときいてね』なんて言ってみたら、イルカは気を失いながらも首を縦に振ってくれて」
それって、運んでいる振動で首が縦に揺れただけじゃないのか?
「そして再会して、ああ、やっぱり運命ってあるんだと思って感銘を受けて『恋人になってね』って、意識のないイルカの肩を、がくがくと揺さぶったら首が縦に振られて」
それって、揺さぶったから首が縦に揺れただけじゃないのか?
「で、恋人になったって訳。意識はなかったけど、俺にはイルカの心の声が聞こえたから」
もう、どこから突っ込んでいいのか解らなかった。
「で、恋人になったってことは婚約者、許婚ってことでしょ?あ、フィアンセか。で、そうなると結婚も視野に入れるから・・・」
「ちょっと待った!」
俺は上忍の言葉を遮った、強く。
「それって、おかしいですよ」
「なんで?おかしくないよ」
「おかしいですって」
「おかしくないよ、大丈夫」
「大丈夫じゃないですから」
なんか・・・、頭が痛くなってきた。
上忍の頭の中では恋人からフィアンセ、結婚、そして同棲と進化したのは解った。
どうして、そうなるのかは皆目理解不能だけど。
「あ、そうか」
上忍が、ぴっと人差し指を立てた。
「そういえば、忘れていた。俺たち、男同士だっけ」
重要なことを思い出してくれた。
俺は、うんうんと勢いよく頷く。
それだよ、それ。
「男同士の結婚は木の葉の里では認められていないんだっけ?」
「そ、そうです」
俺は思い切り肯定した。
これで、上忍がこの世迷い事を綺麗さっぱり記憶から消し去ってくれたらと思ったのだが。
「じゃあ、木の葉の里以外の里に行って結婚する?」
明後日なことを言い出した。
「他の里では同性同士の結婚を認める里もあるらしいし、新婚旅行も兼ねて旅行に行くとかどう?」
「いえ、結構です」
そういう話ではない。
ないんだけども、相手が上忍なので強く出れないのが泣き所だ。
「それよりさ」
上忍が、きょろきょろを俺の部屋を見回した。
「イルカの部屋って片付いているね」
「あ、どうも」
整理整頓は心がけている。
「あっちは寝室?」
二部屋しかない俺の家の間取りは、入ってすぐ台所に居間、奥に寝室が続く。
「へー、ここにイルカは寝ているんだ」
窓辺にベッドってロマンチックだねえ、と上忍は勝手に奥の部屋の扉を開けている。
「あ、奥は散らかっているので」
慌てて止めたんだけど、上忍は臆することなく寝室を観察中。
「小さめだけど、このベッドに二人で寝ても大丈夫だよね」
この部屋にベッドを二つ置けないし、狭いし。
何気に失礼なことも言っている。
もう、ここに住む気満々だ。
「誰も、ここに住まわせるなんて言ってないですよ」
「えー、だってさー」
上忍が振り向いて、俺を見た。
にやり。
顔が、そう見えた。
「俺を部屋に入れてくれたってのは、そういうことでしょ」
「何が、そういうこと・・・」
「ねえ、イルカ」
気がつくと迫る勢いで俺の目前にいる上忍。
さっきまで寝室にいたのに。
「そろそろさ、呼んでくれてもいいんじゃない」
曝け出されている上忍の素顔。
近くで見ると迫力が違う、男前で綺麗すぎ。
「な、何をですか・・・」
俺は押されてまくり。
「俺の名前をさ」
カカシさん、って。
そういや、名前ははたけカカシだったけ。
一度も口に出して呼んでないけど。
心の中でも、上忍だったけど。
「それは・・・」
親しくもないのに、名前にさん付け?
それは、ちょっと抵抗がある。
「カ、カカシ先生なら」
これは子供たちが呼んでいた呼び名だ。
聞いたりしているので、こちらの方がなんぼかいい。
「カカシ先生ねえ」
上忍、いやカカシ先生は眉を顰めている。
「ま、いいでしょ、それで」
一応、納得してくれた。
「今はね〜」
に〜っと笑う。
「そのうち、『カカシさん』にしてみせますから」だって。
・・・絶対、呼んでやるもんか!
その時は本当に、そう思っていた、その時は。
なんだけど。
なんだけどっ!
カカシ先生に、なし崩し的に住み着かれて、それを拒否できない自分がいることに気が付いた。
嫌なら、どんな手を使っても追い出せばいいのに。
火影さまに言いつけるとか、寝ている間に私物ごと叩き出すとか。
俺は、それをしなかった。
カカシ先生が傍にして、一緒に暮らすのも馴れたってのもある。
一緒にいると結構楽しいし、居心地いいし。
「ね、だから言ったでしょ」
カカシ先生は勝ち誇ったように言う。
「俺たちが結ばれるのは運命なんですよ〜」
むむむ・・・。
運命とか何とか、あやふやなものは信じたくない。
手に入れるなら、自分の力で。
「運命なんて信じません」
俺は、ぷいと横を向く。
「自分の力で手に入れないと気が済まない性質なので」
「それって〜」
とってもカカシ先生が笑った。
「プロポーズ?」
「え?」
「運命で結ばれるのを良しとしないのなら、告白しかないでしょ」
「ええっ」
「俺はねえ」
額と額が、こつんと当たった。
今は俺の家で二人きり。
「イルカのことが大好き」
優しい目のカカシ先生。
「イルカ先生も大好き」
声も優しい。
「初めて会ったときから、きっと好きだったんだよね」
だから色々、小細工したんだけど。
「また会えた時は、本当に嬉しかったよ」
幸せそうな顔だ。
・・・・・・ずるい。
そんな顔をされたら、何も言えないじゃないか。
「イルカは?俺のこと好き?」
つんつん、と頬を突付かれる。
カカシ先生と一緒に暮らして、傍にいて気持ちに変化はあった。
変化はあったけど。
まだ、言いたくはない。
自分自身、認めたくないってのがあるみたい。
まあ、それも近々、認めざるを得ないと予感がするんだけど。
俺は問いには応えず、逆に見つめ返して、にっこりと笑ってみた。
無敵の笑顔。
「カカシさん」
名を呼んだだけでカカシさんの頬が、ほんのり染まる。
「それは秘密です」
「解りました〜」
降参とばかりにカカシさんが両手を挙げた。
「イルカには敵いません」
惚れた欲目だなあ、とぼやいている。
「でも」
唇に何が触れた。
「大好き、イルカ」
もう一回、唇に触れられて。
キスされた。
・・・遠からず。
遠からず、俺はカカシさんに好きだと言うだろう。
正体不明の人の正体は・・・。
俺を好きになってくれて、俺が好きなる人だった。
終わり
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