6.君と僕
「ねえ、あのさ。」
イルカがカカシに恥ずかしそうに尋ねてきた。
しかも二人きりの時にだ。
「カカシくんは、いつから自分のこと『俺』って言ってるの?」
「え?」
カカシはイルカの質問になら何でも答えて上げたいと思っていたが意表をつかれた。
今ならパックンもいないし、上手く答えて自分の株をあげたいのに。
「ねえ、いつから?」
イルカに黒い瞳で見つめられてカカシは緊張してしまう。
「え、えーとね。」
上手く答えられない時はあれだ!
カカシは質問を切り返した。
「何で、そんなこと聞くの?」
イルカは「うん。あのね。」と俯いた。
「僕って言うのが変だって友達が言うんだ。だから・・・。」
声が小さくなる。
「そんなに変なのかなって。でも、カカシくんは『俺』って言うし、やっぱり、自分のことを『僕』っていうのは・・・。」
イルカは唇を噛みしめた。
他にもいろいろと言われたのかもしれない。
「そ、そんなことないよ!」
落ち込むイルカを元気付けたくてカカシは言った。
「イルカが僕って言ったって全然、変じゃないよ。イルカには似合うよ。可愛いよ。」
「・・・可愛いって女の子に使う言葉じゃないの?」
イルカが自分を見つめる眼を見てカカシは自分が言ったことが失敗だったのを悟った。
イルカはイルカだから、そのままでいいんだって言いたいのに。
再び、イルカは俯いてしまう。
「友達も僕のこと女の子みたいだなって言っていた。」
「あ、あの。イルカ・・・。」
かけるべき言葉が見つからなくてカカシはイルカに手を伸ばした。
肩にそっと手をかける。
「そうじゃなくて・・・。」
どういったら良いんだろう?
イルカを傷つけずに、その『僕』が変じゃないことを伝えるには・・・。
いや、それよりも女の子みたいってのをフォローしておいた方が。
慰めようとして口が滑ってしまった。
「イルカは女の子よりも、誰よりも可愛いよ!」
うっかり本音が出てしまった。
しかし、それを聞いたイルカは、きっとカカシを睨みつけると一言叫んだ。
「カカシくんの馬鹿!」
そして走って行ってしまった。
大失敗だった。
その後、数日間カカシはイルカに会えない日が続いた。
それは単にカカシの任務が忙しくてなのだが。
「はあー。」
カカシの溜め息を聞いてパックンが不審そうにする。
「なんじゃ、悩み事か?」
悩んではいるがパックンにだけは言いたくない。
カカシは、ぷいとそっぽを向いた。
「何でもないよ。」
「そうか。ならば、よい。」
パックンも深くは追求してこなかった。
待ちに待った休みになって、カカシはイルカに会いたくて、そわそわする。
そわそわするのだが行動に移せない。
この前の一件が心に引っかかっていたのだ。
あんな別れ方になってしまって、イルカはどうしているのだろうか。
もう会ってくれないのかな?
俺のこと、嫌いになっちゃていたりしたらどうしよう?
イルカに会いたいのに、迷う気持ちが邪魔をする。
ぐじぐじと悩みながらも足はイルカの家に向いていた。
「あ。」
気がつくとイルカの家の前まで来ていた。
家の中に人がいる気配はない。
イルカの不在にがっかりとほっとしたのが、ごちゃまぜになって複雑な気持ちになった。
やっぱり会いたかったな。
会って怒られても何されてもいいからイルカの顔が見たかった。
とりあえず、今日は帰って出直すか。
カカシが踵を返したとき、前方からイルカの声がした。
「カカシくん!」
遠くからイルカが息を切らして、カカシの方に駆け寄ってきた。
「任務から帰ってきてたの?お帰りなさい。」
イルカは屈託無く笑う。
その笑顔に、どきどきしてしまった。
「今、買い物に行っていたの。擦れ違わなくて良かったね。」
イルカの眩しい笑顔にカカシは目を細める。
「折角だから寄って行ってよ。ジュース買ってきたから。」
イルカはカカシの手を引いて自分の家に誘った。
玄関の扉を開けて「ただいまー。」と声を掛ける。
「お帰り。遅かったな、イルカ。」
そう言ってイルカを出迎えたのはパックンだった。
「ただいま。遅くなってごめんね、パックン。」
「パ、パックン?」
カカシはイルカの家に自分の忍犬がいることに、口をあんぐりと開けた。
「な、何で此処に?」
「なんじゃ、カカシもいたのか。」
パックンは素っ気無い。
「休みだから、友達の家に来ただけじゃ。」
「うん、昨日から来てるんだよね。」
イルカが補足してくれる。
確かに昨日の晩から休みはあげたけど。
「どうぞ、カカシくん。」
カカシの気持ちも露知らず、イルカは無邪気だった。
縁側でカカシはイルカ共にジュースを飲んでいた。
イルカは地面に届かない足を縁側で、ぶらぶらさせている。
膝の上にはパックンが陣取っていた。
イルカの膝の上で寛ぐパックンに歯噛みしながら、カカシは先ずは一番、言いたかったことを言ってみようとした。
だが、先に言葉を発したのはイルカだった。
「この前はごめんね。」
「え?」
「ひどいこと言って。」
イルカは真剣な目をしてカカシに謝ってきた。
「カカシくん、何も悪くないのに。勝手に誤解しちゃって。」
「い、いや、その。」
「友達とも、ちゃんと話して仲直りしたんだ。」
「そ、そう。」
急な展開に、カカシは気を落ち着けようとジュースを一口飲んだ。
「ごめんね。」
イルカは素直で黒い瞳に曇りはない。
イルカが膝の上のパックンを撫でながら話し始めた。
「自分の呼び方なんて、自分のしたいようにすればいいんだって。大人になるに連れて自然に変わっていくんだから焦って背伸びしないほうがいいって言われたんだ。」
イルカは何かを悟ったように言う。
「僕は僕だから、それでいいって。」
「・・・そう。」
イルカと仲直りできて良かったと思う反面、イルカの力に慣れなかった自分をカカシは歯痒く思った。
イルカはイルカだからいいんだって、それは俺も思っていたのに。
苦いものでも噛んだような気分になった。
そして、イルカを諭した人物が気に掛かる。
「それ、誰に言われたの?」
思い切って聞くとイルカは、にこりとして膝の上のパックンを指差した。
「パックンに言われたの。」
「パックンに・・・。」
イルカはパックンを膝から抱えあげた。
「持つべきものは親友だね。悩んでいたから、とっても頼りになったんだ。」
そのまま柔らかそうな頬を、すりすりとパックンの顔に擦り付けた。
「ありがとう、パックン。」
何と云うか、カカシは出遅れた感を否めなかった。
敗北感も、そこはかとなく漂ってしまう。
パックンの方が俺より一歩リードしている?
結局、自分の株をあげるどころか落としたような結果になってしまった。
イルカに気づかれないようにパックンを悔し紛れに睨んでいると、イルカがジュースのお代わりを取りに台所に立った隙にパックンが勝ち誇ったように言った。
「まだまだじゃのう、カカシ。」
ふっと笑って、にやりとするものだからカカシは、きーっとなる。
一食触発、危うく喧嘩になりそうだったが、そこへイルカが戻ってきた。
イルカはジュースのお代わりをカカシに注ぎながら言った。
「でもさ、僕、カカシくんと仲直りできて良かった。」
嬉しそうに、にっこり笑う。
「喧嘩も偶には悪くないかな。だって、喧嘩するほど仲が良いって云うしね。」
「そ、そうだね。そうだよね、イルカ!」
カカシは天にも昇る心地だった。
仲が良いだって!
喧嘩するもの悪くない、本当に本当に偶にだったらね。
ちょっぴり、そんなことを思った。
そうして、二人と一匹の休日は過ぎていった。
5.灯かり
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