恋愛場面 前
なんとなく気が合うのかもしれない。
カカシに交際を申し込まれたときにイルカは余り深く考えずに了承してしまった。
軽い感じでカカシはイルカに言ってきた。
「イルカせーんせい、俺と付き合ってみませんか?」
言われたのは偶々、一緒になった帰り道で。
何の前触れもなく、ごく普通の会話の中に混ぜてカカシは言ってきたのだ。
「イルカ先生、誰とも付き合ってないでしょ。なら、いいじゃないですか」
「えっと、急にそんなこと言われても、あの。少し考えさせて・・・」
イルカも一度は断ろうと思ったのだが。
「急に言われても、のんびり言われても同じことですよ。考える時間がもったいないし、お付き合いしてから色々と考えればいいじゃない」
少々強引な物言いではあったがカカシの言うことは最もだった。
カカシは同じ男性で年上で上忍だけど、でも。
気が合うのかも、とイルカは漠然と感じていた。
知り合って間もないが何度か食事や飲みに行っており一緒にいても変に気を遣わず、何より二人きりでいても自然体でいられる。
自分と気の合う、相性の良い相手。
それがカカシとの交際を了承した理由だった。
交際し始めても数週間。
カカシとの付き合いが始まっても特にいつもと変化はない、とイルカは思った。
親しさは増したように思えるが、その他は友達との付き合いと大差ない。
一番大きい変化は二人きりになる時間が多少は増えたことだろうか。
これが付き合うって事なのかな〜?
アカデミーでの仕事中、大量の書類を運びながら廊下を歩いていると外にカカシの姿が見えた。
イルカの歩みが止まる。
カカシの隣にもう一人、誰かがいた。
カカシより背が低く髪が長い。
明らかに女性である。
その女性にカカシは身振り手振りで何かを熱心に話していた。
拳を握って何事かを語っている。
その話を女性は微笑みを浮かべて聞いていた。
時折、頷いて一言二言、カカシに答えている。
その答えを聞いてカカシが顔を輝かせて、うんうんと頷いて。
二人は、とても仲が良さそうに見えた。
その光景を見ていたイルカは心臓が、ぎゅっと締め付けられるような感覚に陥った。
冷水を頭から浴びたように体温が下がっていく。
見てはいけないものを見てしまった・・・。
イルカの見ている前でカカシが女性の背を、ひょいと覗き込んだ。
それから女性に笑いかける。
とても優しそうな笑みだった。
その笑みに引き込まれるように女性がカカシに身を寄せた。
屈んだカカシと女性の顔が重なった。
・・・ようにイルカには見えた。
イルカのいる位置からは、そのようにしか見えなかった。
これって・・・。
イルカは他人事のように、その光景を見ていた。
これがラブシーンってやつか・・・。
先日、観た映画で恋人たちが口づけと交わすシーン。
カカシも一緒に観ていたのだが「ラブシーンってやつですねえ」と楽しげに言っていた。
それを言うならキスシーンだろ、とイルカは疑問を持ったのだがカカシの楽しげな様子に水を差すのは止めたのだ。
ちなみに映画を観たのはカカシの家で、映画をセレクトしたのはカカシであった。
それからカカシはよろめいて女性から身を離して、再び何事かを話しながら行ってしまった。
イルカが見ているとも知らずに。
「ふーん、そうだったのか」
はーっと息を吐き出したイルカは書類を持ち直した。
「そうだよなあ」
カカシに恋人がいてもおかしくはないのだ。
そして肝心のことを思い出した。
「付き合うっていっても、あれだ」
何ともなしにイルカは自分を慰めた。
気分が急激に、しぼんでいるのが解る。
どん底に落ちていくようだった。
「カカシさんに好きだとか言われてないもんなあ」
深い深い溜め息が零れた。
「付き合うって俺が思っていた付き合うじゃないんだよな、きっと」
イルカが思っていたのは男女間で恋愛が含まれる交際だった。
「単に友達としての、友情あっての付き合いだったのかもなあ」
せかせかとイルカの歩みが速くなる。
他の誰かと仲良くしているカカシを見てイルカは自分の中にある感情に気がついた。
カカシさんのこと気が合うだけじゃなくて・・・。
胸が、どきどきし過ぎて痛い。
気が合うだけじゃなくて好きなんだ、多分。
そして失恋したのだ、いきなり。
「ばっかみたい、俺」
その言葉は自分に向けての自嘲であった。
アカデミーでの仕事を終えたイルカは夕方は受付所で仕事をしていた。
イルカとの気分とは関係なく仕事は忙しい。
「お疲れ様でした。次の方、どうぞ」
昼間、ショックな出来事はあったが仕事は真面目にしている。
内心、動揺でいっぱいだったが考えるのは家に帰って一人になってからしようと全ての想いを心の奥に押し込めていた。
「はい、お願いします」
「あ、はい・・・」
差し出された報告書を受け取って見上げると、そこにはカカシがイルカを見下ろしていた。
「カ・・・」
カカシさん、と名を呼ぼうとしたが声が出ない。
さっきまで上手く動揺は隠せていたはずなのにカカシの前だと、あっさりと露呈してしまう。
イルカの想いなんて打ち砕かれてしまうのだ。
それでもイルカは気持ちを落ち着かせて頑張った。
「報告書、お預かりしますね」
カカシを見ないようにして報告書にだけ目をやる。
何故かカカシの視線を痛いほど感じたが、やり過ごした。
「報告書に不備なしです、大丈夫です。お疲れ様でした」
定番の言葉を一気に言う。
これでカカシが去ってくれればいい。
早くいなくなってほしい。
だが予想に反してカカシは去らなかった。
顔は上げないがポケットに手を突っ込んだカカシがイルカの前から退かないのが視界に入る。
・・・・・・どうしよう。
受付所は、さほど混んではないもののカカシが退かなければ受付の仕事が進まない。
カカシの退くように言わなければならないのだが。
今のイルカの心境では、それは非常に勇気がいることであった。
どきどきする胸を押さえてしまう。
「イルカ先生」
考えていた隙を突くようにカカシに名を呼ばれてイルカは、つい顔を上げてしまった。
見下ろしていたカカシを視線が交差する。
鋭い眼光に押されてイルカは僅かに身を引いた。
ずいっとカカシが上半身を傾けてイルカに顔を近づけてくる。
際どい距離だ。
イルカから視線を逸らさずにカカシは言った。
「イルカ先生、どうかしたの?何かあった?」
その声は不安げでイルカを心配していた。
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